第33話 sideシン 6


「コニー、いる? 寝てる? もしもーし。…………寝てるのかな?」


 借家に戻り、お隣のコニーの家の扉を叩き、声をかける。

 反応はない。

 日が昇ると“夜”になる、この国——当然、それは“寝る時間”なわけだ。

 だから、寝てるのかな、と思った。

 でもそもそも気配がない。

 変だな?

 もしかして、まだ魔法ギルドで頑張ってる?

 ミゲルさんもかなり遅くまで“残業”してるし……ありえる〜。


「?」


 戻る前に自分の借家のトイレに寄って行こう、と門を潜った。

 軽い気持ちで開けた郵便受けになにか入ってる。

 袋……小さな巾着……いや、これ、護符袋だ。

 中身が入ってる?

 持った瞬間体がほかほかとあたたかくなってきたから、『自動回復』の——。


「コニー、もう作ってくれたんだ」


 すごいな、ちゃんと有言実行してる。

 なんだかんだとネガティブなこと言ってるけど、決めたことは絶対やってるよね、コニー。

 すごいなぁ、俺なんて決めたことなに一つできてない。

 妖魔を倒して、いつか妖霊神も倒す。

 そう大口叩いて、未だに魔物の一匹も倒せてない。

 兄さんが考えたラノベの主人公なら、転移したその日にでっかい魔物を倒して人を助ける。

 今でこそマンガアプリのコメント欄に「テンプレ飽きた」なんて書かれるけど、何度読んでもスカッとする展開なので俺は好きだ。

 まあ、兄さんが書籍化してコミカライズされてるやつは主人公じゃなくて、主人公が仲間になる人たちが無双する感じ、だったけど。

 俺も兄さんの書いた物語の仲間たちみたいに、人を圧倒的な力で守り助けられるようになりたいな。

 コニーのことを、もっと笑顔にできるような強い男に……。


「あ、トイレ」


 ——しかし、家にコニーはいなかった。

 仕方なくトイレを済ませてから町まで来てみる。

 魔法ギルドなら足取りがわかるかもしれない、と来てみたものの……。


「コニッシュさんですか? すでに帰宅しておられますね。ぐふふふ」

「そ、そうですか」


 ケートさんに聞いてみたら、そう言われてしまう。

 溜息を吐いてから、俺もほとほと眠くてあくびを一つ。

 うーん、お風呂入ったあとだし“夜”だし、どうしよう?


「ちなみに、コニーが今どこにいるか、とかケートさんはわかりますか?」

「占ってみます? 有料ですけど」

「ぐっ……」

「ぐふふ、くふふふふ……冗談ですよぉ」


 突然、入口から店舗内に引っ張られてカーテンが閉まる。

 え、なに!? なにか吸われる!?

 襲われるのかと思って慌てて戦闘態勢を取るが、包帯が巻かれた顔が真横に寄り添わてゾッとした。


「赤い竜の妖魔があなたとコニッシュさんをずっと調べていました」

「!」

「ここは防音、情報遮断の魔法がかかっていますが、それでも相手は妖魔……このままお聞きなさい」

「…………」


 こくり、と頷く。

 目の部分が、光ってる。

 ケートさん、怪しいけど信じていいのかな?

 でも、妖魔……。

 妖魔が、俺とコニーを調べてた?

 俺は招き人だから、狙われてるっていうのは最初から言われてきたけど、コニーも?

 なんで?


「あの子……コニッシュさんに与えられていた妖霊神の加護……あれはマーキングの効果もあります。妖霊神に加護を与えられた者は、そのマーキングを逆探知して妖霊神の下へと行くのです。妖魔たちは水先案内人といったところでしょう」

「え……っ」

「一応、コニッシュさんには注意しました。一人で出歩かないように、と。……家に帰っていないんですよね?」

「っ……」


 まさか、と嫌な予感にケートさんを恐る恐る見る。

 包帯に巻かれていて、当たり前だけど表情は見えない。

 いや、ケートさん、怪しいけど、でも。


「…………これを」

「? これは?」

「コニッシュさんの髪の毛を星砂インクに溶かして作った『追跡の護符』です」

「な、なんでこんなもの……」

「金貨一枚になります」

「……………………」


 ……うん、ケートさんは信用しても大丈夫な人だ。

 なんつー高額で売ってくるのだろう。

 俺の財布に入ってるギリギリだよ。


「買います……」

「グフフッ! お買い上げありがとうございます」


 ピッ、とカードをかざして、取引完了。

 これはこの国で使われている“財布”。

 ジャラジャラとお金を持ち歩くのは危ないので、みんなこういう“自身の魔力にしか反応しない”カード式の財布を持ち歩く。

 入っているお金も、カードに灰色の丸六個、銅色の丸五個、みたいな絵柄浮かび上がって確認できるのだが、この絵柄すら自分にしか見えない。

 だからカードにいくらお金が溜まってるのかわからないし、盗んだところで持ち主以外には取り出せない仕組みになってる。

 すごいよねー。


「こちらお品物になっております。あ、ラッピングはいかがしますか?」

「いりませんよ! って……あれ?」


 護符に青い線が現れる。

 矢印が浮かび、それは建物の外を指しているみたいだ。

 いや、よくよく考えるとちょっと気持ち悪くないかな、俺。

 女の子の居場所を勝手に探ってるってことだよね?

 へ、変態くさくない?


「うーむ、これはまずい」

「え? なにがですか?」

「矢印の色は、これが追跡している者の心身の状態を表しているんですよ。出血や怒りの状態は赤。病気や毒を食らっていれば紫。健康状態なら緑。この青は落ち込んでいる、あるいは寒さで震えている状態」

「落ち込んで……」

「コニッシュさんはすぐ落ち込むので、ある程度水色に近いとは思いましたが……この青はもう群青に近い。とてもとても、心が気落ちして、落ち込んでいます。それこそ死を望むほど」

「え!」


 死を……!? そんな!

 なんで!


「もしくは凍死寸前! ちなみに死ぬと黒くなります」

「やめてくださいよ、縁起でもない!」


 ——でも。

 そう、叫んではみたものの……。


「……っ」


 群青色に近いその青は、ますます青味を増していく。

 群青から、黒に近い。

 え? これ、まずいのでは?

 この色は……どんどん濃くなって……。


「…………あらら、死んでしまいますね」

「えっ、あ……な、なんで! なんでですか!」

「わかりませんよぅ」

「……ミ、ミゲルさんに……」


 でも、ミゲルさんに会いに行ってる間に、黒くなってしまったら?


「………………」


 姉の物語。

 姉は死人が出るような物語を好まない。

 でも、それでも『ヒカリ』は言っていたな?


『妖霊神に取り込まれて……呪いを増幅させて魔族と人類に仇をなす妖魔になって——』


 ……たとえ本当にそうなっても、あの人はそれを望む人ではない。

 コミカライズの急展開。

 ああ、似てるな。


「ケートさん、あとで必ず手間賃を支払うので、このことをミゲルさんに伝えてくれませんか」

「……向かわれるのですか?」

「はい、助けに行きます」


 姉が本当にコニーを『死ぬ』と運命づけたのなら、弟の俺がそれを覆す。

 一生懸命生きてる、あの子に死んでほしくない。

 野垂れ死ねばよかったなんて、そんな悲しいこと言わないでほしい。


「かしこまりました。銅貨五枚でいいですよ」

「よろしくお願いします!」

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