異次元のゴロー

松長良樹

異次元のゴロー


「みんなに集まってもらったのも、私は大変なものを発明したかもしれないからです」


 博士はそう言い、テーブルの周りに集まっている研究所の連中を一瞥した。大学の研究生達もいったい何を博士が発明したのか、興味深そうに様子を見守っている。

 博士はやがて白衣の内ポケットから半透明の消しゴムらしきもの取り出して皆に見せた。


「この消しゴムはなんでも消せる。今までの物理の法則を崩壊させるものです」


 皆はどうリアクションしていいのか解らないまま暫く黙っていた。そこで博士は周囲を見まわして微笑んで見せてから、テーブルに置かれた鉛筆を無造作に手に取ると、その消しゴムで数回こすった。


 と、どうだろう。見る間に鉛筆が消えうせたのである。


 皆が目を疑い、どよめきが巻き起こった。だが、どうも皆は半信半疑だった。


「博士。まさか、マジシャンになられたわけじゃないですよね」


 研究生の女子が微笑んでそう言った。


「ありえないでしょ? 余興ですか、博士」


 男子の学生までもそう言う。でも博士は表情をまったく変えなかった。


「まあ、見ていてください」


 博士がそう言った。


 そして、それからニ~三分するとテーブルの上に薄っすらと鉛筆の輪郭が現れ、やがて本物の鉛筆になった。前より大きなどよめきが巻き起こった。


「す、すごい。マジックだとしても凄い……。は」


 男子学生がそう言いかけた時、猫の声がした。声の主はゴロ―という名の猫で、もとは野良猫だが、研究生が可愛がったり、餌をやったりしたので、すっかり研究所に居ついてしまった雌猫だった。

 ゴロ―という名はいつも、ただごろごろしているという意味で、誰かが雄、雌、関係なく付けた。だからゴローからしたら侵害な名だったかもしれない。


 博士は足元にすり寄ってきたそのゴローを、ひょいと抱き上げて言った。


「ゴローだって消せるよ」


 皆はほとんど信じない風だった。いくらなんでも消しゴムで猫が消えるわけがない。皆そう言いたげな表情だった。


「――いいですか」


 そういうと博士は消しゴムを猫に見せた。ゴローは最初おもしろがる様子で、その消しゴムにじゃれついた。何回か猫パンチも繰り出したほどだ。でも博士が首のあたりに消しゴムをもっていって、そこで動かすと、今度は気持ち良さそうに目を細めた。


 だが、それが皆がゴローを観る最後となった。その後ゴローの姿が煙のように消えてなくなったのである。そしてその瞬間に消しゴムも消えてしまった。


 しかし今度、博士は『まあ、見ていてください』と言わなかった。


 それからニ~三分経っても博士も表情を変えなかったし、なお一層、妙な事に研究所の学生達も何事も起きなかったように落ち着き払っているのである。


 ◇  ◇

 

 みんなが一斉に記憶喪失になったなんて考えずらい、だからこの事態を推測するとこうなると思う。彼らのいる世界に、鉛筆という物はあったが、元々ゴローという名の猫などは存在していなかった……。 


 そう、その証拠に……。いや、その証拠となる消しゴムさえもうない。




                 了


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異次元のゴロー 松長良樹 @yoshiki2020

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