#09 こうなったら
「この霊について聞きいてもいい? こいつは、何者なんだわさ。あんたの態度からするに、なんかとんでもない事をしでかした霊にも思えるけど、どうよ?」
イタコが、晴夜の表情を盗み見る。
よしッ。弱点を見抜いてやるわさ。
一方で、
彼は、なるべく情報は与えないと一切表情を動かさず、冷たい態度で静かに佇む。
ふふふ。あなたはその慧眼で弱点を見切る事ができるのでしょう?
そう簡単には問屋が卸しませんよ。
「とんでもない事ですか? これは異な事を。その霊が何をしたのかは問題ではないのです。精霊や神霊ではない。であるならば悪霊である。……それが、なにか?」
ハアぁ?
なにもしてないのに精霊や神霊ではないから悪霊って決めつけるの。マジかいや。
「そして、わたくしに付き纏った。だから除霊するべき存在だと認識したまでです」
それを自分に助けを求めてきたとは、考えないわけ?
こいつはダメだわさ。あたしとは正反対。自分の目の前に現れた存在を自分の価値観で0と1での善悪に分けて悪は滅するって考え方してる。もちろん考え方は人それぞれだけども、それでも、ここまで、あたしを否定されると怒りしか湧かない。
チッっ!
舌打ちするイタコ。
「質問はもういいわさ。これ以上、話しても無駄。やっぱり、戦うしかないッスね」
霊をアイアンクローで掴むと慄然としながらも晴夜を真正面から見据えるイタコ。
「おや? 質問に答えれば霊を渡すと、あなたから望まれたのではないのですか? どこまでも自分勝手な方なのですね。あなたは。やれやれとしか言えない」
……いやいや、自分勝手なのはお前の方だろうがッ。
そんな事を思うイタコだったが、目の前にいる晴夜の弱点が見えない。彼女の卓抜したコールドリーディングによっても弱点などないという結論に達してしまう。だったらと霊の顔が変形して目玉が飛び出すまで力強く握り締める。ギリギリと。
うん。そうだね。今はまだ勝ち目がない。こいつに。
こうなったらアレしかないわさッ。
孫子の兵法。……三十六計、逃げるに如かずッスッ!
一瞬だけ口寄せしたムキムキアスリートの力を使い、握りつぶしていた霊を日本海へとエンゲージリングを投げ捨てるよう大遠投。霊が真夏の空と溶け合い煌めく星に錬成されたのを確認してから目を細めて小さく可愛い舌を出して晴夜を見つめる。
てへッ!
「アホが。捕まらんじぇ。じゃあね。バイバイキンッ」
と脱兎のごとく彼女自身も晴夜の前から消え失せる。
いや、消え失せようとした時、なぜか光の矢の如く、あの霊が戻ってきた。この場面では逃げるしか手は残されていないにも拘わらず、舞い戻ってきてしまったのだ。イタコは信じられないとアゴを外しかねないイキオイで下アゴを地面につける。
「なんでよ。頼むよ。なにがしたいの? あんたさッ」
戻ってきた霊に問い詰めるイタコ。
しかし、この場面においても霊は、黙して語らない。
「おやおや、逃げる事も、まともにできないほどの弱さとは。わたくしに狙われた時点で詰んでいるとも言えますね。さて、もう下らない茶番にも飽きてきました」
死にましょうか。あなたも、その霊も一緒にですよ。
と晴夜が冷酷な目つきで、嗤った。
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