第9話 私にできること
「まあ、どこの国を拠点にするにしてもコニッシュはまずその気になる魔眼をなんとかした方がいいんだろう? 店が開き始めるのは陽が沈んでからだから……うーん、そうだな……それまではシンと少し話でもしていたらどうだろう? 僕はこのあと君達の話を兄にしなければならないんだ」
「ミゲルさんのお兄さん……王様なんですよね」
「そうだよ。神子と招き人の二人が同時に現れるなんて前代未聞なんだけど」
え?
前代未聞?
え?
「その二人がどう生きたいのか。このままこの国に滞在するのかどうか。滞在するのなら処遇をどのようにしたらよいのか。滞在するのであれば、神子と招き人はどのような生活を所望するのか。護衛の数、やり方……色々話し合う必要がある」
「「…………」」
と、とんでもないことになっているのでは……。
わ、私ごときで……ご、護衛……?
あ、いや、招き人は妖魔から狙われているから、護衛に関してはシンさんのことかな?
「だから、今後について早めに決めてくれると嬉しい」
「「は、はい」」
「急がなくてもいいけどね?」
「「は……はい……」」
とても早めに今後のことを決めた方がいいみたい。
ミゲル様が離席したあと、この広い部屋に残ったのは私とシンさんとジェーンさんとプリンさん。
少しお互いを眺めてから、私は自分の左目のことを思い出して目を逸らす。
魔族のジェーンさんとプリンさんはともかく、シンさんは普通の人間なんだよね。
普通の人間なら、【魅了の魔眼】で惑わしてしまうかもしれない。
「えっと、コニッシュさんはどうするんですか?」
「……私は実家には戻れませんので……この国で仕事を探そうと思います。捨て置いていただくのは、それはそれでミゲル様のご迷惑になりそうですし……」
「コニッシュさん……」
多分、だけど……先程の言い方は「神子を見殺しにすれば、政敵に責められる隙を与えることになる」という意味も含まれている。
私がそんな大層なものであるというのも驚きなのだが、レイヴォル王国でも光の聖霊神に直接祝福された者は特別視されれ、優遇された。
光の聖霊神の愛し子と呼ばれて、聖霊神を崇める聖殿教会で神の使徒となることが約束される。
私の魔眼を打ち破ったエリーリットの友人、ヒカリさんは聖霊神を召喚する加護を持っていた。
多分彼女のような特別な存在は、王家、または教会に抱えられるだろう。
もしかしたら、私を「第二王妃に」とお声がけくださった王子殿下が彼女を娶るかもしれないわね。
きっと私がいなくなったことでセリックはエリーリットと結婚する。
セリックの家は事業の失敗でお金がどうしても必要なはずだから。
私でなくともいいはずだ。
体の弱い私はいつ死ぬかわからない。
だから……。
『だから健康で美しく、未来あるエリーリットではなく、君にしたんだ。でも、最期まで面倒は見るからね』
今思い返すとひどい言葉なのかもしれない。
それを言われた時は、こんな体が弱くて影の薄い私に対してなんて慈悲深い人なのだろうと思ったけれど。
いえ、今考えても慈悲深い人なんだろう。
だってその通りだもの。
健康で、美しくて未来のある妹エリーリットを思えば、彼は私で満足しようとしてくれたのだ。
だって彼にも未来がある。
そんな彼を自由にしてあげられたのは、いいことだったのだろう。
私の気持ちなんて関係なく、彼が自分の未来のために歩み始めたことは祝福すべきだ。
私なんかに縛られていてはいけない人だもの。
「シンさんも、どうぞ私とはあまり関わり合いになりませんよう。……私の左眼は人様を魅了して言いなりにさせてしまう力がある、魔眼なのです。人の心に漬け込む恐ろしい力です。どうか私とはこれきりに。私などに恩などお感じにならないでください」
「コニッシュさん、そんなっ」
「コニッシュさん、招き人は基本的に聖霊神様がこの世界に招かれはった時、高い魔力を与えられます。その魔力量はドラゴンに匹敵するとも。シンはんはこれから検査もせんとあきませんでしょうが、現時点で感じる魔力量はコニッシュはんより上どす。魅了される心配はありまへんわ」
「「え」」
ジェーンさんの言葉に顔を上げる。
チラリとシンさんを見ると、彼も少し困惑したような顔をしていた。
しかしプリンさんが「だからこそ妖魔に狙われるのです」とつけ加える。
軟弱な肉体の中に、聖霊神より与えられた高純度、高濃度、大量の魔力が詰まったご馳走。
それが招き人。
指先ひとつ食べただけで、妖魔は百年分修行した分の力を手に入れる。
だから食べたい。
だから招き人が来たら狙う。
さらに招き人は知識も詰まっている。
その知識が詰まった頭を、妖霊神は食べたいのだという。
招き人の頭を食べれば、その知識を得られるから。
「はわわわわわわわ……」
「鍛えはれば、妖魔にも負けへんようになります。シンはんは早めに鍛えて強くなりはるのがよろしおすな」
「が、がんばりますっ!」
「妖魔たちは今の、召喚されたての招き人がもっとも隙が多いと知っております。ミゲル様はああおっしゃっておりましたが、御身を守るためにも早めの鍛錬開始が望ましいかと」
「そ、そうですね」
シンさん、私と町を見て回ってるどころではないのでは?
早く強くならなきゃ、ずっと妖魔に狙われるってことでしょう!?
ひえぇっ。
「コニッシュさんは、大丈夫なんですよね?」
「コニッシュはんは妖魔の天敵……神子様でらっしゃいますが……」
「見たところご加護も大変弱く、我らが魔族にはなんら影響もない【魅了の魔眼】であります上、使いこなせてもいらっしゃいません。闇の聖霊神の加護が強いこの土地で生活すれば変化はあるかもしれませんが、陶酔して使い物にならなくなるような魔族はおりますまい。ある程度魔族は生まれながらに魔法耐性も持っておりますし」
なんと!
「妖魔たちも【魅了の魔眼】の神子には興味を示さないのではないでしょうか? ……正直スキル昇華しても、なんの役にも立たないスキルの部類ですし」
「せやねぇ。水商売の魔族ならみーんな持っとるし、水商売の魔族と酒飲む客は特にそういうのに耐性高いし、ミゲル様はミゲル様やし」
ミゲル様がミゲル様っていったいどういう表現なの、ジェーンさん……。
「仕事をしたい、とのことですが、どのような職種を希望されるのでしょうか?」
「え、ええと……」
プリンさんに聞かれて戸惑う。
仕事をしたいとは言ったけど、職種まで考えていなかった。
「……刺繍……とか」
「はい?」
「刺繍は、ベッドの上でもできたので……刺繍を嗜んではいたのですが……私、そのくらいしか……できないような……」
「刺繍でございますか」
でもジェーンさんたちの着ている着物や帯の柄とか見ると「なんか本当バカなこと口走ってすみません」ってなる。
素人風情がすみません。
刺繍とか言ってすみません。
「なるほど、面白うございますね。人間の国の刺繍というのに、興味がございます」
「!」
「【魅了の魔眼】をスキルに昇華すれば、魔法効果の付与もできるようになると思います。ええ、ええ、よいのではありまへんかねぇ。試しにいくつか刺してみて、ミゲル様にご相談なさいなさいな。魔法付与ができれば、かなり高値で売れますよ」
「魔眼を、スキルに……」
できるのかな……!?
「買うものの中に刺繍糸と生地も入れておきましょ」
「あ、あの、でも、魔眼をスキルに昇華というのも……その……」
「なんでも練習どす。魔眼封じの眼鏡は買うとして、お一人ん時にハンカチに刺繍してみてくださいまし。それで判断いたしまひょ」
「あ、あう……は、はい」
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