#07 相対

 …――そこにいましたか。ようやく見つけましたよ。


 冷酷なる青年の冷ややかで鋭き視線が、イタコに纏わり付いている霊を貫き通す。


 主こそ、ようやくたどり着いたか。


 と件の霊は心中で静かにつぶやく。


 決して言葉として語る事は、なく。


 イタコが自販機でファンタグレープを買っていた時、曲がり角の向こう側から晴夜が現れたのだ。青い眼鏡の奥にある切れ長の瞳を妖しく光らせる。纏わり付いている霊も確かに晴夜の存在を感知して顔も動かさずに視線だけで彼の様子を窺う。


 しかし、肝心のイタコは彼の存在に気づく事はなく、ジュースを手に取って笑む。


 喉を鳴らし、ぷわっと豪快に飲む。


「ウェーイ。やっぱファンタグレープでっしょ。いつか、ファンタグレープで満たされたプールで泳ぎたいわさ。もちろん泳いだ後は美味しく頂きましたってねッ!」


 一匹の蝉が晴夜から発せられる冷気に充てられたのか、慌てて、木から飛び出す。


 蝉と交差するように晴夜が近づく。


 一歩一歩、彼女の背後へと向かう。


 晴夜の顔つきは真夏にあっても凍っており、自身の目的達成の為ならば、どんな犠牲をも厭わないといった決意のようなものが宿っている。その決意と彼自身の冷酷で合理的な性格とも相まって、周りの空気は、更に、ひんやりとして醒めきる。


 そして、イタコの背後に立つ晴夜。


 このまま倒してしまっても……と。


「てかさ」


 ファンタグレープを飲みきって、右の目で飲み口を覗き込んでいたイタコが言う。


「霊でも発っさないような冷気を纏って後ろに立ったら、さすがのイタコちゃんでも気づくわさ。その冷気って殺気でしょ? もしかして、殺り合う気なのかな?」


 晴夜は、さも可笑しいとあざ笑う。


「殺やり合う? わたくしと戦えば、一方的な虐殺となりますが?」


 次いで、くくくっと声をあげ嗤う。


「そんなのやってみないと分からないでしょうが。それともあれかに。名前も知らない君は、そんなにも自分が強いと勘違いしているわけ? ……お笑い草だわさ」


 気持ちだけでも負けないとばかりに晴夜を鼻で笑い飛ばすイタコ。


「失敬。名乗り遅れました。わたくし、宇津晴夜と申します。差し支えなければ、あなたのお名前も教えて頂ければ。殺り合うのは、それからでも遅くはありません」


 イタコの眉根が寄りシワができる。


 今朝方の夢を覚えていたがゆえに驚いて、同時に、ある種の嫌悪感を覚えたのだ。


 あの悪霊、ニータン・後島を巨大化させた霊力を秘めた晴夜が目の前に現れたからこそ。夢の中では幼い少年でしかなかった彼が成長して青年となり、立ちはだかったからこそ。多分に、あの強大なる霊力を使いこなす為の研鑽を積んでであろう。


 イタコのこめかみを嫌な汗が伝う。


 それでも弱気は見せず、しっかりと地に足をつける。


「あたしはイタコ。よろしくだわさ」


 敢えて三珠とは名乗らずに、絶対に負けないという気概を伝える。


 そして、


 もうジュースが入っていないアルミ缶を、合掌した手の間に挟む。


 めきめきっと缶カンを平らにする。


 そして、ぺっしゃんこに潰れた空き缶を親指で弾いてコイントス。


「裏かな? それとも表だと思う?」


 視線を絡ませる事なく晴夜に問う。

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