第15話 新生活を今度こそ


 それから一週間後。

 私はミゲルさんのお屋敷を出て、城下町の城にほど近い場所に一軒家を借りた。

 ミゲル様、と呼ぶのはやめてほしいと頼まれたので、呼び方は戻したけれど……ここまでしてもらったのに戻すのは本当に心苦しい。

 そして私の借りた一軒家の隣には、シンが同じタイプの一軒家を借りた。

 シンにも「俺の方が歳下だから、呼び捨てにして!」と言われてしまい、今は呼び捨てにさせてもらっている。

 全力で「でもシンさんは招き人だし」と言ったけど「俺とコニーは友達でしょ!」と強めに言われると……断るのも失礼なのかなって。


「コニー! 行ってきます!」

「ひゃ、あ、は、はい、いってらっしゃい……」


 ばぁん、と障子が破れてしまうのではと思う勢いで玄関の扉が開き、シンが笑顔でそれだけ言うと出かけていく。

 シンは今日からお城の訓練所で“強くなる”のだそうだ。

 冒険者になって、元素聖霊神を召喚できる人に会いにいく、と言っていた。

 どうやら本気で妖魔を倒せるようになりたいらしい。

 すごいなぁ。

 不可能と言われる妖魔討伐。

 すべての聖霊神に加護を与えてもらう、というのはそれだけで偉業だ。

 それだけではなく、妖魔に困っているこの世界の人たちを救いたい、なんて……どんな生活をすればそんなことを思いつくのだろうか。

 シンのいた世界は、きっと素晴らしい人がたくさんいたんだろうな。

 それに比べて私ときたら……。


「さむい」


 この国は、基本的に夜がレイヴォル王国にとっての朝。

 昼夜が逆転しているのだ。

 今の時期……百朝という、ほぼ昼間の時期が終わると、本格的な昼夜逆転が始まる。

 陽が落ちあとはレイヴォル王国よりも寒く、私のような“毛なし種”は『陽光玉』という魔道具を持ち歩いていないと体調を崩してしまう。

 さらに、国民ほとんどが夜行性なので、昼間に動く者は非常に少ない。

 まずはその生活に慣れた方がいいのだろうが、人間は夜寝る生き物なので無理はよくない、とジェーンさんに叱られてしまった。


「コニッシュはん、朝食の準備ができましたよ」

「あ、ありがとうございます。でも、本当によかったんですか? ジェーンさんも同居してもらって……」

「大丈夫どす。わっちは独り身ですし、お給金がいただけるんですから。しかもコニッシュはんはこの国では『神子様』どすから、その側仕えは割増どすぇ」

「……あ、ソ、ソウナンデスネ……」


 神子様——この国で闇の聖霊神より直接加護を与えられた者のこと。

 闇の聖霊神はこの国と隣国セレンティズ竜王国を結界で覆い、守っている守護神。

 私の出身国である人間の国、レイヴォル王国は光の聖霊神が守護神であるため、闇の聖霊神から加護を与えられた私がこの国にいるのは神の導きなのかもしれない。

 しかし、その神子様というのはなんと国王の次に尊い方とされているそうで、私と招き人のシンは国王陛下の次に偉いことになっている。

 恐れ多くて「そのような扱いはやめてほしい」と再三お願いして、ようやくここの二階建ての一軒家で許してもらった。

 それまでは「城壁内のお屋敷の一つをお使いください」と勧められていたのだ。

 その上ミゲルさんのお屋敷で働きたい、という希望は秒速却下。

 理由は、ミゲルさんが定期的に食事として処女の血を飲まねばいけない種族だから。


『うっかり君を襲ってしまったら困るだろう?』


 と妖艶に自分の指先を舐め上げるミゲルさんを見たら、顔が爆発したのかと思うほどその場から逃げ出したくなりましたとさ。

 あの方のあの色気というのは、なんというか、とてもいけないですよね。


「では、いただきます」

「ほな、本日から商品作りしはりますの」

「はい、そのつもりです」


 ぼんやりとした朝日の時間が続く百朝は、そろそろ終わる。

 魔族の国であるこの国にとって朝がずっと続くのは体の調子に影響が出やすくなるそうだ。

 私は、それを護符袋で癒すお仕事をすることにした。

 護符袋は呪具と魔法紙の中間のようなもので、魔法の効果を刺繍で付与した布で小さな袋を作る。

 その袋の中に魔法紙を入れる、というもの。

 この特別な手法で作られた小袋に魔法紙を入れると、効果が非常に長持ちする。

 ただし、効果自体は微弱化してしまう。

 魔法紙の効果を強く短く、ではなく弱く長くするのが護符袋。

 この国では人間のような手先が器用な種族は大変少ないので、護符袋はそこそこの貴重品。

 誕生日に大切な人に贈りたいプレゼントトップ5には、毎年必ず入る人気商品だ。

 私はそれを作って売って……いつか神結晶を、買う!

 ミゲルさんや国王様のご好意に甘えて、そんな高額なものをいただくのは心苦しい。

 だから自分で買うことにしたのだ。

 この国に滞在する以外選択肢はないようだし、それならばなにかこの国の人たちに役立つことをしたい。

 幸い刺繍は好きだし、プロとしてお金をいただけるものかどうかは未知数なところではあるけれ……。

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