第13話 加護


 シンさんの手を、振り解く。

 戻ってきたジェーンさんたちのあとについて、中央の光のに乗った。

 移動魔法というらしい。

 すすすー、と地面から離れてずっと上の方まで移動できるのだが、足下の見えない床が怖くて思わずシンさんにしがみついてしまった。

 座り込むのも怖いし、体がガタガタ震えて仕方ない。


「あばばばばばばばば」

「コニー、大丈夫!?」


 割と、本気で。


「下を見ないように」

「はいっ」


 ジェーンさんにそう言われて目を閉じる。

 あ、目を閉じると床が移動してる感じもなくて怖くない……?


「三十五階に着きましたよ」

「は、はい」

「そのまま目を閉じてて大丈夫。俺が引っ張るからね」

「お願いしますっ」


 移動だけで大変どすなぁ、なんてジェーンさんには言われてしまったけれど、そう思うならもっと違う移動方法なかったんですかぁ!


「ここが? コニー、目を開けて大丈夫だよ」

「っ」「


 とても自然に「コニー」呼びになっている。

 恐る恐る目を開けると、目の前にはローブで全身を覆った人物が座っていた。

 フードの下は包帯でぐるぐる巻き。

 ギョッとしてまたシンさんにしがみついてしまう。


「グフフフフ……はじめまして、鑑定士のケートと申します」


 声は女性!?


「なにを鑑定すればよろしいのでしょうか、グフっ」


 こ、こわい!

 なんとなく、笑い方が怖い!


「こちらのお嬢様が、【魅了の魔眼】持ちなのですが、どうやらその魔眼の効果で“存在感が消える”なんらかのスキル効果を打ち消しているようなのです」

「存在感が消える、なんらかのスキル、ですか?」

「もしくは呪い。しかし、このお嬢様はレイヴォル王国の出身。人間の国では【魅了の魔眼】の方が脅威に写ったようで、この国に亡命してらしたのです。ですから、この国で困らぬようにまずは現状を正しく把握しようかと」

「なるほどなるほど。よろしくてよ、よろしくてよ……グフフフフ……」


 や、やっぱりなんか怖いんですけどぅ!

 どうしてもこの人じゃないとダメなんでしょうかー!?


「ではこちらに座ってください。結果はこちらの紙に出ます」

「コニッシュはん」

「っ〜〜〜……は、はいっ」


 お世話になっている身で文句など言えないわよね。

 ええい、ままよ!

 ケートさん、という鑑定士の前に座り、目を閉じる。

 視覚的に、なんか、正面から見るのは怖い。

 なんか本当に顔面全部包帯に巻かれてる!

 その包帯に所々赤いシミのようなものが見えたような気がしないでもなくー!


「出ました。ほうほう……これはこれは……」

「んん? なんでっしゃろ……? この、【認識阻害】ってスキルは」

「生まれつきのスキルでしょうか?」

「いや、ここを——」


 ケートさんが指さしたところ。

 そこには『妖霊神の祝福』と書いてあった。

 あ、文字が読めた、よかった、と安堵した瞬間、谷底に叩きつけられたような気持ちになる。


「え……?」

「あー、なるほど……コニッシュはんは妖霊神に目ぇつけられてはったんどすな」

「妖霊神の祝福による加護——【認識阻害】。それがコニッシュさんの存在感を消していた正体だったのですね」


 体が震え始めた。

 妖霊神とは、妖魔たちの神だ。

 どうしてそんなものが私に祝福を?

 いやだ、うそだ。

 それじゃあ私は……私はいったい……?


「怯えなくても大丈夫どすよ、コニッシュはん。妖霊神は自分を生み出すきっかけになった者の末裔に、頻繁に手を出して戦争を再開させようとするんどす。この国でも妖霊神に祝福を与えられた者は少なくありまへん」

「そうですよ。人間の国ではどうなのかわかりませんが、わたくしたちはかつて争いを起こした者の末裔なのです。誰もがそう。例外は招き人くらいなものです」

「ジェ、ジェーンさん……プリンさん……」


 みんなそう?

 でも、でも……誰でもが選ばれて妖霊神に祝福されるわけではないはずだ。

 私は呪われているのだろうか。

 妖霊神に選ばれるなんて、私は、私は——っ。


「妖霊神に祝福されると、なにかあるんですか?」


 そう聞いたのはシンさんだ。

 私は、怖くて耳を塞ぎたくなる。

 でも、その前に答えが入ってきてしまう。


「なんもありまへんなぁ。その人にとって便利な加護が現れたりもしますから」

「ええ? じゃあそんなに悪いことないんですね?」

「そう思わせるのが、妖霊神の狙いとも言われとります。『妖霊神は実はいい神』だから、話し合いで仲良くやっていけるんではないか、なんて思った者は、二度と帰ってきまへん。数年後、妖魔になっとるという話をいくつも聞きました」

「ひっ!」


 だから妖霊神に会いに行ってはいけない。

 妖魔は新しく生まれることはないけれど、そうして騙された魔族が数年に一人の割合で妖魔にされてしまうことがあるらしい。

 もちろん、騙されなければいいだけの話。

 妖魔は呪いを増やそうと町に侵入して災いを振り撒く。

 そんな妖魔たちの神こそが妖霊神なのだ。

 妖霊神も妖魔も、巧みに入り込んでくる。

 戦争を起こそうと。

 呪いを産ませようと。

 虎視眈々、狙っているのだ。


「ストーリー通りだな……」

「?」


 シンさんが呟く。

 ストーリー……?

 なんの話だろう?


「よし! やっぱり俺は妖霊神を倒すぞ!」

「ええっ!?」

「招き人ならきっとできる! 俺はあの漫画みたいな結末は嫌だから!」

「? シ、シンさん? まんが……?」

「ういん、気にしないで! とにかくコニーのことは俺が絶対助けてあげるから! 大丈夫!」

「?」


 なんだかよくわからないけど、そう言って手を握られてしまうとまた顔が熱くなる。

 真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳。

 この人は……いったいなにを言っているのだろう?

 わからない。

 わからないけど……私なんかのためにこんなふうに真剣になってくれるなんて——。


「やっぱり私の魔眼に……っ!?」

「ち、違うからね!?」

「さて、原因がわかったのでまずは【認識阻害】の加護を加護封じすればよいわけどすな」


 ジェーンさん、普通に話が進んでる!?

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