第26話 過去の罪と


「では、ありがとうございました。ケートさん」

「いいえ、いいえ〜。無事に渡せるといいですねぇ」

「は、はい」


 家に戻ってから、作ってある護符袋に入れて渡そう。

 私が作った『自動回復』の護符は一日で使い切れてしまう。

 もし万が一、遭難でもしたら保たなくなる。

 だから、効果がさらに微弱になっても護符袋に入れることにした。

 生存率を上げるためだ。

 それにケートさん曰くこの『自動回復』の護符は必要ならば、魔力を込めること一瞬で消費することもできるらしい。

 つまり大怪我をしても、魔力を込めればその大怪我をも一瞬で治癒可能なのだ。

 使い方は、持ち主次第。


「シン、帰ってるだろうか」


 今は夕方の扱いだから、鍛錬に行って戻っていてもおかしくない。

 一度家に戻り、護符袋に護符を入れてからお隣の家の門を叩く。


「…………」


 留守、かな。

 反応がない。

 いつもなら戻っている時間だと思うのだけれど……。


「お姉様?」

「…………ぇ」


 今、なに?

 聞こえてはならない声が聞こえた気がする。

 そんなはずはないのに、どうして?


「ぇ……え? な、なん……ど、どうして?」

「それはこちらのセリフです。本当にお姉様がここにいるなんて……」


 ここは魔族の国。

 間もなく夜が明ける時間。

 私のような人間は、太陽が出てる時間の方が活動しやすい。

 でも、それとはまた別に——貴族で、人間でもある妹……エリーリットとその友人、ヒカリ様がいらっしゃるのは……。


「やっぱり……ストーリー通りですね」

「じゃあ、やっぱりお姉様は……」

「ええ。間違いありません。妖霊神と通じてる!」

「!?」


 な、なにを言ってるの?

 さすがにそれは言いがかりも甚だしい。


「っ——」


 でも……怒りよりも先に「そうなのかな?」と疑問が湧く。

 こんなにはっきりと言えるということは、ヒカリ様にはなにか確信があるのでは?

 私の知らない私のことを、この人は知ってるんじゃないの……?

 だって私は自分に与えられた加護のことも知らなかった。

 この国に来て初めて自分の中に、妖霊神からの加護があるのを知ったのだ。

 私、妖霊神と通じているの?

 知らない間に、妖霊神と与していた?

 そんな……どうして。

 どうしたら、断ち切れるの?


「…………」


 足元が覚束なくなる。

 後退りして、護符袋を握り締めたまま背を向けて駆け出した。

 どうしてエリーリットとヒカリ様がこの国にいるのか。

 どうして我が家の前にいたのか。

 聞きたいことはたくさんあるけど、私は、とにかくその場から離れたかった。


「あ! 逃げた!」

「お姉様! 逃げずに説明してください!」


 そんなこと言われても、なにを説明しろというの。

 私は知らない。

 妖霊神と、会ったこともない。

 望んで妖霊神から加護をもらったわけでもないし、通じてると言われても覚えがないのだ。

 それでも私が妖霊神と通じてるのだとしたら……ミゲルさんに調べてもらった方がいいだろう。

 ケートさんはなにも言ってなかったけど、自分のことに自信などない。


「…………」


 あまり体力もないので、すぐに息切れする。

 立ち止まった場所は郊外の川の側。

 城へ向かうどころか、遠のいてしまった。

 振り返るが、あの二人は追ってきてはいないみたい。

 ゆっくり息を整えて、そして川を見下ろした。

 あの二人に会ったこと、見間違いだった気さえしてくる。

 やっぱりなにかの、間違いだった……?

 あの二人がこの国にいるはずがない。

 でも、じゃあどうして私はここまで逃げてきたのだろう?


『逃げずに説明してください』


 エリーリットの言葉に、ゆっくり顔を上げる。

 確かに逃げる必要などなかったように思う。

 どうして逃げてしまったのだろうか。

 これじゃあ変に怪しいだけ……。

 でも、体が勝手に逃げたくなってしまったのだもの……。


「うっ……?」


 体が突然重くなる。

 なに、これ?

 しゃがんでしばらく、のしかかるようなその重みに耐えた。

 陽光があたりを照らし始め、自分の影が伸びていく。

 それをしばらく眺めながらようやっと立ち上がる。


「……ケートさん、まだ起きてるかしら」


 調べてもらおう。

 いくらかかっても、いいから。

 私が妖霊神と通じているのなら、やはり私をどうにかしてもらわなければ。

 城下町の端にある我が家を通らなければならないけれど、さすがにもう、エリーリットもヒカリ様もいないだろう。

 いないでほしい。


「っ……よかった」


 物陰から自宅の前を覗くと、誰もいない。

 ここを通らないと、魔法ギルドまで行けないんだもの、仕方がないわ。


「……あ……そうだ」


 護符を入れた護符袋を、シンの家の郵便受けの中に放り込む。

 本当は直接手渡ししたかったけど、仕方ない。

 まだ戻ってないんだろうか。

 それとも、寝てるのだろうか。

 寝てるのだとしたら、起こしちゃダメよね……。


「っ」


 不安な気持ちをシンに聞いてほしい、なんて我儘だ。

 相談された方は普通に困るに決まってる。

 それに、シンはこの世界の人間ではないもの。

 妖霊神とどう繋がってるのか、私にわからないことを聞かれても答えられないよね。

 魔法ギルドまで駆け出す。

 まあ、すぐに体力が限界を迎えて歩くことになるんだけど……。


「うっ」


 街の中へ進み、いざ魔法ギルドへ、と思ったら町中にセリックと王子殿下の姿を見つけてしまう。

 どうなってるの?

 どうなってるの!?

 私、夢でも見ているの?

 なんであの二人がこの国に……!

 目を擦って、もう一度見直してもやはり彼らだ。

“朝”だから閉まった店を眺めて首を傾げ、なにかを話している。

 しかも王子が指差している先にあるのは魔法ギルド。

 ダメだわ、魔法ギルドにも行けそうにない。


「…………」


 ジェーンさんは、お仕事終わっただろうか?

 別に、堂々として行けばいいのかもしれないけれど、どうしても、どうしても知り合いと話したくなかった。

 まして、私の魔眼のことをよく知っていて、その被害に遭っているあのお二人には。

 申し訳がなくて、顔を合わせられない。

 会ったら、あの日と同じことを言われるような気がして……怖くて、怖くて……。


「っ……!」


 城へ行こう。

 ミゲルさんと、ジェーンさんなら私が妖霊神と繋がっていてもなんとかする術を知ってるかもしれない。

 頑張って走って、走って、走って……。

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