第29話 sideシン 2
「うーん」
「どうしたんですか」
この世界に来て一ヶ月ほど。
鍛錬につき合ってくれていたミゲルさんが唸る。
休憩中に聞いてみれば存外簡単に「それがねー」と話してくれた。
「召神の儀……?」
「四大元素の聖霊神と違って、光と闇の聖霊神は『神子』の呼びかけにしか応えないんだ。『神子』というのは光と闇の聖霊神に、直に加護を与えられた者をいう」
「コニーはその『神子』なんですよね」
「そう。彼女は多分自分の価値を本気でわかってなさそうだよね」
「わかってないだろうなーーっ」
……そうらしいのだ。
『神子』とは本当に珍しくて、特に闇の聖霊神は滅多に直接的な加護を与えない。
しかも人間で闇の聖霊神から加護を与えられた者など、初めてなのではないか、というほど。
俺もミゲルさんに聞いた話なので「えー、そんなにー」という具合だけど。
「シンがコニッシュと仲良くしてくれてて本当によかったよ」
「え、あ……いや、その……俺は……」
そりゃ恩人だし。
それに、普通に可愛らしいと思うし。
「…………」
「なにか他にも思うところがあるのかな」
ヤダなー、と思う。
兄にはなかった、大人の男の余裕というか、勘の良さというか。
こういうのがモテる男なのだろう。
つまりうちの兄はモテない。
ま、まあ、モテるタイプじゃないしな、うん。
問題は、この人もまた……姉の考えたキャラクターってところだよ。
そう、俺は確信した。
「俺の姉は、物語を書いてる人だったんですけど」
「うん?」
「ここはその姉の考えた世界に似ているんです」
「ほほう?」
そして、懸命に記憶を辿った結果、読んだコミカライズの最新話に帰結した。
あの物語は異世界『フェスティ・レイヴォ』に召喚された主人公の女の子が、【魅了の魔眼】に侵された学園を平和に取り戻し、王子妃になるべく魔族の国と国交を開くべく仲間と旅をした結果、その国の王弟と結ばれる……的な話だったのだ。
じゃあ恋人だったはずの人間の王子様はどうなったんだっけ、っていうのは、なんか思い出せない。
いや、ほら、男の末路とか興味ないじゃん?
だからあの子——【魅了の魔眼】で学園を混乱に陥れていた『魔女』と称された子……コニッシュ・スウのことはうっすら覚えている。
彼女は【魅了の魔眼】で学園を支配してしまったことを「知らなかった」と言った。
多分魔眼に耐性のなかった学園の生徒たちを、無意識に【魅了】して支配してしまっていたのだろう。
けれど漫画の中の人たちは彼女を許さなかった。
なんかすごい貢いでた人たちがたくさんいたし、人間関係も拗らせてしまった人もいたから、らしい。
無意識でそこまで学園をむちゃくちゃにした彼女は、
なんかちょっとあんまりじゃない?
さすがにそれはさぁ、ひどくない?
確かに人間関係の拗れは大変だったと思うけども……。
「姉の考えた物語の中で、コニーは……あ、いや、コニーに似た子は、すごく可哀想でした。だからだと思うんですけど……コニーには幸せになってほしいっていうか」
追放後、身を寄せていた魔族の国『ファウスト王国』。
王子妃になるために『ファウスト王国』との国交を取り持つべく、主人公は親友の女の子とその婚約者、そして王子と共に『ファウスト王国』へとやってくる。
そこで遭遇した、追放したはずの『コニッシュ・スウ』という『魔女』。
主人公たちは、彼女がまたここでも同じことをやっていると確信して、問い詰める。
しかしそのことに逆ギレしたコニッシュ・スウは、邪悪な神を呼び出して融合。
呪いを集め、さらに邪悪な神を強化するのに一役も二役も買って『ファウスト王国』の王都を破壊し始める。
それを止めたのが主人公たち。
四大元素の聖霊神を召喚できる主人公は、仲間たちと『ミゲル』という『ファウスト王国』の王弟にそれぞれの聖霊神を降ろし、戦いの助力を行う。
なにがどうなってそうなったんだ、ってくらい1話に詰め込まれたその流れで、とりあえず人間の王子様と、主人公がどうなるのかは不明。
ただなんかもう最終戦前の主人公と『ミゲル』のイチャイチャ度がおかしかったのを覚える。
いやほんと「俺何話かとばした?」って思ったくらい。
だって手握り合ってキスまでしそうになってたんだもん。
なにが起きたの?
「君のお姉さんが書いた物語に似てて、コニッシュが不幸になるから……君がコニッシュを救いたいと思ってる、ってことかい? うーん? ちょっと意味がわからないな」
「あ、うん、まあ、それを言われると俺も意味がわからないんですけど」
「おやおや?」
ただ、似てる。
似てるけど、本当にそうなってしまったら嫌じゃん?
なんか、怒涛の展開だったし。
ミゲルさんが……この人がコニーを追い出した『主人公』とイチャつくのもなんか普通にムカッとするんたが。
それはまだわからないこと。
これだけ大人の余裕しゃくしゃくなイケメンが、人様の事情も受け止めずに学園からも国からも追い出すような人間を、好きになるとは思えない。
ミゲルさんは強いし、この人は俺とコニーをここに招いて後ろ盾になってくれている。
こうして鍛錬につき合ってくれて、俺にとっては第二の兄であり師匠。
すごく信頼してる。
だから尚更、そんな女の子を選んでほしくない。
「姉の書いた物語には、コニーに似た境遇の女の子が出るんです。そして、コニーみたいな女の子を……そんな境遇にした女の子とミゲルさんみたいな男の人が恋に落ちるんですよ」
「えぇ、なにそれ。……あー、それはつまりコニッシュを国外追放にしたという四大元素の聖霊神を召喚できる女の子の話かな? 確かに手の内に置いておくのはアリだけど」
「!」
思わず見上げた。
それに対してミゲルさんは妖艶に微笑む。
「当然だろう? 僕は王弟だよ、これでも。他国に『力』があるのならほしいさ。まして人間と魔族はずっと殺し合ってきた仲だ。仲良くしたいと手を差し出されて、こちらこそと簡単に繋ぐわけがない。そうして騙され続けたんだ、我々は。人間という種の姑息さを、歴史が証明している」
「あ……え、えーと」
「ただ君とコニッシュは別だ。本当にね。シンは招き人だし、コニッシュは闇の聖霊神に加護を与えられた『神子』だ。我らが信仰する闇の聖霊神が選んだ娘を信じないわけにはいかない。それは闇の聖霊神を否定することにもなる。我らを何百年と守護してきた神を否定するなど、そんなことはできない」
「…………」
見上げながら、その微笑みの割に目が笑ってなくて緊張した。
良くも悪くもこの人は王弟。
この国を支える一柱。
コミカライズで「いやいや展開早すぎてわけわからん」となっていたけれどこれが
四大元素の聖霊神を召喚できる女の子を——利用しようとした。
この人の顔面ならやれる……!
「まあ、本当にそんなのが現れたら考えるよ。本当にそんなのが現れたらね」
「あ、ハイ」
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