#08 コイントス

「……裏、表。どちらでもいいですよ。そんな事よりも、あなたに纏わり付いている霊についてお話があります。一度しか言いませんので、よく聞いて考えて下さい」


 晴夜は飽くまで冷静さを崩さない。


 態度こそ丁寧だが、徹底して感情を押し殺し、冷徹で鬼気迫るプレッシャーを言葉に潜ませる。一言、吐く度、周りの温度が一度ずつ下がってゆくようにも思える。かたやイタコは空中で回転して落ちてくる潰れたアルミ缶を右横から掴み取る。


 スッパンと一際大きな音を立てて。


「そっか。あたしは裏を選ぶわさ。裏なら、あんたは敵。イタコちゃんの殲滅対象」


 掴んだ手を拡げて、裏なのか、表なのかを確認する。


「裏でも表でも、どちらでもいいですよ。どちらにしろ邪魔立てをする気ならば、わたくしは、わたくしの全力を以て、あなたを逆に殲滅するまでの事ですからね」


 イタコが宣戦布告する前に晴夜から宣戦布告される。


「ふむッ」


 とうなづくイタコ。


 そののち、黙ったまま潰れたアルミ缶をポケットへと突っ込んで戦闘態勢をとる。


「話を聞く気はないという態度ですね。あなたは自分と相対するものとの実力差も分からないほどに弱いのですか? その手を打つならば必ず後悔するというのに」


 イタコの口角がゆるゆると上がる。


「あのね。やる前から諦めるやつは絶対に運命は切り拓けないのさ。少なくともイタコちゃんは、やってから考える人。だから実力差なんて、この際、関係ないッ!」


 しかし。


 強気な言葉に反して体が硬直する。


 額に玉のような汗が浮かび垂れる。


 どうしても下がってしまう眉の尻。


 心の中では、眼前にいる晴夜という青年の秘められた実力に戦慄していたのだ。


 やつは、とんでもない力を隠しているとコールドリーディングによって、すでに読み切っていたわけだ。しかしながら彼女自身の信念として、やる前から諦めるべきではないと虚勢を張る。ゆえに、晴夜と、なんとかしてでも対峙して魅せる。


「わたくしとしては、無益な戦いはしたくありません。弱い方ならば、尚更にです」


 とため息を吐いてから両腕を開いて手のひらを上へと向ける晴夜。


 なぜ、強がるのか理解できません。


 と……。


「無益な戦いを避ける為に一つ取引といきませんか?」


 このまま無策で戦っても勝てないと考えていたイタコは、敢えて、二の句を待つ。


「あなたに纏わり付いている霊、その霊を、何も聞かずに渡してはくれませんか? 無論、渡して頂ければ、あなたには危害を加えないとお約束します。どうです?」


 イタコの右眉尻が、微かに震える。


「なにも聞かないってのは約束できないわさ。それでもいいかに?」


 晴夜の提案を無条件ではのまない。


 もちろん負けたくないという気持ちもあったが、自分を頼ってきてくれた霊を、なにもせずに無条件で渡すのは彼女の信念から外れるからだ。そうして件の霊を見つめてから笑む。……大丈夫。悪いようにはしないから、安心してだわさ、と。


「そうですか。ここは強きわたくしが折れるべき場面なのでしょうね。いいですよ。二、三の質問くらいならば答えしましょう。それで納得して頂けるのならば……」


「うん。こっちもまずは了解だわさ」


 とイタコと晴夜の取引が成立する。

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