#06 華なる笑顔

「うん。だったらさ……」


 少女の霊がイタコの二の句を待つ。救われるような気がしてしまって静かに佇み。


「家族への手紙なんかどうよ? 今のあんたの気持ちを今の筆力で書くの。もちろん小説とは違うけど自分の思いの丈を今の全力で紙にぶつけるの。ううん?」


 いくらか悩んでいた少女の霊だが目を閉じてから答える。


 静かに。


「そっか。うん。やるッ」


 そこから話は早かった。


 イタコに憑依した少女の霊は手紙を記す。手紙は、自分が死んで、ずっと家族を見続けていた事から始まり、家族が泣いていた事も知っていたと続く。それでも名作を書かなければならないから、自分の気持ちを押し殺し、霊として存在し続けたと。


 名作が作りたいの。名作を書き残さないとならないのと。


 そして、最後に、迷惑をかけてごめんなさい。でも、私は、どうしてもと記した。


 手紙を読んだ霊の母親が、鼻をすすってから静かに言う。


「迷惑じゃない。心配していただけ。それに、あなたが、どれだけ小説を書くのが好きだったかくらい分かってる。だって、ずっと一緒に生活してきた娘なんですから」


 でもね。


 少女の霊の母親が笑む。


「私達は、いつでも、あなたの書く小説が好きだったの。私達にとって、あなたの作品全てが名作だったの。だからもう苦しまないで。もう充分に苦しんだでしょ?」


 名作は目の前にあるの。


 だから、苦しまないで。


 と……。


 その瞳には大粒の涙が溜まっていて、嗚咽さえも漏れる。


 父親が気遣って、泣きはらす母親の背中を優しくさする。


「そうだ。こんな手紙をもらわなくても僕らにとっては君の書くもの全てが名作だ」


 父親の目にも涙が浮かんでおり、愛に満ちた眼差しで少女の霊を温かく包み込む。


 ああ、そっか。そうだ。


 と、少女の霊が気づく。


 肩の力が一気に抜ける。


 そっか。私は大きな勘違いをしていたみたいだね。名作は知らない誰かの評価で決まるものじゃないんだ。目の前で母さんや父さんが泣いてくれて分かった。うん。そうなんだ。一人でも誰かの心に響けば、それは、その人にとっての名作だったんだ。


 そっか。


 そうだったんだね……。


「うんふん」


 鼻息荒くイタコが言う。


 そうして、机の上にある少女の霊が書いた作品を指差す。


「少なくとも、あのノートに書いてある作品は全部面白いわさ。しかも感動できる。それは不肖だけども、このイタコが保証する。これでも、まだ名作を書きたい?」


 胸を突き出し胸を叩く。


 ポンッ!


「ふふふ。ファンに保証されてもね。でも嬉しいわ。ありがとうね。イタコちゃん」


 すごくスッキリしたわ。


 と、少女の霊が微笑む。


 天井を越えて見えない空へと視線を移して覚悟を決める。


「分かった。成仏するよ」


 また笑む。


 その笑みには咲き誇るコスモスに似た華やかさが在った。


 そうして少女の霊は無事に成仏した。あとにコスモスの花飾りを残して。これが三珠イタコのデビュー戦であり、イタコが、もっともイタコらしく霊を成仏させた初めての体験であった。そして残った花飾りは遺族たっての希望でイタコに譲られた。


 外で待っていた母が、イタコの頭を撫でる。


 優しくも。


「うん。よくやったわ。さすがは我が娘かな」


 と……。


 外では蝉しぐれが降り注ぎ、コスモスが咲き乱れる暑いある日の出来事であった。


 そして、


 少女霊からもらった花飾りこそが、今のイタコを形作る誇りとしての証であった。


 時は戻る。陽光を反射して花飾りが煌めく。


 イタコちゃん、頑張ってね、応援してるわ。


 と……。

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