第8話 私の知らない世界の話
「君の気持ちはわかった。だが、我が国では闇の聖霊神より直接祝福を賜った者を蔑ろにはできない。そう、法で定まっている」
「っ……」
「それに君の魔力量はこの国では平均以下だ。君はその魔眼により周囲を混乱させたくないようだけど、この国でその魔眼の餌食になる者はいない。安心していい」
「ぇ」
顔をあげる。
確かにジェーンさんにも、昨日そんな感じのことを、言われたけれど……。
「闇の聖霊神が直々に選んで加護を与えた者を野垂れ死になどさせるわけにもいかないし、どうか僕の顔を立てると思って死ぬのは諦めてくれないかな。君が死ぬというと多分兄……陛下も困る。生活の保障はするし、ダメかい?」
「……え、で、でも……私、本当になにもできないですし……」
「それならそれでもいいさ。政治的に利用するにも君の魔力とその加護は程よく無能でこちらとしても助かるくらいだし」
「……ぇ、ええ……?」
む、無能なのが? 助かるの……!?
「いるだけでいい、君は。この国にいてくれるだけで」
「そ、そんな……でも、私、本当に役立たずで……」
「それはこれまでの話だろう? これからはそうじゃないかもしれない。いや、僕の政敵の役に立たれるのも困るんだけど」
「そ、それは……!」
「ふふ、まあそういうわけでね、コニッシュ。人の役に立つということは誰かを困らせることもある。難しくこだわって考える必要はない。生きるというのは押しつけるくらいがちょうどいい。もっと図太くなっていいんだ。君みたいなのは特にね」
え、ええ?
困惑した。
ものすごく。ただひたすらに。
困り果てて俯くと、ミゲル様も私の手前にやってきた。
なんかいい匂いする……!
「やりたいことを見つけなさい。やりたいこと、やってみたいことがあればなんでも挑戦してみるといい。この国で君のような神子は尊いものだ。困ったら助けを乞いなさい。頼られて嫌な気分になる者はいない。頼りすぎてはあれだけど」
「……やりいこと……」
「シン、君もだよ。ただ、君の場合は妖魔に狙われている。自分を鍛えて、ある程度は自分の身は自分で守れるようになった方がいいだろう。武術の教師をつけるから、面倒でも学びなさい」
「は、はい!」
そ、そうか、シンさんは妖魔に狙われているんだ。
私よりもずっと大変なんだ。
そうだよね、異世界から突然聖霊神に招かれて……今までと全然違うんだろうし。
その上で命を狙われるなんて、ひどい話だよね。
それに比べて私は自分で「死にたい」なんて……。
シンさんの前で言うべきことでは、なかった。
「あ、あの、それなら私、働きたいです。昨日ジェーンさんに『この屋敷で働いたらどうか』と言ってもらって……。役に立たないなら、役に立つことがしたいです。……あ、あと、その、魔眼を……なんとかする方法、とか」
「魔眼は魔力封印の眼帯でもつけたらいいんじゃないかな? 魔眼持ちはありふれているし、眼鏡などでも封じることができる。どっちがいい? 女の子だし眼鏡かな、やはり」
「……え? ……そ、そんな簡単に封じられるんですか……?」
「強力なものなら眼帯が確実だが、君程度なら眼鏡で十分だと思うよ。今日中に買ってきたら?」
「えっ?」
か、買って……買ってきた、ら? え?
買ってこれる、ものなの?
「それからうちの屋敷で働くのも構わないけど……神子を使用人にしたら兄に怒られそうだから、できれば少しおとなしくしててほしいなぁ。というより、使用人になることにこだわりがないのなら、まずはうちの国を少し見てくるといい。人間の国とは違うところがあるだろう。行くのならシンも連れて行って、二人で見ておいで。一人で出歩くより心強いだろう、二人とも」
「あ……」
「そ、そうですね」
優しい眼差し。
シンさんと顔を見合わせる。
ミゲル様は「もちろん護衛はつけるけど」と言って昨日の蛇の美女を呼び出した。
「プリンというんだ。プリン、城下町でコニッシュに魔眼封じの眼鏡を買ってきてあげるついでに案内を」
「かしこまりました」
「夕飯前には帰ってくるんだよ」
「え、あ、え、い、今から、ですか?」
「早い方がいいんじゃないの?」
「…………」
でも、外は夕方。
夕飯前って、あまり時間がないんじゃ……。
「殿下、店はまだ開いてないのでは」
「ああ、そうか。人間は昼間に起きているというものね」
「? ……あ……」
そういえば昨日ジェーンさんに「夜が魔物の活動時間」と教わった。
今は夕方。
だから、この魔族の人たちにとっては日が沈んだ空が活動時間なのか。
「あの、もしかして夜にならないとお店が開かないんですか?」
「そうだよ。……というより、今の時期は
「?」
「太陽が出る?」
「そうだよ。百朝の時期以外はずっと陽が出ない。それがこの国……闇の聖霊神が結界で守護する『ファウスト王国』だ」
「!」
陽が上らない……!
そんな、みんなどうやって生活してるの!?
「た、大変じゃないんですか? 暗くて……」
「魔族は夜行性が多いからあまり困らないよ。たまに迷い込んでくる『セレンティズ竜王国』の人間は『太陽が出ている時間が短くて不便』と言っているけれど」
「セレンティズ竜王国……?」
なんだろう、それ。
聞いたことがない国名だわ。
「あれ、知らない? まあ、結界の間には『惑いの森』があるからな……。『セレンティズ竜王国』は魔物が進化した最高上位種ドラゴンが治める国だよ。さっきも少し言ったが我が国にも魔物はいる。小さくて力はないが、そのぶん知性を伸ばした種だ。だがドラゴン種は違う。力だけでは到達しえない領域に至るために、知識を得た種が進化を兼ねて至高に至った。その進化の最終地点がドラゴン」
「っ」
魔物の、最終地点……!?
では、レイヴォル王国に伝わる『魔人の国』って、そっちのことなのでは!?
「うちの国とは友好な貿易国なんだ。セレンティズ竜王国も闇の聖霊神が守護聖霊神だから」
「そ、そうなんですか」
「だからコニッシュはセレンティズ竜王国に行っても神子として大切にされるよ。もちろん招き人のシンもね。うちの国にいてほしいけど、神子と招き人の意志に反することはしてはならないから……もし二人がセレンティズ竜王国を頼るというのなら補佐するよ。すごくうちの国にいてほしいけど。すごく」
すごくいてほしいのはなんとなくわかりましたけど、それほど……?
シンさんはともかく、わ、私も?
「人間の国とは国交がないんですか」
「まあ、元々戦争が苛烈しすぎた結果神々が間に入るほどだからね」
「まあ、コニッシュさんをこんなに追い詰めるような国には俺も行きたいと思いませんから、別にいいですけど」
「そうだね、ちょっと……聞いただけでも不快だね」
「そ、そんな……悪いのは私なので……!」
「「いやいや」」
二人揃って!?
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