#05 名作

「あたしは霊媒師〔イタコ〕の三珠イタコだわさ。あんたが、死んだのに、この世に留まっているって聞いて成仏させに来たんよ。まあ、無理にとは言わないけども」


 いやいや、むしろ、無理矢理にでも成仏させて下さいよ。


 と、焦る少女霊の遺族。


 ハラハラと成り行きを見守る。大丈夫なのか、この子と。


「ふーん。でも私は成仏しないわ。私には、やるべき事があるの。だから消えない」


 少女の霊は冷たい態度でイタコを一刀両断して鼻で笑う。


「やるべき事ねぇ。だったら……、そのやるべき事ができたら成仏するってわけ?」


 イタコも負けていない。


「それは絶対に無理な話」


 少女の霊は、まるで妖精とも見紛う所作で空中で一回転。


「なんなんだわさ。無理ってさ。成仏させるのが無理か無理じゃないかは、あたし自身が決める事だわさ。人に無理なんて決められたくない。ともかく言ってみい?」


 黙ってしまう少女の霊。


 ここで無理やり突っ込むのがイタコとも思われそうだが、


 それは勘違い。イタコも黙る。無理に聞いても仕方がないと考えたのだ。だからこそ部屋の中を、つぶさに観察する。コールドリーディングによって少女がしたい事を推測しようとしたのだ。ぐるっと辺りを見回し、彼女の机の上で視線が止まる。


 そこには使い古した辞書と複数のノートが置いてあった。


 しかも、とても大事そうにきちんと揃えて置かれている。


 …――ふーん。そっか。


「あんた、勉強は好き?」


 イタコが、静かに問う。


「勉強なんて大嫌いよ。なんで、今、そんな事を聞くの?」


「そっか。やっぱりね。あんた、お話を創るのが好きでしょ。しかも手書きで書くほどの生粋。小説かな、それとも漫画? ……ずばり、それがあんたのやりたい事」


 また、少女の霊が黙る。


 うん。当たってるわさ。


 イタコは机の上に置いてあるノートを一冊、手に取って、パラパラとページをめくる。そこには、びっしりと文字が書かれており、その文字が世界を創っていた。小説か。なるほどと読み始める。始めは、あくびが出そうになっていたイタコだが、


 徐々に少女が創り出したであろう世界へと没頭してゆく。


 鼻息でページがめくれるほどに興奮してきて紅潮する頬。


「うぉ、なんじゃこりゃ」


 少女の霊は自分の作品を読まれてしまって、初めは恥ずかしそうに身をよじった。


 むしろ、


 ノートを奪い返し、あまつさえ無遠慮なイタコを追い返そうとすら考えた。しかしながら同時に自分が書いたものを他人が読んでどう思うのかという物書きの本能である興味に邪魔をされてしまい様子をうかがう。ドキドキと心臓が高鳴る少女の霊。


 すると。


「こうなるのかッ。マジかいや。これ、本気で面白いわさ」


 イタコが本気で読み始め、しかも面白いとすら言い放つ。


 夢中になって読み耽る。


 鎮める事を忘れて……。


 それから五時間。イタコは全てのノートに目を通し、しかも、その全てに対して真摯な意見を述べた。時には、直した方がいい部分を口にして、また時には、どう面白かったのかと熱く滔々と語った。そして、最後に信じられない事を口にする。


「ああ、めっちゃ面白かった。あたし、あんたが書く小説のファンになったわさッ」


 ファンと言われてしまい戸惑いつつ嬉しさが隠せない霊。


「そ、そう? でも……」


 顔を赤らめた少女の霊がようやく心を開く。


「今まで書いた作品は全部駄作だと思うの。だから消えるまでに名作と言われるお話を書きたい。みんなが面白いと喜んでくれ、そして泣ける作品を書き残したいの」


 それが私のやるべき事、為すべき事なのよ。


 でも霊の姿じゃ小説を書けないの。いえ、書けたとしても名作なんて書けないの。


 イタコは静かにノートの束を机の上へと置く。そうして天井を見つめた後、目を閉じて微笑む。……ママなら、どうするんだろう。でも、あたしはママじゃない。三珠イタコなんだわさ。だったら、どうする? と少女の霊に向き直る。また笑む。

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