第21話 贅沢な私


「こんにちは」

「いらっしゃい〜! グフフフフ……」


 や、やっぱりこの笑い方が苦手なんだよね。


「今日はどのような用件で?」

「あ、あの、実は護符効果付与に関して相談がしたくて……。それから——」


 まず、ケートさんに護符袋を作っていたことを話す。

 そしてシンに護符も作ってあげたい。

 護符に関しては素材もさることながら効果を付与する魔法陣ややり方、取扱についても、私はなにも知らないのだ。


「なるほどなるほど、ぐふっ、グフっ、グフッ……」


 な、なにかおかしなことを言っただろうか?

 そんなに笑われるようなことを言った覚えがないのだけれど。


「事前に聞いてくれてよかったですよ。護符は作るのにも一応資格が必要でしてね」

「え、そ、そうだったんですか」

「え、そうだったんどすか?」


 ジェーンさんも知らなかったの!?


「登録のあと、護符に魔力付与できるか試験を行うんです。護符を作るのは意外と危険が多いので」

「え、そ、そうなんですか!?」

「護符っていうのは、まあ名の通り守り札の一種なんですよ。本来は災いから家や場所を守ったり、災いが遠くへ行かぬように縫いつける効果があります。護符はその効果を、最大限に強くしたものですね。しかし強すぎるがゆえに効果は長続きしなかったり、扱いを間違えると効果を発揮しなかったりします」


 それを安定させるためのものが護符袋。

 てっきり効果を長持ちさせるためのものだと思っていたけど、持ち歩くためにだったり、誤った使い方をして効果を損じないためだったりと色々な理由があったらしい。

 特に小さな子どもに『無事故』を祈るような護符は、護符袋に入れるのが最適。

 なるほど……。


「一応聞きますが、どのような効果の護符をお望みなのですか?」

「あ、ええと、彼が今度魔物討伐に行くそうなので……なにかお守りになるようなものを、と思って……」

「なるほどなるほど。グフッ、グフフフフ」


 だから……な、なぜ笑うのだろうか。

 その笑い方が不気味で苦手なんですよぉ〜。


「討伐に行くなら『防御力向上』、もしくは『自動回復』の守りがよいでしょう。攻撃無効化の守りは、初撃で役目を終えてしまいますから、討伐任務には向いてません」

「『自動回復』……難しそうですが、私でもできますか?」

「その確認も兼ねて、試験を受けてみますか? 付与魔法が使えるなら簡単だと思いますよ。受かったら明日、護符作りを手伝いましょう」

「! 本当ですか? ……じゃ、じゃあ……」


 ということなので、ケートさんのことはなんとなく苦手だけど、その試験を受けてみた。

 本当に簡易なもので、小石に魔法付与をするもの。

 小石に付与した魔法は、『耐毒』の魔法。

 初めて使った魔法だけど、うまく入ってくれた。

 無事に合格したので、魔法ギルドから「護符作れます」的な証明書を発行してもらう。

 これで簡易な護符作りの仕事を受けられるようになったらしい。

 でも、護符師とは違うのだそうだ。

 護符師はこれのプロ。

 簡単な護符を一千枚魔法ギルドに卸すと、護符師を名乗るための試験を受けることができるとのこと。

 うーん、そこまでではないかな?

 と、思うのだが……。


「ご、護符一枚で銀貨に……?」


 値段表一覧を見たら、ごくり……と生唾を飲み込むことになった。

 一番簡易な、さっき私が作った『耐毒』の護符でも銀貨一枚になる!?


「魔法紙と違って持続する物なので、簡易な物でもそれなりに高額買取となります」

「な、なんと」

「護符は貴族の方が使うので。『耐毒』の護符は毒を盛られたりする可能性のある貴族には、人気なので」

「な、なるほど……」


 つまり、これより上のランクの護符を作れば……もっとお金が……!


「……コニッシュはんは自分が『神子』なのを忘れとりますなぁ」

「そういえば神子ってなにかすることあるの?」

「あるっちゃあありますけど……陛下もミゲル様も、コニッシュはんの態度が曖昧だったから頼まんでおるんどす」

「えっ」


 後ろで交わされていたジェーンさんとシンの会話に振り返る。

 私に役目が、あったの!?


「え、え、あの、な、なにをすればいいんでしょうか? 私、なにか役に立つんでしょうか?」

「闇の聖霊神を召喚してもらうんどす。闇の聖霊神に、直接加護を与えられた者——『神子』には、加護を与えてくれた聖霊神を召喚することができる、と言われとるんどす。それは元素の聖霊神召喚とは、わけが違います。なにしろ最上位の聖霊神たる、闇の聖霊神様の召喚ですから」

「っ」

「それって……!」


 シンが前のめりになる。

 でも、そんな……私が?

 思わず左目を手で覆う。

 この左目に宿った闇の聖霊神の加護——【魅了の魔眼】。

 確かにこれは私の人生を変えた。

 よくも、悪くも……。


「けど、コニッシュはんはずっと迷っておるようでしたからなぁ。陛下もミゲル様も、コニッシュはんがこの国で生きていくと、はっきり決めてへんみたいだったから、そういう話をせんかったんと違いますかね」

「……そ、そ、う、なんですか……」


 そういえば、確かにかなりぼんやりしたお返事しかしていない。

 やりたいことも、行きたい場所もなかったし。

 かと言って故郷に戻ることもできないし。

 左目を覆う。

 ただ、この目をなんとかしたい。

 たとえこの国では微弱な効果しかなく、この国の人たちにとってはなんの効果もなかったとしても……。


「この国に腰を据えるんでしたら、陛下もミゲル様もコニッシュはんに『神子』としてのお役目を依頼することもあるかもしれまへんけど」

「…………」

「やっぱりまだそこまでの覚悟はありまへんか?」

「あ……え、ええと……」


 もしかして、ジェーンさんは私の様子を見てその話を黙っていたのだろうか?

 じっと見つめられて、俯く。


「ジェーンさんは、どうして今その話を……?」

「ちょっと元気になって、やりたいことややってみたいこと、この国で過ごして、この国でできたえにしを大切に思えてきたんと違うかなぁ、と思って……そろそろええんかなぁ、と」

「っ……」


 待っててくれたの?

 私なんかの気持ちを?


「私……ずっと誰の役にも立てなくて……」

「コニッシュはん、人の役に立つ立たんは、あんさんが決めるもんと違います」

「えっ」

「もちろん他人が決めるもんでもありまへん。そもそも“役立つ”つー言葉が、わっちは嫌いどす。なんどすか、その上から目線。そんなん考えんでええんどす。やりたいことをやる。それだけでええんどす。コニッシュはんの人生なんですから、他人なんか関係ありまへん」

「うん、そうだよ!」

「……っ」


 シン……ジェーンさん……。

 私は……。


「でも、それはそれでどうしたらいいかわからないですし」

「とりあえず目標はあるんでっしゃろ?」

「え、あ……」


 この魔眼と、妖霊神からの加護【認識阻害】をどちらも封じる眼鏡を作るために……神結晶を買えるようにお金を貯める。

 そのために色々な新商品を考えているし、その新商品開発で関わった人たちとお仕事をして……。

 お世話になってるシンやジェーンさんに護符袋を作りたい。

 魔物討伐に行くシンに、無事帰ってきてほしいから、護符を作りたい。

 あわよくば護符でお金を稼げないものかと……。


「私、ずいぶん贅沢になってます……」

「ええんと違います?」

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