第27話 呪い、溢れる


「はあ、はぁ、はぁ……」


 重い。体が重い。

 すごく……。


「!」


 シン!

 城の前まで来ると、ミゲルさんのお屋敷の前にシンとミゲルさん。

 でも、二人が一緒にいるのはヒカリ様とエリーリット。

 門の前でなにかを会話して、ミゲルさんがヒカリ様とエリーリットを邸の中へと案内していく。

 私と別れてから、あの二人はミゲルさんのところへ来たのか。

 じゃあ、ミゲルさんもシンも、ヒカリ様とエリーリットのことをもう知っていた?

 どうしてあの四人が一緒にいるのだろう。

 それに、セリックと王子も。


「…………」


 魔法ギルドも無理。

 ミゲルさんも頼れない。

 どうしよう。どこへ行けば……。

 家に戻ればいい?

 でも、あの家もミゲルさんに用意してもらったものだ。

 ヒカリ様とエリーリットを、ミゲルさんが連れてくるようなことがあれば逃げ場がない。

 いや、逃げる必要は、ないのだけれど……。

 でも、会いたくないの。

 会いたくない。

 エリーリットの厳しい眼差し……思い出すだけで、わけのわからないことで責められる自分が見える。

 あのパーティーの日のことを思い出してしまう。

 ミゲルさんや、シンが……ヒカリ様とエリーリットの話を聞いて、私を軽蔑するように睨みつける。

 やっぱり私の【魅了の魔眼】は、この国の人たちにも効果があったのでは?

 みんなが親切だったのは……【魅了の魔眼】を得たあとのレイヴォル王国の人たちのようだったもの。

 やっぱり……やっぱり……やっぱり……。


「…………」


 家に戻り、しまっていた『魔眼封じ』の眼鏡を取り出す。

 シンにもらった眼帯を代わりに外して、戸棚の中にしまう。

 魔眼封じの眼鏡をかけて、クリアになった視界で家の中を見る。

 つらくて、お腹が空いてしんどくて、ひもじくて。

 水分不足で暑い、あの苦しみ。

 それでも父の言う通りにすればよかったのだ。

 私は、野垂れ死ねばよかったのだ。

 だから、「今までありがとうございました」と手紙を残して家から出た。

 なにも持たず、誰にも会わず、城下町の往来は元々日が昇ったあとは人もいない。

 たまにいても、『霊嬢』と呼ばれる存在感のなさは優秀で、誰も私に気づかない。

 魔法ギルドから出てきたセリックと王子にも、気づかれなかった。

 城下町を抜けて、正門から森に出る。

 そういえばどうしてヒカリ様とエリーリット、セリックと王子殿下はこの国にいたのだろう。

 気にはなるけど、それは私に——死へ向かうと決めた私に関係ない。

 きっと生きようと思う自分の思考。

 ばかじゃないの。

 やっぱり私なんて、いなくなるべきだ。

 ジェーンさんやシンがなんで言おうと、やっぱり私は人の心を操る。

 なんて姑息でひどい。

 こんな人間はやはり生きてるべきじゃない。

 人の優しさに……漬け込んで……!

 最低。最低……!


「うっ、うっ……!」


 嫌い、嫌い、嫌い。

 私は私が大嫌い。私なんて、私なんて——。



『しんでしまえばいいのに』



 誰の声?

 顔を上げると、そこは森の中でもない。

 暗い、暗い、光もなにもない。


「ほぉら、妖霊神様の言った通り」

「さすがは妖霊神様……素晴らしい呪いの量だ。ああ、腹と力が満ち満ちる」

「ようこそ」

「ようこそ、妖国へ」

「……あ……あっ……」


 じゃらり、と鎖を引きずる音。

 赤い髑髏しゃれこうべが黒い鎖を纏って現れる。

 ケタケタ、カタカタ、笑ってる。


 ——『妖霊神は実はいい神』だから、話し合いで仲良くやっていけるんではないか、なんて思った者は、二度と帰ってきまへん。数年後、妖魔になっとるという話をいくつも聞きました。


 ジェーンさんの言葉が脳裏に浮かぶ。

 これは、もしかして、私は……。


『いらっしゃい、わたしのかわいい、呪われた子。にんげんがどんなに身勝手ないきものか、わかったかしら?』

「っ!」

『なにもこわがるひつようは、ないわよ。あなたが放つ呪いは、当然のもの。そして、それはあなた自身ではなく他者に向けてしかるべきもの。だってあなたはなにもわるくないんだから』


 大きな、大きな……あらゆるものを呑み込むかのような、そんな巨大な女神。

 漆黒の闇に浮かぶ赤い聖母。

 あれが、妖霊神。


『いらっしゃい、かわいいわたしの子』

「ひっ!」


 地面から突然、足に絡まる赤黒い鎖。

 いやだ、いやだ、いやだ!

 この鎖は!


「いや! やめてぇ! 妖魔になんかなりたくない……助けて、誰かー!」

「おいで」

「おいで」

「大丈夫、こわくないよ」

「そうだ、みんなで仲良くしよう」

「ここにはいい人しかいないよ」

「家族だ、みんな」

「歓迎するよ」


 妖魔が増えていく。

 人や獣の姿をした妖魔。

 それから、禍々しい大きな大きなガイコツ。

 全身を赤黒い鎖が絡みついていて、瘴気を纏っている。

 あんな大きな妖魔まで……!


「助けて……嫌……誰か……」


 死ぬこともできないなんて。

 私はやっぱり……あの日、死んでおけばよかった。

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