Episode02 コスモス

#01 朝食

 ……夢だったとはいえ、何もできなかった。


 いや、何でもできるなんて思ってはないわさ。それでも守りたいものくらいは守れる力があると信じてた。信じてたけど、まだまだ足りなかった。心が狭かった。狭かったから手を差し伸べても振り払われた。ハハハ。修行が足らんって言われそう。


 あの子にさ。……彼女の濃い緑の瞳から一筋の涙が零れる。


 右の一の腕を使って力任せに、涙をゴシゴシと乱暴に拭う。


 ファンタグレープのペットボトルや瓶が散乱する部屋で黄昏る。窓から射し込む陽光は強く、すでにお昼近くに達していると知らせている。蝉たちも一斉に鳴き始めており、今日も、また暑くなるのだと真夏のミュージックを高らかに奏でている。


 涙が止まると歯を見せてからニカッと笑う。


「うっし。湿っぽいのは性に合わん。朝飯でもワシワシ食う」


 そして机の上にあったコスモスの花飾りを静かに手に取る。


 ジッと見つめる。それを。


「うんッ」


 そののち頭の右に留める。


 アハハ。修行が足らんか。


 そうだ。久しぶりに恐山菩提寺に顔を出してみっかな。嫌だけど修行も兼ねてさ。


 そう決めるとタンスを開けて寝間着を脱いで着替え始める。


「うん?」


 イタコは、何かに気づいて、力いっぱいカーテンを閉める。


「エロ禁止。読者サービスなんてしないッス。大人しく指を加えて待ってろだわさ」


 てか、胸がないからだろ?


 なんて事は思っても言ってはダメだ。ぶっ飛ばされるから。


 それから五分後。着替えを終え、階段を降り、キッチンに向かう。キッチンの机には母親が作ったのであろう、コンソメスープと厚めのパン。そして、二枚の焼いたベーコンが上に乗った目玉焼き。朝食だ。銀色の網ボールが被されている。


 網ボールをどけると皿の隣にあった紙が目に入る。書置き。


 書置きを取って、あくびをして面倒くさそうに読み始める。


「ふぁあ。霊との対話もほどほどにか。まあ、対話じゃなかったら雷を落とすって脅しだわさ。こわこわ。夏休みだけど昼近くまで寝てると、ぶっ飛ばされるかも」


 独り言を言った瞬間、お腹が律動し腹の虫がグーっと鳴る。


 食うわさ、ワシワシとさ。


 椅子に座って、朝食に手を付ける。パンを少しだけちぎって、右手に持ち、右手を後方上部に持っていく。すると一つの霊が天井の右隅、影になっている部分から出てきてからパンへとかぶりつく。霊も、お腹が空くのだろうか。そう思える。


 ただし。


 敢えてなのか無言な彼女。


 次はコンソメスープが入る白いカップを手に取り、こくこくと喉を鳴らして飲む。


「飲む?」


 と一言だけ発し霊に聞く。


 霊は何も答えない。一切。


 軽く、ため息を吐き、スープが入るカップを机の上に置く。


 次は、ベーコンが上に乗る目玉焼きに赤い箸を突き立てる。


 グリグリと箸を回してから目玉焼きを綺麗に二つに分ける。

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