第11話 眼鏡屋さん


「いらっしゃいませ」


 わあ、と思わず声が漏れた。

 ジェーンさんたちに案内された眼鏡屋さんには、それはもう多種多様なメガネが置かれていたのだ。

 それこそ、サイズからして不思議。

 私の腕ぐらいあるものから、人差し指サイズのものまで。

 いったいなにに使うのかしら、こんな大きな眼鏡や小さな眼鏡。

 と、ジェーンさんに聞こうとして、察した。


「い、色々な種族がいらっしゃるんですね! 色々な種族の方が、必要とされておられるんですね……っ!」

「そうどすな」


 私の膝くらいしかないジェーンさんは、小動物系の魔物。

 蛇の魔族であるプリンさんは、背丈が私たちと同じくらいある。

 多分、もっと大型の獣系魔族の方もおられるのだろう。


「本日はどのようなものをお求めですか?」


 話しかけてきたのは縁のない眼鏡をかけた嘴がある、鳥のような男性。

 ええ、鳥だわ。

 手が翼。どうやって物を持つのかしら。

 顔、とても厳ついわ。

 嘴が大きくて、目つきが悪い……と、鳥。


「ハ、ハシビロコウ……?」

「おや、よくご存じですね」

「シンさん、こちらの方をご存じなんですか?」

「あ、いや、ハシビロコウっていう、鳥の種類?」

「まあ……」


 珍しい鳥さんなのね。

 ハシビロコウさんの店員さんは、私の魔眼を見て、すぐに「なるほど、魔眼封じですね」と理解してくれた。


「では、まずは魔眼の強さを測りましょう。こちらに来ていただけますか」

「は、はい」


 ハシビロコウの店員さんに促されて、大人しくついていく。

 板で区切られたところには、水晶玉が並んでいる。

 椅子に座らせられて、水晶を覗き込むように、と指示された。

 言われた通りにすると「ふむ、レベル1の魔眼ですね」と言われる。


「レベル、1……?」

「はい。魔眼にもレベルが設定されています。影響・効果の強さ、依存度の高さ、片目、両目、あるいはレア度……様々な要因で決まります。お客様の魔眼は影響・効果、依存度、レア度すべて最弱! しかも片目ですから、最低ランクのレベル1ですね。これならばあちらの棚ですね。あちらからお好きなフレームをお選びください」

「……!」


 さ、最低ランクの、レベル1……!

 なんということでしょう。

 私の魔眼は大したことがない!?

 でも、学園ではあんなに被害が出ていたのに……。


「コニッシュさん、終わった?」

「は、はい。あちらの棚……ですか?」

「はい。用途によってフレームを変えたい場合はご相談ください。ご説明いたします」

「あ、え、ええと……普段使い……ずっと魔眼を封印しておきたいです」

「でしたらフルフレームの方がよろしいかと思います。レンズの魔石に強度アップと曇り止めも付与すれば、日常使いに最適かと」

「そ、そうなんですね」


 眼鏡が初めてなので、店員さんの説明にはただただ頷くのみ。

 試しにかけてみたフルフレームというのは、思ったよりも重い。


「? あれ、コニッシュさんが消えた?」

「どちらへ行きはりはったんでしょ」

「おかしいですね? 魔力まで消えました。ジェーン、あなたの鼻で居場所はわかりませんか?」

「匂いはここにありますが……」

「あ、あの」


 なにやら皆さんが困惑し始めた。

 私も少し困惑している。

 皆さんが私を探し始めたのだ。

 私は思い切り目の前にいるのに……眼鏡をかけた途端に、どうしたという……あ。


「あの」

「わあ! コニッシュさん! どこにいたの!?」

「ず、ずっとここにいました」

「え? でも……」


 皆さんが顔を見合わせる。

 もしかして、と思ってもう一度眼鏡をかけてみた。


「コニッシュさんが消えた!」


 やっぱりですか?

 眼鏡を外してみる。


「コニッシュさんが現れた!」

「眼鏡をかけると消えるみたいですね」

「そんなことあります? コニッシュはん、なんか心当たりは?」

「わ、私……生まれつき、存在感がなくて……。魔眼を授かってから、人に話しかけてもらえるようになりまして……」


 魔眼は私の存在を周囲に認識させる効果も持っていたのだ。

 それまでは『存在感が薄い』『もはや空気』『佇む姿は亡霊のよう』『スウ伯爵家の長女は霊嬢』と、散々な言われようだった。


「髪の色は老婆のようですし、赤い目は不気味だからと亡霊霊嬢……伯爵霊嬢と呼ばれておりました」

「そんな……そんな言い方……!」

「人間はみんなそんな髪色というわけではありまへんの?」

「はい。普通の方は茶色や金色の方が多いです。瞳も茶色や青や緑の方がほとんどです。私は、ずっと呪われていると言われてきました。存在がたまにしか確認できないから……」


 ああ、いけない。

 また心が沈んでいく。

 家族も、家の者も、誰も悪くなどないのに……。


「コニッシュ・スウは絶望に染まった魂で呪いを集める——」

「?」


 シンさんが小声で素早くなにかを呟いた。

 小さな声、それに早すぎて聞き取れなかったけれど……今私の名前を呼ばれたような?


「なにか原因があるんじゃないかな!」

「っ!」


 シンさんが突然私の両手を掴む。

 え、ま、待って、待って待って、ち、近い!

 近いです近いです!


「原因どすか?」

「うん。だって今の消え方ちょっとおかしかったじゃん! まるでそこから消えていく感じでさ。魔眼以外にも、コニッシュさんはなにか持ってるんじゃない? そういうの調べられないの?」

「……! なるほど……シン様のおっしゃりたいことがわかりました。コニッシュ様には、常時発動するスキル、もしくは呪いの類がかけられているのではないか、ということですね」


 プリンさんが簡潔にシンさんの言いたいことをまとめてくれてのだけれど……さらりと『呪い』って入ってましたね。

 の、呪い? 呪いって、妖魔を縛る、あの呪い?

 な、なぜそんなものが?

 呪われた覚えはないのですが?


「しかし、それならまずそのスキルもしくは呪いを調べなければあきまへんな」

「し、調べられるんですか?」

「鑑定士に見てもらえば一発どす」

「鑑定士……?」


 首を傾げて聞き返す。

 故郷では聞いたことがない職業だ。

 ジェーンさん曰く「才能や体調や持っているスキルなどを調べてくれる」職業なのだそうだ。

 魔族は多種多様なため、持っているスキルによって仕事を決めたりするらしい。

 体調が悪くなったらその原因を調べるのも鑑定士。

 原因がわかれば、迅速かつ適切に薬を調合できるから。

 すごいわ……お医者様には何人もかかったけれど、どなたも私の体調不良にはお薬らしいお薬を出せなかった。

 当時の、私の体調不良も、その鑑定士さんならわかったのかしら?


「自分で自分のスキルを見たりはできないんですか?」

「ステータスカードやスキルカードってものなら売っとります。冒険者くらいしか使いまへんから、それなりにいいお値段しはりますよ」

「買えませんかね?」

「招き人はんがほしい、言い張るんなら、経費で落ちると思いますよ」

「本当ですか!? やった!」


 い、いいのかなぁ?


「でもステータスカードもスキルカードも一回使い切りどす」

「ええ〜!?」

「鑑定士の方が安上がりですからね。しかし、お二人は我が国の客人。下手な鑑定士にはご紹介できません」

「せやね。まず魔眼封じの眼鏡だけ買って、鑑定士んとこ行ってみまひょか」

「行こう! コニッシュさん!」

「……は、はい」


 シンさんの勢いに負けて、私はその鑑定士さんに会いにいくことにした。

 私の存在感の薄さに原因がある……?

 なんだか信じられないわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る