第28話 sideシン 1


「東雲の芸能科決まってた新入生、女の子に刺されて死んだんだってさ」

「マジ? 怖……」

「だから入学式に席一つ空いてたのかよ」

「なんか中学から結構イキってたっぽい」

「前世でどんな悪行積めば今世でイキって女の子に刺されて死ぬとかになんの。ウケる」


 ウケるだろうか。

 電車の中で同じクラスの男子の話を聞きながら、スマホの画面をスライドさせる。

 姉が原作の漫画が、今日更新日なのでそれを見ていた。

 兄が原作の漫画も明日の昼に更新されるはず。

 俺の兄と姉はどちらも仕事の合間に『WEB小説サイト』で小説を書いて投稿している。

 それが趣味で、それが副業。

 二人とも書籍化して、なんとそれがもとになった漫画が漫画アプリで連載されている。

 特に兄の方は原作が十巻以上になっていて、姉曰く「二桁はマジ人気作嫉妬」らしい。

 姉は単刊が多く、本当は「売り上げ次第で二巻が出てたのに」というのもあるんだとか。

 世知辛いんだね、と半笑いで慰めたのが一度や二度ではない。

 それでも、兄曰く「あれだけ何作も書籍化してる時点でアイツも十分人気作家。作家買いされてるの羨ましい嫉妬」……とのことなので、まあつまり、俺の兄も姉もどっちもスゲェーってことなんだと思う。

 だいたい、そんなこと言われたら俺なんて文字書けないし。

 漫画家の叔父さんみたいに絵も描けないし。

 いや、ほんと……世の中すごい人がたくさんいる。


「!」


 そして姉!

 祝子ときこ姉さん!

 原作は読んでないけどこのストーリーは酷すぎるよ!

 なに、この『コニッシュ・スウ』っていう女の子!

 不憫! 不憫がすぎる!

【魅了の魔眼】で主人公以外の仲間たちを引き裂きかけたけど、それ、本人にその気なかったったんじゃないの!?

 しかも周りが「国外追放が妥当」ってして追放してたの!?

 待って待って待って、この情報の後出しおかしくない?

 え、原作だと全部最初から書いてあるのかな?

 でもなんか小説読むのしんどい。

 その上この子、魔族の国で頑張ってたのに悪い神様に『呪い製造機』として取り込まれて死んじゃうの!?

 え、待って。

 主人公の相手役の吸血鬼だったの!?

 王子じゃなくて!?

 待って待って、今回情報多すぎて追いつかない。

 1話に詰め込んでいい情報量じゃなくない!?


『東雲学院前〜、東雲学院前〜』


 電車が駅に着く。

 あー、っと思いながら、スマホをカバンに入れる。

 どちらにしても、続きはまた来週だ。

 姉さんの考えたストーリー、ほんとえげつないなぁ。

 もうそろそろ物語最後の山場で、最終回が近いのだと思うけれど……。


「えっ」


 仲のよくないクラスメイトが先に降りていく。

 俺も降りないと、とホームへ足を出した。

 その瞬間、足場が真っ黒に消える。

 いや、待って。

 俺、もう踏み出した……重心が前に——。


「うわああああああぁぁぁぁーーーーーー!!」


 ぼちゃん。

 という水の音。

 水の中? 死ぬなこれ。

 冷静な頭でそんなことを思いながら、意識が沈んでいく。

 なんで、とか、なんかデジャブだな、とか……なんでデジャブなんだ?とか……。

 色々考えなきゃいけないのに。


「?」


 でも、俺は無事目を覚ました。

 地面が遠い……は? どうなってる、俺!?


「? ……? こ、こは……わっ!」

「目が覚めたのなら……ふむ……一緒に事情を聞いた方がいいか。プリン、部屋を用意してくれ」

「かしこまりました。ジェーンはいかがしますか」

「同席させて構わない」

「かしこまりました」


 誰!?

 あれ、でもこの、俺を抱えてる男の人はさっき見たばかりのような!?


「まずは自己紹介しよう。僕はミゲル。そしてこちらは……」

「コ、コニッシュといいます」

「君を助けてくれた人だよ」

「え」

「っ」


 コニッシュって、この子さっき漫画に出て……?

 いや、待って待って待って、そんなわけがない。

 そんなわけ、あるはずがないだろう……!!

 でも、ミゲルって、主人公の相手役だった人?

 似てるけど、コミカライズで見たよりイケメンだし……?


「???」


 ダメだ、わからない。

 頭が追いつかない。なにが起きてるの。


「はい、着替え」

「あ、ありがとうございます」


 俺を助けてくれたという女の子と別れて、和室の一室に招き入れられる。

 見れば見るほどさっきスマホの小さな画面の中にいた人と似ている。

 名前も同じだ。

 カラーじゃなかったから、あの漫画の主人公の相手役かどうかははっきりとした確信が持てないけど。


「説明する前に、少し休んだ方がいいかもしれないね」

「招き人、ですっけ?」

「ああ。それとも説明する時はあの女の子も一緒の方がいいかな」

「え、ええと……」


 参ったなぁ、と思う。

 この人——ミゲルさんは俺と俺を助けてくれた女の子、コニッシュさんを妖魔から助けてくれた人。

 それでも俺は自分の状況がわからなすぎて、彼女よりも先にこの世界について色々教えてもらった。

 聞けば聞くほど、姉原作のコミカライズで見た話だなぁ、と思わないでもないが……それでもまさか姉原作の漫画の世界だとは俄には信じ難い。

 実際しばらく信じられなかった。

 どちらかというと、兄の書いた『「【限界突破】なんてやばいスキル誰が使うんだ(笑)」と言われて放置されてきた俺ですが、Sランクギルドに就職が決まりました。』っていうやつの方が好きだったからな〜。

 でも、それはそれだ。

 俺の現状は、姉の書籍の世界に似ているこの世界に、招かれた……らしい。

 招き人は妖魔と妖魔の神、妖霊神の餌になりえる。

 だから自分の身を自分で守れるようになってほしい。

 招き人はこの世界の人より強くなりやすいそうだ。

 だから、俺はとりあえずこの国で自分が生き延びることを最優先に考えることにした。

 俺を助けてくれた女の子、コニッシュ。

 この子に恩返しもしたい。

 自分の身を守り、この世界の人たちを脅かす妖霊神と妖魔を倒す。

 そう、決めた。

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