第7話 呪われた災い
「今後どうするのかは自分で決めてくれ。相談には乗るから気軽に呼びつけてくれて構わない。ここは一応僕の屋敷だしね。他にも困ったことがあれば世話役に聞いてくれ」
「あ、あの、人間の国というのは、どんな……」
「それはコニッシュの方が詳しいんじゃないかな?」
そう言われて、シンさんの視線がまた私の方へ向けられる。
確かに、一応私の故郷は人間の国だけど……。
「レ、レイヴォル王国といいます。王政で、王と貴族が政を行い、国を支えています。私は、一応王都で文官をしていた伯爵家の娘でした」
「え、じゃあコニッシュは貴族だったんだね」
「はい……。家名は……お許しください」
もう名乗る資格がない。
頭を下げると、ミゲル様は「もちろん」と言ってくれた。
優しい人だな。
「レイヴォル王国では、魔族は魔物の進化したものだと教わりました。多分、この国から来た者をレイヴォル王国では受け入れないのではないかと思います……」
「魔族への偏見は根強い感じかな?」
「はい……私は……体が弱くてあまり、勉強は得意ではありませんでしたが……それでも魔族には酷い偏見を持っていました。その、人間を繁殖の道具にする、とか……女は性奴隷にされるとか」
「ええ……そんなことしないよぅ」
「す、すみません」
「いや、いいけど。そう、そんなふうに教わるんだ〜」
本当に申し訳ない気持ちになる〜!
でも嘘をつく意味もないし。
「……まあ、僕や兄が処女の血を必要とするのは生態上仕方ないんだけど」
「「え?」」
「気にしないで、続けて」
聞き間違い?
今、ミゲル様から血がどうとか聞こえたような……?
「私の記憶が正しければ、三年前にレイヴォル王国にも招き人が現れた、というような噂がありました。私はその頃に闇聖霊神より祝福をいただき、体調が整い始め、学校にも通えるようになって……その、とても忙しくしていたので詳しいことは、よくわかりません」
あの頃から劇的に生活に変化が起きたのだ。
それまでは体が弱くて、存在感も薄くて……。
「…………」
あの頃は幸せだった。
でも、あれは仮初のものだった。
なに一つ私自身の力で手に入れたものはない。
どこまでも空っぽ。
役立たず。
透明で——亡霊だ。
たまに出るお茶会や舞踏会でも『スウ伯爵家の伯爵霊嬢』。
そう揶揄されていたけれど、本当にその通り。
「ふむ……じゃあコニッシュはこのままこの国に残るのを希望ってことでいいのかな?」
ミゲル様の声に視線をあげ、その質問に視線を落とす。
この国に……残る。
『コニッシュ、お前は……我々の知らないところで野垂れ死ね!!』
実の親から言われた言葉を思い出す。
『皆さんは惑わされているんです!』
『騙していたのか……君は、そんな人だったのか……!?』
『お姉様、そんな人だったなんて……! ひどい! 最低だわ!』
『なんて女だ。セリックだけでなく王子まで騙していたなんて』
『君とは結婚できない。そんな人と同じ家で、信頼関係など築けない』
違う、私は騙そうとしたわけじゃない。
惑わそうとなんで思ってなかったの。
本当よ! お願い、信じて……!
信じて……お願い、誰か……。
「………………」
手を伸ばしても、伸ばしても、誰も受け取ってはくれない。
声も届かない。
亡霊の声など、誰にも聴こえないからだ。
私は満足しておくべきだった。
たとえ使用人に食事を忘れられるほど、存在感のない状態だったとしても、あの頃はまだ『セリックの婚約者』という価値があったのだから。
でも、欲をかいた。
もっと、みんなの……和の、中へ……。
もっと、普通に、みんなとお話ししたり、お茶したり、笑いあったり、したい、なんて。
「あ、いえ、私……私のことは、どうぞ、捨て置いてください……」
「故郷に帰るのかい?」
「……いえ……帰る家は、ありません。ですから、どこかで……父の言いつけの通りに……野垂れ死ねるように……します。私はそれしか……できないので……」
「は?」
この【魅了の魔眼】を得て、こうして人と話ができるようになったのは贅沢だったのだ。
助けてもらったのも、仮初の幸せ、幸福だ。
得てはならない。
私には過ぎたもの。
もらってはいけない。
私には分不相応。
身の程を知れ。
私はの魔眼は私の意思とは無関係に人を謀るのだ。
なんてひどい人間なのだろうか。
ジェーンさんは「生きるのに必要な力」を与えてくれると言っていたけど、私は人を騙して生きなければならない人間ということではないか。
そんな生き物、いない方がいいに決まっている……!
「…………。はっ! あ、あまりのわけわからなさに意識が飛んでた!」
「し、しっかりしてください、ミゲルさん! コニッシュさん、なんでそんなこと言うんですか! あなたは俺の命の恩人だ、そんなこと言わないでください!」
「……で、ですが……私の左眼は魔眼で……人を魅了して、言いなりにさせるんです。それが闇の聖霊神が私に与えた加護なのです。私はそれを、望みません」
「そ、そんな……でも……」
立ち上がったシンさんが、目の前に来てしゃがみ込む。
あなたを助けたのだって、ただの偶然。
招き人は大切にされて然るべき。
でも、私はそうではない。
私のような災いはいなくなった方がいいに決まっている。
この国では大切にされるべき『神子』とやらに、なりえる存在なのかもしれないけれど……今のミゲルさんが私の【魅了の魔眼】に魅了されていない確証もない。
そのためにこの国全体に迷惑をかけることになったら?
考え過ぎかも知れないけれど、私には前科がある。
自分の加護を過小評価して、レイヴォル王国から追い出されたのだ。
私は生きていない方がいいに決まっている。
できれば痛みもなく楽に死にたいけれど……人を騙して苦しめてしまった私は苦しんで死ぬべきなんだろう。
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