第14話 出会えてよかったひと
待って待って待って。
まず【認識阻害】の加護ってなに!?
いや、妖霊神が私に与えたものなのは理解したけれど、効果は?
鑑定結果の紙を慌てて覗き込む。
【認識阻害】——他者が存在を認識するのを阻害する。
効果!
なるほど!
そういう効果だったんですね!
「妖霊神の祝福は聖霊神の与える祝福とは違い、その人のためになるものとして与えられるわけではないと言います。コニッシュはんの場合はマイナスに働いてはったんでしょう。それを闇の聖霊神様が見かねて【魅了の魔眼】をお与えになられはったんでしょう」
「そ、そうだったんですね」
闇の聖霊神様は、私のことを案じてこの祝福をお与えになられた。
でも、私の——いえ、人間族には【魅了の魔眼】の効果の方が強く影響が出てしまったのね。
他者から認識されるのを阻害される【認識阻害】。
それを相殺する【魅了の魔眼】の効果。
「つまり妖霊神が元凶ってことだね!」
「は、はい」
はっ!
やだ、私ったらシンさんの服握りっぱなし!?
慌てて手を放すけれど、申し訳ない。
シンさんの言う通り、私の存在感のなさは妖霊神のせいだった。
いえ、でも、それはそれとして……。
「この【認識阻害】の加護を無効化できるんですか……?」
「魔眼封じのように、加護封じもありますぇ。加護を封じるなんて、滅多なもんじゃあありまへんけど、闇の聖霊神様が【魅了の魔眼】というヒントをお与えになっとりますから」
「!」
「コニッシュはんの着る物に【認識阻害】封じの紋を入れてやればええんどす。コニッシュはんは刺繍がご趣味と言ってはったんですから……そうどすなぁ……肩かけ作ってみたらどうでっしゃろ」
「肩かけ……?」
「まあ、ジェーンはん、それだと糸から加護封じ付与をした方がいいのでは?」
「そんなことできるんですか?」
「ええ……。そうですね、詳しくは戻ってからしましょうか」
鑑定士さんは仕事をしたし、ここから先は屋敷に戻ってから。
ケートさんにお礼を言って、またシンさんにしがみつきながら下に戻る。
屋敷に帰る道中、プリンさんに「加護封じ」について聞いてみた。
元々は私のような、妖霊神からの一方的な加護で苦しむ人を救うために作られたそうだ。
呪具、呪いの一種。
加護はどんな効果であろうと『プラスのもの』だから。
それを呪具や呪いの類——『マイナスのもの』で打ち消す。
私はこれまで【認識阻害】を、他者を魅了する【魅了の魔眼】で打ち消していた。
それを他の方法で打ち消すのね。
「まあ、コニッシュはんの【魅了の魔眼】はレベル1。わっちたちの国ではなんら問題ないですが……」
「で、でも……」
「コニッシュはんが気にするのであれば、そうするしかありまへんで」
「このままでもいい気はいたしますね。加護封じを作るのはとても大変なので」
「うっ」
屋敷に戻ってからプリンさんとジェーンさんに聞いた、加護封じの作り方。
物によるけれど、素材からその人個人の加護に合わせて様々な付与を行い、数人の呪術師や魔法師に調整してもらって初めて完成する。
当然オーダーメイドで、高額。
「ですから、コニッシュはんの加護封じを作るなら身にまとうものがええと思うんどす」
「その意見にはわたくしも賛成ですが、それならば片目のレンズを魔眼封じにして、もう片目を【認識阻害】封じにすればどうですか?」
「神結晶が必要になりまへん? どうやって手に入れはりますん?」
「うっ、そ、そうですね」
「
私が物知らずなだけだと思うけれど、首を傾げて聞いてみる。
名前からして希少そう。
「神結晶は聖霊神様がお作りになる結晶どす。この世界でもっとも高濃度の魔力を蓄えており、ひとかけらで金剛貨二枚分になります」
「にっっっ……!」
「はくきんか?」
「ああ、シン様はこの国の通貨をまだご存じではなかったのですね。せっかくですからご説明しましょう」
一番低い単位は石貨。
これが百枚で銅貨一枚分の価値になる。
銅貨百枚分は銀貨一枚分。
銀貨百枚分は金貨一枚分。
金貨百枚分は白金貨一枚分。
白金貨百枚分が金剛貨一枚分。
とはいえ白金貨と金剛貨は一般には出回っておらず、主に王侯貴族の大きな買い物の時に時折動く程度。
少なくともレイヴォル王国と硬化価値は大差ないようだ。
「や、ややこしいなー。一円単位のものが急に百円になる感じ……?」
「?」
「あ、ご、ごめん。やっぱり異世界なんだなーって、思っただけ」
ああ、そうか。
シンさんは異世界からの招き人だものね、色々違いがあるのよね。
「コニッシュはんは大丈夫そうどすか?」
「あ、え、えっと、は、はい。レイヴォル王国と同じ感じでした」
「ならよろしおす。ともかく、そういう感じで神結晶は大変高価どす。ミゲル様に頼めばご用意くださると思いますが、お願いしてみますか?」
「む、無理です! 無理無理無理無理!」
そんな高価なものを「タダでください」なんて、それこそ! それこそ!! サイッッッテーではいないですか!
ですよねー、と頷くジェーンさんとプリンさん。
他の、他の素材はないのでしょうか!
「他の素材ですと、やはり魅了系、挑発系の効果付与になりますかね。ですが挑発系は主に戦闘に用いる付与になるので、お勧めはできません」
「っ!」
「闇の聖霊神様の采配の素晴らしさどすな」
「そ、そんな……」
「ええんと違います? 別にもうレイヴォル王国には帰る予定、あらしまへんのやろ? この国の者はレベル1の魔眼に惑わされる者なんぞ、いやしまへん。このままで十分だと思いますけど」
「…………」
そうなのかもしれない。
確かに、もう故郷には戻れない。
家には帰れない。
あの頃には——。
未練はないのか、と言われると、ほんのちょっぴり残っている。
せめて皆さんに謝る機会がほしかった。
特に、迷惑をかけてしまった家族や、こんな私と婚約してくれていたセリック、学園で親切にしてくれた方々に。
そして、私はやはりこの魔眼が、嫌い。
「ごめんなさい、やはり魔眼封じの眼鏡は使いたいです」
「なんでどす?」
「……この魔眼があると、親切にしてくれた皆さんのことを、ずっと疑ってしまうからです。人の善意が、信じられないからです」
「!」
たとえどんなに大丈夫だと言われても、この魔眼がある限り私は皆さんの優しさを素直に受け取ることはできない。
それはとても悲しい。
私の心が、潰れてしまいそうなのだ。
「ほんなん、気にせんといいんと違います?」
「?」
「多かれ少なかれ、生きてるっちゅーことはそういうんの連続どす。ええんと違います? わっちも今こうしてコニッシュはんの相談に乗ってるんは、仕事だからどす。お給金がもらえるからどす。友人知人、家族同僚、みんなそういう、一種の損得で動きます。それが普通だと、わっちは思っとりますけど」
「……え、えぇ……?」
かなり身も蓋もないのでは。
「そもそもコニッシュはんは元貴族なんでっしゃろ? 人間の貴族にはそういう損得で婚約、結婚、とかありまへんの?」
「え、い、いいえ、それは、もちろんそうですけど」
「ほならなにをそんな気にしはりますの? 善意の塊で動くなんて逆に気色悪いわぁ。下心があるのは当然ですわ、ヒトの中で生活してれば当たり前どす。それのなにが悪いんです?」
「……えっ、え、っと……」
あれ、私の言ってることがおかしいのかな?
頭の中が混乱してきた。
「俺は困ります!」
「え?」
声を出してきたのは、シンさん。
すごく真顔で「俺はコニーと仲良くなりたい!」と叫ぶ。
ちょ……!?
「コニーにもっと頼られるようになりたいです。それに、俺まだコニーに助けてもらったお礼をしてません。でも、今のコニーはきっと、俺のそういう気持ちとかも全部魔眼のせいだと思う。それって、俺が一番困るんですよね!」
「なるほど……。ほな、安い素材でなんとかできないか考えてみまひょ」
「は、はい。お手数をおかけします……」
「…………」
野垂れ死ねばよかったと、心の中でまだ思ってる。
でも——。
「よかったね」
「……は、はい」
シンさんに会えたことは、よかったと思う。
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