#04 アクロバティック

 …――私は、死なない。


 いえ、死んではいるけど、死ねないの。私にはやるべき事、なすべき事があるッ。


 時は、少々、昔に戻る。


 今日はイタコが霊能者のイタコとして初の除霊をする日。


 季節は今と同じく八月。


 蝉が大合唱し、五月蝿くも暑い夏のある日。


 コスモスの夏咲きと呼ばれる開花のタイミングのその日。薄桃色の可憐な花びらが咲き誇る庭を持つ家にイタコと彼女の母は訪問する。依頼者の家の一人娘が死んだのだが、後悔を残しているのか、少女は幽霊として居座り続けているのだという。


 死んだ少女の遺族は、死にきれない彼女を心の底から心配して衰弱しきっている。


 夜も眠れないし、彼女を偲んで泣きはらす毎日だという。そこでイタコたちに出番が回ってきたというわけだ。幽霊な少女を安らかな眠りへと誘い、天国へと導いて欲しいとだ。遺族である自分たちが、どれだけ心配しているのかも伝えて欲しいと。


 霊が出るという家に据え付けられたインターホンが鳴る。


 ようやく、来てくれた。


 と霊の母親であろうと思われる女性が、玄関へと向かう。


 玄関を開ける。静かに。


「にきにきにん、イタコちゃん、登場ッ!?」


 とペロペロキャンディをなめながら門扉の前で、親指、人差し指、小指を立てる。


「ウェーイだわさッ!!」


 イタコ、この時、七歳。


 しかし、とても七歳とは思えないような所作で女性にハイタッチを要求。女性は戸惑いながらも、かがみ込んで右手のひらを拡げてから上方前へと差し出す。当然とばかりにイタコは右手のひらに自分の左手のひらをぶつけて、力強くパーンと叩く。


「まあ、あたしに任せておいてよ。霊を鎮めてあげるわさ」


 除霊を頼んだのはいいが、いきなり謎のハイテンションな幼女が現れて驚く女性。


 そんな女性など、お構いなしにイタコはずんずんと家に入っていく。その足取りに迷いはない。遺族と、なにも会話をしていないにも拘わらず、霊が出る部屋を見つけて部屋の真ん中に仁王立ち。そうしてから視線だけを動かして件の霊を探す。


 一方で、


 イタコの母は家に入らずに、少し離れた場所で待機する。


 ……イタコ、デビュー戦、頑張りなさいよ。


 なにかあれば直ぐにママが駆けつけるからあんたはあんたの全てをぶつけなさい。


 と心配しつつも、あんたなら、大丈夫、と信じ、遠くで、ひっそりと様子を窺う。


「いたッ! いたッスッ」


 部屋の中で叫ぶイタコ。


 小さくなったペロペロキャンディで部屋にあるエアコンの右隅を指す。そうしてキャンディに右回転を加えて上へと放り投げる。そのあとオットセイが投げられたフリスビーをキャッチするように件のペロキャンの残り僅かを見事に口の中に収める。


 そうして、キャンディーをバリバリと噛んで完食したあと、ぺっと棒を吐き出す。


 もちろん棒はゴミ箱へとナイス・シュート。


「ハートキャッチで、バッチリ決めッってね」


「君は誰なの? なにしに、ここにきたの?」


 エアコンの片隅に隠れていた少女の霊がイタコのアクロバティックに興味を持つ。


 例によって霊は丸い人魂の姿で尻尾がある。


 ただ他の霊と一つ違うのはコスモスの花飾りが霊の右上部に燦然と輝いている事。


 花飾りはイタコが持っていたソレと同じ物。


 いくらか心を開いたようにも見える霊。もちろん、完全に心を開いているわけではない。関心を持った程度。つまり、ここまでのイタコの行動は泣いている子供の前で笑わせようと両手を使って顔を隠し、いないいない、ばぁとやるのと似ている。


 ……つかみはオッケー。

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