第17話 おまじない


「あれ、ミゲルさんの匂いと違いますね」

「ミゲル様は王弟ですから、黒方くろぼうの香りなどを好まれるんどす。今はそうでもおまへんけど、一昔前はこのように扇子に移す香の種類も、お家の階級によって決まっておったんどすぇ」

「え、えええっ」


 安い香は下の方。

 高い香は上の者。

 そのように区別がしっかりされていたらしい。

 しかし、数代前の王様が「この香りが好きだから、この制度をやめる」と言い出した。

 なんだかやめた理由が可愛い。


「それに、こういう香は異性を口説く時にも使うんどすぇ」

「へっ!?」

「その香による階級制度を取りやめた国王陛下は、当時香も焚けぬような下の階級の家の姫に一目惚れしてしまったんだそうどす。その姫の憧れの香が、梅花ばいかという梅の花の香りの香どした。国王は絶対使えぬ、下の階級の香でした。そしてその国王陛下はこっそりと梅花を焚いて、もし、その姫からこの香りがしたら、と思いを馳せておられたんどす」

「わ、わあっ」


 香りを焚けば、匂いは移る。

 その国王様は、想いを寄せる姫様へこっそりと梅花の香をお贈りになり、同じ香りを扇子や着物にしたためた。

 身分が下の姫と国王……許されざる恋だったらしい。

 しかし、逢瀬や文のやりとりを重ね、ついに姫様はこの国の国王様の香りが、こっそり贈られたものと同じだと気づく。


「その時に初めて姫様は国王様の正体に気づくんどす!」

「きゃーーーーっ!」

「あとはとんとん拍子、姫様は玉の輿。国王様と結ばれ、末長く幸せに暮らしましたとさ」

「す、素敵ですー!」


 なんて控えめで、淑やかで、甘酸っぱい恋物語なの……す、素敵っ!


「詳しくはこちらの『実録音凪姫物語』一巻で……」

「か、買います!」

「ほな新しいのを注文しときます。これはわっちのですけん、読み終わったら返してもらいますぇ」

「は、はい! もちろん! こちらの書物で、この国の文化を学ばせていただきます!」

「よきよき」


 買ってしまった。

 い、いいえ、これは勉強です。

 この国の文化へ理解を深めるための!

 きゃあ、楽しみぃ!


「話を戻しますけど」


 と、食後改めて私の作ったレース編みと刺繍の施されたハンカチをテーブルに広げられる。

 その隣にはジェーンさんの扇子。


「扇子にもそりゃあいろんな種類があります。特にこの国はわっちみたいな小型の犬型魔物やら、大犬型魔人、ミゲル様のような人の姿に近い魔人まで多種多様どす」

「はい」

「当然扇子も多種多様。中でも重役についておる方々、王侯貴族の方々は流行りに敏感で年に二、三回新品に取り替えられはる方もおられれば、オーダーメイドで作りはった扇子を何年も大切に使ってる方と様々どす」


 なるほど。

 流行り、というのもあるのね。

 そういうのってどこでわかるものなのかしら?


「役職によっても様々どす。武官の方などは扇子の中に鉄串を仕込みはって、万一の時に備えてはったりします」

「さ、さっき言っていた、攻撃されたら受け流す、みたいな……」

「そうどす。こういうのはオーダーメイドの方がほとんどで、鉄扇などの武器を作っとる専門家の方と相談してわかりづらいものを作ってはりますね。さすがに他者を攻撃するものになると扇子そのものを持ち込めなくなりますから、あくまで扇子として、というものになります。まあ、そういうものはコニッシュはんには向きませんでしょうから、狙うなら流行り廃りに敏感な文官の方々向けどす」


 文官の方々は宴などで舞を披露することもあり、実用性よりは見た目重視。

 紙より布の方が香の香りは入りやすいけれど、その分抜けにくい。

 そういう人たち用の『異性に魅力的に見えるおまじない』が施された護符効果付与付きの扇子を売れば、がっぽがっぽになる。

 ……とのことなのだけれど……。


「え、そ、それはよくないのでは」

「コニッシュはんが考えとるようなもんではないどす。それにこの手の“おまじない”は昔かりありました。ついでに言うと、毎回この効果の護符付与しとるやつは女中にバレバレなんでモテまへん」

「お、おぅふ……」


 バレるほどやってるんですね。


「それに、護符効果付与のものはこれまで護符袋や手拭いのようなものがほとんどでした。それを扇子に施すなんて、誰も考えたことはりまへん。コニッシュはんの刺繍なら、分かりやすい護符効果を花の柄に埋もれさせてわかりづらくできます。モテたい文官たちは目の色を変えてお金を出すと思いますぇ」

「そ、そうでしょうか……? でも……」


 なんだかそれ、騙すみたい。

 左手の魔眼を思わず抑える。

 騙されてしまう方は、悲しいんじゃないだろうか。


「ほんまに心配ありまへん。女中の中には玉の輿狙いの者も多ございます。なんなら玉の輿に乗るために女中になった者が、八割越えどす」

「ぇ……」


 半数以上どころか!


「かくいうわっちもその一人!」

「えええっ!」


 な、なんと!?

 でもそういえばさっき「独り身」って言ってた!

 そういうことだったの……!?


「だからむしろ女中たちも『男性に魅力的に見えるおまじない』の護符袋は必須アイテムどす。そう、つまりわっちがほしい!」

「すごく私情だったんですか……!?」

「すごく私情どす」


 すごく私情だった……!

 どの国でも玉の輿というワードは大変強い模様……!


「いいどすか? わっちがまずは効果を確認します。わっちが玉の輿で結婚できれば、コニッシュはんの作る護符袋や護符効果付与扇子はバカ売れ間違いなしどす。コニッシュはんは実績と売上がほしい。わっちは玉の輿結婚がしたい。誰が損するんどすか?」

「はっ!」


 た、確かに誰も損はしない……?

 ジェーンさんはお鼻潰れた『パグ種』という小型犬の魔物らしいけれど、この潰れた顔がとてもクシャッとしていて可愛らしいのよね。

 それに、ご飯も美味しいしお掃除もお洗濯もすごく早い。

 まさにできる女。

 ジェーンさんをお嫁さんにする殿方もきっと幸せ。

 うん、間違いない。

 あれ? じゃあほんとに、誰も損しないのでは?


「ええどすか? コニッシュはん。あんさんが【魅了の魔眼】で、そういうものに抵抗があるのはわかります。でも、少なくともわっちは幸せになるために出会いを求め、幸せな結婚をして子孫を残し、穏やかな余生を送るのが目標どす! そのためなら多少のズルもいといまへん」

「そ、そ、そ、そ、そうなんですか……」


 もよすごく絞り出すように返事をする。

 多少の、ズル、なのかな?

 いや、護符袋と私の魔眼では効果のほどなど別物よね。


「ちなみにコニッシュはんのレベル1の魔眼はこの護符袋と同じレベルどすぇ」

「えええええっ!」


 しょ、衝撃の事実ーーーっ!

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