#10 表

 …――あのコイントスは表と出ていた。


 イタコが裏を選び、裏ならば敵として殲滅すると宣言していたコイントスは表だったわけだ。無論、偶然に任せて、敵なのか、否なのかを決めるつもりはない。ただしコイントスは運の要素が高い比率を占める。しかし彼女の場合は事情が異なる。


 今まで助けてきた霊たちが運を超えて霊界より力を加え裏表の操作をするからだ。


 つまり通常の世の中での多数決とも言えるものこそが彼女のコイントスであった。


 そのコイントスで表とでていたわけだ。


 彼女に力を貸す、霊界にいる数多の霊の多くが彼は敵ではないと言っているという事。もちろん、その中には、あの宇津是威もいるのであろう。それどころか、神や神に近しいものすら彼女の多数決に参加する。そんな神聖なるものでの表なのだ。


 だから、彼女も、また晴夜は敵ではないのだと認識していた。


 救うべき存在なのだとそう考えている。


 しかし、


 相変わらず平静を装い、なにをしてくるのかが読めない晴夜。


 帰ってきてしまった霊の尻尾を掴んで、はて、どうしたものかと思案するイタコ。


「フフフ。あなたには、まだ口寄せという切り札が残されている。しかも口寄せできる霊に、ほぼ制限はない。どうです? わたくしの前で口寄せをしてみせますか?」


 晴夜がイタコの心の内を当ててみせる。


 なんで口寄せの事を知ってるんだわさ。


 と、イタコが焦って顔が苦悶にゆがむ。


 額には嫌な汗がじんわりと噴き出してきて彼の冷酷なるまでの圧力に気圧される。


 くッっ。


 ……ここで口寄せしても勝てないわさ。


 もちろん、宇津是威を口寄せしても無駄。コイントスで、彼は敵ではないと出ていたが為に是威を口寄せしても戦ってはくれない気がするのだ。いや、それどころか、イタコの推測では、あの霊こそが、宇津是威であるから口寄せ自体が成立しない。


 恨めしくなり世の中心に座す霊を睨む。


 やはり黙したまま。さて、どうするか。


 兎に角。


 晴夜の弱点は見つけられなかった。加え、彼には口寄せのような、なにかを隠し持っている。切り札がある。夢で見たエクソシズムとは違う、もっと強大な力を隠して持っている。イタコには、それがなんなのかは分からない。それでも確かに在る。


 それは上位互換技であるエクソリズムなのか、或いはもっと別の大きな力なのか。


 その判断すらも、つかない。それでもメル派の四賢者と呼ばれていた祖父である宇津是威すらも超えるなにかを懐に忍ばせている。だからこそ口寄せという切り札を使ってみせろと意気高々に言ってみせた。それは破る事が出来るという自信から。


 ならば今は口寄せを使うべきではない。


 たとえ、口寄せで、真田幸村などを憑依させたところで、晴夜には想定内であり、返すだけの手段を持っているからだ。しかし、今、口寄せを使わなかったとしても、単なる問題の先送りで、いつまで経っても、口寄せは彼に利かないとも言える。


 と……。


 そっか。やつなら。やつだったたらッ!


 宇曽利山には神にほど近いやつがいる。


 宇曽利山には湖があり、そこを宇曽利山湖と呼ぶ。その宇曽利山湖を南に望む菩提寺こそが恐山の中心となる。その中心にイタコの言うやつはいる。無論、この場で、やつを口寄せする事もできる。しかしながら……、そのやつは神に近しい存在。


 であるがゆえに口寄せには、万全と慎重を期せねばならない。

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