第23話 ラーメン


「い、いや、うん、なんでも、ないよ! え、えーと、じゃあ、俺が行く飯屋に行こう! あのね、俺の故郷の世界のメニュー作ってもらえるんだ!」

「え、シンの……?」

「うん、ラーメンって言うんだけど……」


 両手を左右に振り、とても焦ってから少し肩を落とす。

 ラーメン……聞いたことがない料理だ。

 シンの世界の料理だなんて、私はとても興味があるわ。

 だからシンの手を取って、影の増えた視界を彼の姿でいっぱいにする。


「あ、あの、私……食べてみたいです。シンの世界の料理……行きたいです」

「っ、うん……じゃあ行こう。俺が奢るから大丈夫だよっ」

「え、あ……ふふふ、はい。では、奢ってください」


 確かお父様に「奢りは男の見栄だから、そう言われたら甘えなさい」って教わった。

 素直に頼ると殿方はとても嬉しいのだという。

 でも、そういうのは婚約者だったセリックにするべきだ、とも。

 今はもう、私にはなにもないけれど……シンが嬉しそうにしたので父の言葉は間違っていなかったのだろう。

 魔法ギルドから外へ出て、そのお店に案内してもらう。

 大通りから城の方に進む。

 その途中、角を曲がって人通りの少ない小さなお店に入った。


「お、シンの坊主、女の子連れとはぁやるようになったじゃねぇか」

「ちゃうわ! あ、いや……大将、またラーメン作ってよ!」

「おお、いいぜ! 今度こそ坊主の納得するラーメンになってるはずだからな!」

「へへっ、楽しみにしてるね」


『オドスト食堂』という看板が掲げられたそのお店に入り、テーブルに案内される。

 店主はオーガ。

 すごいなぁ、やっぱり。

 さすが魔人の国だ。

 オーガが定食屋さんを営んでいるなんてなぁ。


「実はお城の騎士の一人がここの常連で、連れてきてもらったんだ。それで、異世界の料理に興味があるっていうから食べたいメニューのレシピを教えて再現してもらってるんだよ」

「そうなんですか」

「でも素材が違うからあまり似てなくて……。けど、最近は大将の努力もあってすごく美味しくなってるんだよ」

「お待ち! どうだ、今日のは! 似てるか!? いや、同じか!?」

「ま、待って待って! まだ食べてないよ!」


 なるほど、異世界の料理をこの世界で再現するのは難しいのね。

 でもここの店主のオーガさんは、それを諦めない方。

 出てきた料理は、大きなどんぶりにたっぷりのスープ。

 その中には細くてうねうねした麺。

 ラーメンとは、麺料理だったのか。

 ジェーンさんが作ってくれるおうどんやお蕎麦とは違い、不思議な形の麺なのね。


「あ、お箸は大丈夫?」

「は、はい。もうだいぶ」

「そういえば朝ごはんもうまく食べられてたもんね」

「えへへ……」


 褒められました〜。

 この国は二本の棒、『お箸』で麺を食べる。

 種族によってはフォークの方が食べやすい場合もあるようだけど、ツルツルしていてお箸で掴む方が楽なのだそうだ。

 シンの世界もお箸を使って食べるらしく、彼は最初からお箸を使えていたのよね。

 そして、その麺の上には半分に切った茹で卵と焼いて薄切りにしたお肉とネギ。


「いただきます」


 なんとなくスープは香ばしい。

 お箸で麺を摘んで持ち上げてみると、なんということでしょう。

 くしゃくしゃの麺にスープがたくさん絡みついている。

 口に運ぶとそのままたくさんついてきた。

 わあ、すごい。

 なるほど、くしゃくしゃの麺だから、からみついたスープをそのまま口の中まで持ってきてくれるのね。

 考えた人はすごい!

 スープはお醤油と、お魚のお出汁だろうか。

 美味しい〜。


「どうだ! 同じか!?」

「うーーーん」

「なに、まだ違うのか!?」

「見た目も味もかなり再現されてるんだけど……なにかが足りないんだよなぁ〜」

「くっそー! そのなにかってなんなんだ!」


 こんなに美味しいのに、シンの世界のものと比べるとなにかが足りない……?

 店主さんの顔がシンの顔にグググっと近づく。

 あの顔にあそこまで近づかれて平然と食べ続けられるシン……ほんとにすごい。


「あ、わかった。多分鶏ガラだ」

「鶏ガラぁ? 醤油とみりん、魚の出汁って言ったじゃねーか!」

「いやぁ、だって俺、自分で料理とかしなかったし……」

「こんにゃろー。まあいい、次に来た時は鶏ガラも入れて作ってみる」

「うん! そうしたら絶対もっと美味くなるよ!」


 もう十分に美味しいと思うけれど、もっと美味しくなるのか。

 シンのいた世界はこんな美味しいものが普通にあるのだろうか?

 すごいなぁ。


「嬢ちゃんも感想をくれ。どうだった?」

「あ、え、ええと、とても美味しかったです。麺がくしゃくしゃになっているから、スープにとても絡んで、それが口の中にまで届くのでスープの旨味を麺の食感と共に味わえるのが新鮮でした。卵も不思議な味わいでしたね。黄身がとろとろなのと、表面にスープに似た味がついているのが驚きでした。新鮮なネギが載っていたので、時々シャキシャキとした食感で口の中をリセットできましたし、お肉が物足りなさを中和してくれましたから満足感が高いです」

「「…………」」


 あ、あれ?

 どうしてか、固まってしまった店主さんとシン。

 はっ、まさか喋りすぎてしまった……!?


「す、すみません、偉そうに……わかったようなことを……」

「いやいや。初めて食った人にそこまで言ってもらえて嬉しいよ。そうか、じゃあもう少し改良したら本格的に店のメニューに加えてもいいかもしれないなぁ」

「うんうん! 楽しみにしてるね!」

「ったくこいつめ調子のいい」

「へへへ」


 こて、と軽く小突かれて笑うシン。

 こうしてみると、本当に普通の男の子。

 でも、こんなに普通の男の子のようなのに、三日後には魔物討伐という危険なお仕事に行くのよね。

 ……私、頑張って護符を作ろう。

 シンが無事に帰ってきてくれるように……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る