親睦会①
「親睦会をしましょう!」
唐突にそんなことを言い出した五道を、清霞は鋭く睨んだ。
「何を言っているんだ、お前は」
いきなり執務室にきたかと思えば、何か用があるわけでもなくわけのわからないことを叫ぶ部下にくれてやる優しさは、あいにく持ちあわせていない。
しかしそんな冷たい上司の視線などなんのその、五道はばん、と机を叩いてきた。
「隊長! 親睦会ですよ!」
「うるさい。遊んでいる暇があるなら残業させるぞ」
「暇じゃないし、遊びでもありません〜。飲みですよ、飲み」
「余計にいらん! さっさと帰ってしまえ」
処理し終わった書類をまとめ、清霞は帰り支度を始める。
仕事は終わらせた。もう帰るだけだというのに、このうるさい男に付き合ってなどいられない。
お前が帰らないなら私が帰る、と立ち上がった清霞だったが、その前方に五道が立ち塞がった。
「だめですよ〜。今日は帰しません!」
「うざったい。どけ。邪魔だ。私は帰る」
「そう言うと思って」
「…………」
「すぺしゃるげすとをお呼びしました〜」
いつのまにか、執務室の戸口に人の気配があった。
(……気づかなかった)
清霞が気配に気づけない相手。これほどの使い手といえば――。
「お疲れさまです、どうも」
ひょっこりと顔をのぞかせたのは、清霞の天敵と言ってもいい人物。鶴木――否、薄刃家の次期当主である薄刃新だった。
「……五道。部外者を招き入れるとは、お前はよほど自分の人生がどうでもいいらしいな?」
「隊長を無理にでも連れ出すためなので!」
「許されるか、この阿呆が」
部外者を、応接室ならまだしもこんな執務室の入り口まで連れてくるなど、完全に軍規違反。処分の対象になる。
覚悟はできているな、と清霞が構えると、そこへ新が待ったをかけた。
「まあまあ、大海渡少将の許可はとっていますから」
「は? 閣下が許可を出したのか? こんな馬鹿げたことに?」
「ほら、そこは俺の交渉術で」
「……冗談だろう……」
清霞は呆れ果て、力なく振り上げた拳を下ろした。
誰も彼も馬鹿げている。堂々と軍規違反をするほうも、許可を出すほうも。上官を悪く言いたくはないが。
「ああ、大海渡少将から伝言もありますよ。『君もたまには部下と親睦を深めたほうがいいぞ』と」
「…………」
大きなお世話、という言葉をすんでのところで飲み込んだ清霞は、そのまま五道と新に連行された。
美世には俺から伝えてあるので心配ないですよ、などと爽やかな笑顔で当然のように口にする新に若干の殺意を覚えながら、連れられてきたのは屯所近くの行きつけの居酒屋。
「席を予約しておきました〜!」
得意げに胸を張る五道にもはや、つっこむ気も起きない。
「だいたい、なぜいきなり親睦会なんだ……」
「そりゃあ、美世さんが来てから隊長の付き合いが悪いから〜」
「…………」
「っていうのは冗談で〜……鶴木氏に話を聞いてみたかったんですよね〜。で、せっかくなんで隊長にも同席してもらおうと」
「なにがせっかくなんだ、なにが」
五道がこんばんは〜と勢いよく店の引き戸を開け、三人はぞろぞろと暖簾をくぐって入店する。
居酒屋『
大将も気のいい親父で居心地も良く、対異特務小隊で飲みといえばだいたいこの店だ。
「庶民的な店ですね」
物珍しそうに視線を巡らせる新。
「これがいいんだよ、これが〜。――……げっ」
鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌に新に返した五道は、急におかしな声を発して足を止めた。
「なんでここに……」
「?」
「や、やっぱり帰りましょう」
慌てて踵を返し、店から出て行こうとする五道は残念ながら、後ろからついてきていた清霞と新に阻まれる。
清霞が呆れながら、
「ここまで来て帰るのか?」
と問えば、「だ、だってですね〜」と口ごもる。
「おーい、そんなところにいないで一緒に飲もうよ、五道くん」
店の隅の席のほうから聞こえてきた声を、清霞もよく知っていた。五道の不審な挙動にも納得だ。
「……辰石か」
「ああ、久堂さん。――と、名前を言ってはいけない御曹司くん」
「鶴木です」
ひらひらとこちらに手を振ってくる辰石家の新米当主、辰石一志にそれぞれ反応する。
「ほらほら、四人席空いてるから」
「い〜や〜だ〜!」
今日も今日とて派手な着物をだらしなく着崩し、片手におちょこを持った遊び人が強引に嫌がる五道を空席へ引っ張っていく。
完全に出来上がっているように見えるのは、きっと気のせいではない。
「……では、親睦会を始めま〜す……」
四人が席につき、さっそく今回の発起人らしい五道が声をかけるも、最初よりはるかに沈んだ表情で気分が落ち込んでいる様子だ。
逆に一志は楽しそうに目を細め、新も相変わらず毒気のない笑みを浮かべる。
……一気に、この集団の胡散臭さが増していた。しかし本人たちはそのことにほぼ気づいていない。
(……これは、親睦会なのか?)
ただ清霞のみ、さすがにこの集まりへの疑問を感じ始めていたが。
まずお通しの特製たれのかかった冷奴が出される。それから焼酎、各々が注文したこの店の売りである季節の野菜を使った煮物や、焼いた肉料理などが運ばれてきた。
そしてその頃には、四人の口も初めよりはいくらか滑らかになっていた。
「だいたい、なんで辰石がここにいるんだ〜」
ぶつくさと五道が文句を言い、一志はおかしそうにそれを見遣る。
「ぼくがいちゃいけないかい?」
「遊び人は大人しく、きれーなお姉さんのいる店に行くべきだろ〜」
「たまには気分を変えたいじゃないか」
清霞は焼酎をあおってから、そう言う一志に目を向けた。
「家の仕事は真面目にやっているんだろうな?」
「まあ、あまり気は進まないけどね。面倒だし、家はひとりで寂しいし」
この男の家族は皆、以前の事件で遠方へ飛ばされた。今はそこそこ大きな屋敷に一志がひとりで住んでいるらしい。
だから遊びにのめり込むのだろうか、と一瞬思ったが、そういえばこの男は家族がいるときでもそこかしこを遊び歩き、ろくに帰りもしなかったと聞いたのを思い出す。
「そういえば、五道さんの家は? なんとなく、想像がつかないんですが……」
話を振ったのは新だ。
「うち? うちはまあ、賑やかだよ〜」
「賑やかって、兄弟が多いとか?」
「兄弟は兄と妹がいるけど〜」
三人兄弟なら、さほど多いというほどでもない。ではその兄と妹がよくしゃべるのだろうか、と新は首をひねっている。
しかし清霞は知っている。五道家を最も騒がせているのは、兄弟ではなく――。
「いちばん賑やかなのは、母親なんで」
ね、となぜか五道は清霞に同意を求めてきた。
「なぜ私のほうを見る」
「だって、隊長は知っているじゃないですか〜。うちがどんな様子なのか」
「……それはまあ、知ってはいるが」
五道の母親はとにかく多趣味な人で、しかも興味が移ろいやすい。
以前は音楽や絵画などの芸術に始まり、海外の珍しい料理や菓子作りに挑戦したり、はたまた旅にハマって数か月も家を空けたりしたこともあると聞いた。
五道家の屋敷はそんな奥方の収集物、あるいは彼女自身の作品、趣味のために購入した器具等々で、広いのに狭く感じたのを覚えている。
「私は良い母親だと思うがな。面倒見も良くて」
「巻き込まれてるの間違いですよ〜」
もう酔ってきているのか、上気した顔で五道がぼやく。
「なかなかクセのある人みたいですね」
ふむ、と新がうなずけば、「そりゃあ」と五道が続けた。
「母親がああいう人で、兄がいてくれなければ俺の自由な学生時代はなかったと思いますけどね〜」
「へえ、そんなに自由に過ごしていたんだ? 学生時代は」
自由、という言葉に一志が反応する。
清霞は余計なことは言わずにおちょこを傾けた。
「自由だったよ。自由に勉強してたんだ〜、俺、真面目だから」
「は? 勉強?」
「留学してたの。エゲレスだよ、エゲレス〜」
「は?」
「は?」
五道が何のことはなしにさらりと落とした爆弾。
一志と新は揃って目を点にしている。
懐かしい話だ、としみじみしていたのは清霞だけだった。
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