第16話 扇子


「護符袋の材料になる布はたくさんおきました」

「ありがとうございます」


 布は普通で構わないらしい。

 そこに特別な糸で、特殊な魔法陣を編み込む。

 私の趣味と、唯一できることと、そしてお金を稼ぐ……を、全部同時にできるこの護符袋作り……必ずやり遂げなくては。

 目標は神結晶が買える金剛貨二枚分。

 護符袋は特別な仕様のものを作れれば一つ銀貨五枚で売れる!

 通常のものも銀貨一枚にはなるから、がんばれ私!


「しかし、刺繍で護符袋を作るのは大変どすぇ。しかも目標金額が金剛貨二枚とは……無理無理の無理でございますな〜」

「う、うぅっ」


 そうなんですけど、そうなんですけどっ。


「他の仕事も考えた方がよろしおすなぁ。もしくはもっと高く売れる魔法付与の服とか、家具とか」

「その魔法付与は難しいんですよね?」

「難しいですし、魔法ギルドに商売登録もせんとあきまへん。護符袋で稼ぎたいんでしたら、人を雇って大量生産して安く売るんとええんと違いますか? もしくは新しい使用方法かなんかあるといいですね。ほら、コニッシュはんは人間なんですから。人間の国にはなんかないんどすか? この国と違うもん」

「え、ええええっ……」


 そんなことを言われても、なにも浮かんでこない。

 私はほぼ、ベッドの上で生活していたもの。

 そもそも護符袋もこの国で初めて知ったし。


「でも、他に『人に会わなくて済む』『お金が稼げる』『私のできるもの』って……思いつかないんです」

「とはいえ目標金額を思うと刺繍は時間がかかりすぎでしょう。同じ刺繍ならもっと価値あるものを作らないと、一生かかっても貯められまへんで」

「うぐふぅっ」


 すごくおっしゃる通り……。


「それならレイヴォル王国特有のなにかを取り入れて、付加価値をつけた方が儲かりまっせ」


 あれ?

 ジェーンさんの独特の訛りに別な独特な訛りが加わったような——!?

 でもおっしゃる通り……!


「うーん……」


 レイヴォル王国特有のなにか。

 なんたろう?

 この国とは文化が違うから、そういうのを取り入れればいいのかしら?


「こういうのはどうでしょうか?」

「あらー、随分細かいどすなぁ。ますます時間がかかりそうじゃありまへんか」

「ううう」


 この国に来てから作ったハンカチの刺繍を見せたらこれだ。

 レイヴォル王国で一般的な刺繍は確かに時間がかかる。

 刺繍自体、それなりに珍しいみたいだけど……。


「こんな布切れなにに使いはるん?」

「ええっ? ……え、ええと、そうですね、ハンカチとか、スカーフとか、ネクタイ、扇子やドレスの袖や裾、スカート……とかでしょうか?」

「ほーーーーん……」


 と、とても興味なさそう……。


「? 扇子も布で作ってはりますの?」

「え? 扇子は布ですよね?」


 布、というか糸?

 レース編みが串に縫いとめられているのが主流。

 この国では、さまざまな絵柄や模様の描かれた和紙で作られた扇子が主流らしい。

 へぇー、そういえばミゲルさんもすごく細かく描かれた柄の扇子持ってたな。

 逆に「あれ、絵?」ってびっくり。


「……いや、でもこれにこう、ここの部分の糸を魔法付与のものに変えたら……」

「?」


 突然ぶつぶつし始めるジェーンさん。

 どうしたのだろう、と首を傾げる。


「扇子を作りまへん?」

「せ、扇子?」

「こういうのどす。これの布版どす」

「……わあ」


 ジェーンさんが差し出してきたのはレイヴォル王国でも、パーティーやお茶会などに参加した令嬢が持つ折り畳み式の扇子。

 この国でも扇子は上流階級の者の必須アイテム。

 くらいの高い人ほど高級な和紙で、細かな模様の描かれた扇子を持つ。

 使うのは主に男性が多く、和紙にこうという匂いの出る煙で香りをしたためるのだそうだ。

 ……なにそれ、なんか、いやらしい。

 い、いえ、頭の中で出てくる扇子を持つモデルが全部ミゲルさんだから!

 だからそう思うのよ!

 そういえばミゲルさん、すごくいい匂いがした!

 え、あれが扇子?

 扇子から香っていたの?

 ふぁー? すごい!


「うちの国に布製の扇子はありまへんから、刺繍で護符効果付与をされたものを流行らせればがっぽりどす!」

「な……! なるほど!」


 がっぽり。という言い方が若干引っかからないでもないけれど。

 布やレースで扇子を作るという発想がないのね?

 確かにそれなら売れそうかもしれない。


「でも、それなら布に刺すよりレース網の方がいいかもしれませんね」

「それに護符効果どす。尊い方々が欲しがるような護符効果でないとあきまへん。そうどすなぁ、やはり万一の時に我が身を守ってくれるようなものがええんと違いますか? 攻撃を弾くような」

「え、そ、そうなんですか? 私の国では扇子で暗号みたいなことをしていました」

「あ、暗号?」


 確か、人によって少し違うし、魔眼を得てから社交界にまともに出るようになったからすべて覚え切れてないけれど……パチン、と勢いよく閉じるた時は「お黙り!」みたいな意味だとエリーリットが言ってたわ。

 意味もなくやるのは恥ずかしいことなのだそうよ。

 あとは口許を覆い隠す時に使う。

 あまり表情を見られたくない時。

 くらいの高いご令嬢や、王家の女性は扇子を“表情の一部”のように使われるとか。


「んまぁ〜〜〜〜、おっかない国どすなぁ〜」

「そ、そうでしょうか?」

「我が国でも名士や陛下の奥方がお使いになられることもありますが、基本的に用途は舞、暑い時の涼、そして武器のない場所での咄嗟の獲物どす」

「え?」


 この国では扇子が舞の道具になるらしい。

 嗜みとして、いつか見る機会もあるだろうと言われたけれど、それ以外に普通の用途……パタパタ扇いで涼を取る。

 しかし、もっとも重要なのは位の高い方に謁見する際武器を手放し、丸腰の状態で襲われたら代わりの武器として使うというところ。

 咄嗟の武器代わりであるため、和紙という固い素材とそれなりの強度がある竹が、串部分に用いられている。

 竹はこの国の主な武器、刀と反対に盾の力に弱いが横の力には強い。


「なので咄嗟の時はこれ、このように——」

「わあ」


 ジェーンさんが持っていた扇子で、もし襲われた時の受け止め方、受け流し方を教わる。

 竹のなだらかな表面で刃を滑らせ受け流すのだ。

 カッコいい!


「舞はこの動きの鍛錬になるんどす。偉い方は“嗜む”のが当然どすな」

「そうなんですね……! 舞……踊りが緊急時の対応になるなんて、なんだかとても優雅です!」

「雅、いうんですよ」

「みやび……!」


 素敵な響き……!


「あ、それでレイヴォル王国のものより硬くて大きいんですね」


 ジェーンさんが持っているサイズでも、私が知っているレイヴォル王国の令嬢が持つ扇子とは大きさが違う。

 さすがに私の持っていた扇子は、国を出た時に家に置いてきたけれど……記憶の中のものと、この国のものとでは形も大きさも違う。

 折り畳まれており、開くと頃は同じだけど……。

 片手でスラララ、っと開くわけではない。

 ぱた、ぱた、と一枚一枚丁寧に開く。

 しかし、そうして丁寧に開くからふんわりと竹と香の香りが漂ってくるのだ。

 いい香り……。

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