#02 黙する
「ママの目玉焼きは、ものすっごく美味しいんだわさッ。あげる。食べるでしょ?」
視線を動かさず、霊へと問いかけるイタコ。
しかし、
件の霊は身体的距離と精神的距離を取っている。やはり、何も答えず、それどころか天井の右隅に戻ってしまう。隠れるよう。イタコが箸を立てて箸の先を細かく震わせる。その表情はイライラが満ちている。目を閉じ、口だけで、から笑っている。
もちろん、右の額には井の字をしたピクピクと細かくも痙攣する血管が浮かび上がる。
「あんたさ。もう一週間よ。一週間。付かず離れずで付き纏ってさ。それどころか、何を言っても、何をやっても一切しゃべらないって……、何がしたいんだわさッ!」
霊だけど死体になりたい?
それともあれかいや。ない胸アタックを喰らいたいの? まな板のパフパフ地獄。
と怒ってはみたのだが、考え方は人〔霊〕それぞれだから、と静かに目を閉じる。
……まあ、仕方ないかと。
また、ため息を吐く。頬杖をつき、再び、三回目のため息。晴夜や是威を助ける事ができなかったという嫌な夢を見た上に、この霊を、触れ合いで成仏させられないという不甲斐なさで憂鬱になる。無理に語らせてもと思う。ジレンマに襲われる。
考える。
なにも悪い事してないのに尋問なんて可哀相すぎるわさと。
気持ちを切り替える。起きた時に決めたよう恐山菩提寺に行こうと家の鍵を手に取る。玄関に向かう。天井の隅に逃げていた霊が飛び出してくる。背後に付き従う。彼女は警戒している猫を捕まるように敢えて視線を外して霊の気配を窺う。
そうして黒目を無くした瞳を三日月を寝かしたようにして、
きらんと光らせて魅せる。
「おらッ! 捕まえたわさ」
と体を一気に反転させて霊と真正面に向き合い、そののちダイビングキャッチッ!
野球でいう所のファインプレーを軽やかに再現してみせる。
「捕まえたじぇ。じぇじぇ」
イタコに捕まった霊はモガモガともがきながら彼女の両手から、どうにか逃れようとあがく。その様を見たイタコは嗤い、丸い霊から出る尻尾のような部分を右手で力強く掴み、けん玉の玉を回すようにブンブンと右回転を加えて強く振り回す。
「さてさて、このあと、どうすっかな? どうして欲しい?」
イタコの右口角があがる。
その顔つきは邪で、このまましゃべらない霊を拷問するかのイキオイだ。無論、拷問などをする気は一切なく、単なる触れあい。じゃれ合い。無論、霊が思わずなにかをしゃべらないかと期待もしているが。つまり、一言でも言葉を口にすれば……、
後は決壊したダムから放水される水ようペラペラしゃべりだすのではないのかと。
そんな思惑を見透かしたのか、或いは単に頑固なのか、それでも口を開かない霊。
「ふぅんぅ。ダメか。まあ、いいわさ。こんな事じゃ話さないって分かってたしね」
再びため息を吐き予想通りの結果だと霊を解放するイタコ。
「まあ、今はそんな事よりも菩提寺だわさ。あそこにいる地蔵菩薩のガキんちょにいっちょ揉んでもらいますか。そしたらイタコちゃんもパワーアップだわさ。うん」
ときびすを返し、今一度、玄関へと向かう。
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