#09 戸惑いと慈愛

 なんだ!


 とイタコに取り憑いている幸村と是威が驚いて、悪霊であるニータンを見つめる。


 ニータンは口から赤黒い霧を漏らしており、虫の息に見える。なんとか起き上がろうともがいているようにしか見えない。しかしながら、その目つきは、まだ死んではいない。むしろ、ここから先こそがドラマチックな展開なのだと訴えかける。


「一体、なんだというのだ。ニータン。見苦しいぞ」


 ……ッ!


 そこで、是威はある事実に気づく。


 抜け落ちてしまっていたものにだ。


 クハハ。


 そうだ。


「その通りだよ。メル派で四賢者と呼ばれたお主の孫がここにいたんだ。宇津晴夜〔うつ・はれるや〕がな。それが、なにを意味するのか分からぬお主ではなかろう?」


 ニータン・後島の右手に小さな子。


 握りつぶすように力を込めて、その子どもの表情を歪ませる。


「お、お祖父様……」


 そう。この夢が始まった時、一人だけ自分の祖父を信じ切ってイタコを否定していた、あの声の持ち主だ。その子がニータンに捕まっていたのだ。その声の主こそ宇津晴夜という。晴夜は握りつぶされまいと必死で手の中から抜け出そうとする。


 が、どう足掻いても抜け出せない。


 苦しむ。


「晴夜、お主ッ!?」


 是威にとっては最悪の事態である。


「くそがぁぁッ!?」


 飛び出したのは是威本人ではない。


 苦しむ子供を見て、イタコが後先を考えずに幸村さえ放っておき飛び出したのだ。


 悪霊が大口を開け、口の前へと右手を持っていくのと同時にイタコは駆け出す。右足に碧い気を纏い、左足で飛んだイキオイに任せて力を込める。強く強く怒りを乗せる。幸村は驚き戸惑い出られない。しかしながら憑依で身体能力は上がっている。


 そうして、倒れているニータンの右足のつま先を踏み台にしてニータンの上空へ。


 右手の中で苦しむ晴夜を助けるべく上空から目標へ踵落とし。


 イタコのかかとが赤い閃光となる。


「三珠流体術、さざなみの揺り籠ッ」


 右手へと落とされた重爆はニータンの手根へと着弾して手首から上を吹っ飛ばす。


 手が消え失せた事で晴夜は空中へと放り出される。


 イタコは踵落としを決めた右足を慣性に任せて振り抜く。体にひねりを加えて一回転を試みるが半回転しかできない。手を吹っ飛ばす為に大きな力を使ってしまっていた。だからこそ慣性に向ける力が足りなかったのだ。チッと舌打ちをするイタコ。


「クッ!」


 しくった。でも、やるしかないッ!


 結局、半回転しかできなかったが、自分の体から伸びる右手で晴夜の右手を掴もうと必死でもがく。精一杯、腕を伸ばして腕がもげても構わないと救いの手を伸ばす。5cmから3cm、そして1cmへと彼女の右手に晴夜の右手が近づいてくる。


 残り0.3cmを残した所で晴夜の右手が遠のく。


「晴夜ぁぁぁッ!?」


 イタコの叫びに重ねるよう是威の絶叫が響き渡る。


「クハハ。喰ったぞ。喰った。四賢者の孫を喰ったぞ。やつの霊力は半端ない。ワシは無敵になる。無敵になったのだ。是威、お主にも、そう簡単には殺られんぞ?」


 と晴夜の絶大な霊力を取り込み更に巨大化したニータン・後島が、不敵に嗤った。


 その巨体を揺らし。


 もはやニータンには傷の一つもなく全快していた。


 晴夜という逸材の霊力を十全にその身に取り込み。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る