第22話 ご飯の前に


「私、この国で生きていきたいです」


 ジェーンさんのように強く生きるのは難しいけれど、ベッドの上で見つめるだけの私は終わりにして、自分の足で立って生きていきたい。

 少なくともこの国はレイヴォル王国よりも体が楽で、ご飯も毎日食べられる。

 ご飯の世話をしてくれるジェーンさんがいるおかげでもあるけど。

 多分、私に加護を与えてくれた闇の聖霊神の力が強いからだろう。

 この国で過ごしていても、不思議なくらい熱も出ないし。

 だから土地、加護、環境としても、私はこの国で生きていくのが合ってるのだと思う。

 だからこの国で、生きていきたい。

 そう伝えると、ジェーンさんは「わかりました」と頷いた。


「コニッシュはんがそう決めてくれたなら、そのご意志は陛下とミゲル様にお伝えしときます。そうしたら正式に協力要請が来ると思いますんで、それを受けるか受けないかはコニッシュはんが改めて決めればええんと違いますか」

「は、はい」

「今日は帰りまひょ。明日改めてケートはんに護符の作り方とか教わるんでっしゃろ?」

「あ、そ、そうですね」


 確かに、ケートさんに「試験に受かったら明日、改めて護符の作り方を教えるので魔力と体調を整えておいてください」って言われた。

 この国に来て体調を崩したことは、今のところないけれど……明日崩さない保証はない。

 しっかり休んで明日に備えておいた方がいいかも。

 シンが討伐に行くのは三日後だものね……!


「じゃあ、せっかくだし昼ご飯食べてから帰る?」

「は、はい、そうですねっ」

「……ほな、わっちは今から陛下とミゲル様にコニッシュはんのご意志を伝えてきますわ。こういうのは早い方がいいですからな」

「「えっ」」

「シンはん、コニッシュはんをよろしゅう頼みますわ〜」

「「えっ! ちょ、ジェーンさーん!?」」


 思わずシンの方を見上げてしまう。

 シンも、私の方を困惑気味に見下ろす。

 てっきり三人で食べて帰るのだと思ったのに。


「そんなに急いで伝えなければならないほど、私はお待たせしてしまったのでしょうか……」

「いや、あれは意味が違うと思う……」

「?」

「……う、ううん! うん! そうだな! うん!」

「?」


 なにか一人で気合を入れたり、うんうんと頷いて納得するシン。

 彼にはなにか、私には見えてないものでも見えているのだろうか。

 そうなふうに思えてしまうほど不思議な動き。


「あ、あのぅ?」

「あ、いや、大丈夫! ……そ、そ、それより、俺の知ってる飯屋でいいかな?」

「は、はい。そういえば私、城下町のご飯屋さんはまだ行ったことがないので……」

「そうなの?」

「はい。……あまり……どんなに効果が薄いと言われても、やはり気になってしまうんです」


 左目を覆う。

 この国では、“おまじない”程度の効果しかない【魅了の魔眼】。

 でも、やはりこの目を晒したまま歩き回るのは気が引けてしまう。

“おまじない”程度でも効果はあるんじゃないか、と……そう、思ってしまうから。


「あ、あのさ、それなら……もしかしたら嫌かもしれないんだけど」

「?」

「さっきケートさんの隣の店でこんなの売ってたんだ。魔眼封じの眼鏡は、【認識阻害】が出てきちゃうから使えないって言ってたじゃん? でもこれなら、どうかな?」

「こ、これは……!」


 シンが差し出してきたのは……黒い紐のついた、丸いもの。

 これは——なにかしら?


「なんですか、これ」

「眼帯だよ!? あれ、知らない!?」

「眼帯?」

「こ、こうつけるの。貸して?」


 そう言って一度シンへ返すと、そのガンタイというものを私の顔につけてくれる。

 左目を小さなお皿のようなところで覆い、紐を頭の後ろに——。


「「っ」」


 目の前にいるシン。

 彼が前から、頭の後ろに紐をかけてくれる。

 そのせいか顔の距離が急に縮まった。

 鼻先が触れてしまうのではないか、と思うほどの……。


「ご、ごめん。後ろに回って結べばよかったねっ」

「あ、じゃ、じゃあ私が後ろを向きます」


 くるん、と回る。

 お皿の部分を自分の指で固定して、後ろでシンが紐を結ぶ。

 髪に触れる。

 なんで、こんなに……ドキドキするの?


「で、できたよ」

「……あ、こうして目を隠すんですね」

「うん。別に消えてはいない、な?」

「認識できるんですか?」

「うん。多分効果そのものは発動してるんだと思う。でも、こっちから目、自体は見えないから……」

「私の魔眼は、見ている人を【魅了】するもの……だけど、この眼帯は……」

「遮断してるだけ、って感じかな。でも、片目の視界を遮ってるから……」

「魔眼封じのように、効果は消えてない……遮断……届いていない……」

「うん、どうかな?」


 魔法ギルドの窓ガラスを振り返る。

 確かに……視界が半分覆われて見えづらいけれど。

 あの青い瞳が、見えなくなっている。

 遮断——こんな方法があったなんて。


「い、いいと思います。視界が遮られてしまうのは、不便ですけど……慣れれば……」

「うん! あ、しばらくは無理しないでね。えーと、こんな状態だし、今日はやっぱりご飯やめとく?」

「い、行きたいです」


 はっ!

 な、なんかすごく食い気味な勢いで答えてしまった……!

 はしたないと思われたかも。


「あ、いや、その……べ、別に食いしん坊なわけではないですよ……?」

「え、かわっ……」

「え?」

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