第10話 招き人


「ほわぁ〜」

「まるで時代劇の撮影所みたいだ」


 日が落ちてから、私とシンさんはジェーンさんとプリンさんを伴い、城下町へと出かけた。

 この国で生活するという方針を定めた今、私たちはこの国のことを一つでも多く知るべきだと思うの。

 私は帰れないけれど、シンさんは本当に魔族の国でいいのかしら?

 聞くと、優しく微笑まれた。


「実はミゲルさんに『元の世界に帰ることはできますか?』って聞いたら『招き人が元の世界に帰った話は聞いたことない』って言われちゃったんだ。ミゲルさんが聞いたことないだけで、帰った人はいるのかもしれない、とも言われたけど……招き人は数年に一度、二人くらい来るんだって。人間の国はわからないけど、セレンティズ竜王国とこのファウスト王国に同時に現れるらしい」

「では、セレンティズ竜王国にも招き人が現れたのでしょうか?」

「うん。だからミゲルさんは『ファウスト王国にも招き人が現れているはずだ』って思って、周辺を探してたんだって。それで、コニッシュさんと俺を見つけたみたい」


 そういう事情があったのね。

 セレンティズ竜王国にも招き人が現れている。

 噂程度だけど、レイヴォル王国にも招き人が来たという話はあった。

 もしかしたら、聖霊神たちにより三つの国に同時に異世界人が招かれるのかもしれない。

 あくまで私の推察でしかないけれど。


「コニッシュさんのいた国って、どんなところ?」

「え? ええと、緑豊かな国です。王様がいて、貴族がいて、平民がいて……騎士や冒険者が魔物を倒して守ってくれるんです」

「冒険者かぁ……俺の世界ではファンタジーものの物語が流行っててさ、主人公はだいたい冒険者になるんだ。チートっていうか、その世界の人より強かったりして、困ってる人を助けてあげるんだよ!」

「え? は、はい」


 突然なんの話だろう、と思ったら、シンさんの世界の物語の話か。

 なんでも、今のこの状況はシンさんの世界で流行っている物語ととても似ているらしい。

 若者が異世界に呼ばれたり、転生したりして転生先の異世界で困っている人々を助けたり、異世界の知恵で技術を進歩させたりするのだという。

 招き人を聖霊神がこの世界に招くのは、まさしく異世界の知識をこの世界に与えてもらうため。

 シンさんの世界はそういうもので溢れているのね……なんだか面白そう。


「俺、修行頑張るんだ! 物語の主人公みたいにチート能力があるっぽいし、すぐ強くなって妖魔をやっつけて、平和な世界にする!」

「妖魔を……?」

「だって妖魔はいない方がいいんでしょ? 漫画とかだと魔物が敵って感じだけど、この世界の魔物は魔人の仲間みたいだし」

「知性のないものはわっちたちにとっても危険な敵どす」

「そ、そうなんだ。でも妖魔はもっと危険な敵なんじゃないの?」


 後ろを歩いていたジェーンさんとプリンさんは、一度顔を見合わせてから頷いた。


「そうですね。ですが、妖魔を積極的に狩るのはおやめになった方がよろしいかと」

「なんで?」

「妖魔の鎖は『呪い』とミゲル様がご説明しておりましたでしょう? 呪いは因果なのです。妖魔を倒した者は、因果を引き継ぎ、鎖を引き継ぎ、妖魔となります」

「えっ」

「え!」


 思わず口を両手で覆ってしまう。

 そ、そんな!

 それじゃ妖魔は……倒せないも同義ではない?


「妖魔を真に消滅させることができるのは……」

「で、できるのは?」

「光と闇、そして四種の元素聖霊神様にお力を与えられた者のみ。……そう、伝わっております」

「そ、それって……」


 無理ということなのでは?

 だって世界は光と闇の聖霊神により結界で分断されている。

 その上、四第元素の精霊神にまで認められなければならないなんて……。

 四第元素の精霊神は基本的に召喚によって呼び出すことが可能だけれど、光と闇の聖霊神はそうではない。

 だから光と闇の聖霊神は特別視されているのだ。

 エリーリットの友人、ヒカリさんが行える聖霊神召喚とは、この四第元素の聖霊神を召喚できるというもの。

 それだけでも十分すごい才能。

 でも妖魔を真に倒す術は、それらの聖霊神すべてに認められて祝福をされ、加護を得るということ。

 無理では?

 実質無理だよね?

 つまり無理だ。


「ど、どうしたら聖霊神の人たちに会えるんですか?」


 あれ、シンさん諦める気がゼロ……!?


「そうでございますね、聖霊神召喚のスキルを持つ方に四第元素の聖霊神様を召喚してもらう……とかならば四第元素の聖霊神様に会うこと自体は可能です」

「けど、四第元素の聖霊神様に会えても認められてお力を与えていただけるかはわかりまへんねぇ」

「うっ……そ、そうか。あ、でも俺はその聖霊神さんたちに呼ばれてここにいるんですよね! ならなんとかなりませんか!?」

「さ、さあ? 誰も試しはったこと、ありまへんからねぇ」


 ジェーンさんたちが引いてる……!

 シンさん、まさか諦めないつもり?

 うそでしょ、本当に妖魔を倒すつもりなの!?


「…………」


 すごいな、私には無理だわ。

 シンさんは異世界から来た人なのに、なんでそんなこと考えられるんだろう?

 怖くないのかしら?

 異世界から来た人だからこそ、そう思うのかな?

 目を閉じる。

 それに比べて、私は……私は、本当に……誰の役にも立たない。


「シンさん、実は一つ心当たりがあります」

「え? 心当たり?」

「私の故郷……レイヴォル王国に聖霊神召喚を行える人がいたんです。妹の友人で、お名前は確かヒカリ・アンドー様」

「……ヒカリ、アンドー……? それって……!」

「その方のお力を借りることができれば、四第元素の聖霊神に会うことはできると思います。本当は仲介して差し上げたいですが……もう、私は故郷に戻ることはできませんから……申し訳ありません」


 頭を下げる。

 教えてあげることくらいしかできなくてごめんなさい。

 私は本当に役に立たない人間だな、と思う。


「……コニッシュさん」

「はい」

「コニッシュさんの名前って……コニッシュ、スウ?」

「え? どうして、それを……?」


 捨てたはずの家名。

 この国では誰にも名乗っていないのに、シンさんに言い当てられた。

 驚いて顔を上げると、なんとも言えない表情をしている。

 な?たろう、嫌悪のような、怒りのような、そんな、あまりいい感情を感じない表情だ。


「…………っ」

「?」


 じっと、私を見つめるシンさん。

 その表情は先程とは少し違う。

 焦ったような、悲しいような、そんな表情。


「コニッシュさんは俺が守るよ」

「え? え?」

「まずは魔眼封印の眼鏡を買いに行こうね!」

「? は、はい? はい……?」


 どうしたのだろう?

 よくわからないけれど、シンさんは私の手を取るとジェーンさんたちに眼鏡屋さんの場所を聞く。

 え、待って? まさかこのまま? このまま行くんですか?

 て、手を、握ったままーーーー!?

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