第6話 この世界 2


 ——この世界『フェスティ・レイヴォ』は聖霊神王により創造されたという。

 聖霊神王は光、闇、水、風、土、火の六聖霊神に分かれて、世界を見守ることにした。

 命が生まれ、種が増えると種同士は生存を賭けて争い合うようになり、人間は知恵を、魔物は力を特化していった。

 ここまではレイヴォル王国で教わったのと同じ。

 しかし、知恵をつけすぎた人間の一部は魔物と交じり合い、その強靭な肉体を我が物としようとしたらしい。

 そうして生まれたのが混血の魔族。


「魔族は最初人間からも魔物からも嫌われていてね。でも知恵がある分魔物より強くなり、体も頑丈で魔力量も多かったから魔物より強かった」

「ハ、ハイブリッド……」

「はいぶ……?」

「え、えーと、いいとこ取り、って意味です」

「ふむ、異世界の言葉か。……そうだね、それが適切だな。……まあ、そういう存在だから、すぐに人間が魔族を使役することに反感を覚え、離反したんだよ。魔族は一気に勢力を強め、知恵を持った弱い魔物を取り込みつつ人間と戦争を始めた。自らの種を守るための聖戦と言われているが、戦争は戦争だ。美しいものなどではない」


 ごくり、と私とシンさんは息を呑んだ。

 私はレイヴォル王国で「魔族は魔物が進化したもの」と教わった。

 でも、そうではない。

 手のひらを返した学園の人たちやセリック、妹のエリーリーズ、両親を思い出すと、ミゲル様の話の方に信憑性を感じてしまう。

 昔話なんてどこからどこまで本当か、わからないのに……。


「で、まあ、さっきの話に繋がる」

「すごい、ファンタジーな世界ですね」

「ふぁ?」

「あ、いえ……。あの、それで妖魔というのが……」

「そう、それらの聖霊神たちとはまったく出自が異なる。人間や魔族、魔物が争い続けたことで生み出してしまった呪いの神。それが妖霊神だ」


 妖霊神……私の故郷では魔物と魔族の神と言われている。

 でも、実際に妖魔と会って、ミゲル様がそれらと戦ったところを見てしまった今だと……それをここで言うのはいけない気がするわ。

 それにミゲル様の話と私がレイヴォル王国で学んだ話を比較すると、どうしてもレイヴォル王国で伝わるものは人間に都合がよすぎる。

 レイヴォル王国で、その戦いは「人間種を守るための聖戦であり、我らが神、光の聖霊神の助力により魔族は闇の聖霊神ごと封じられた」なんて伝わっているのだから。

 ミゲル様の話は魔族にとってもあまり都合のいい話ではないと思うのに、ミゲル様は堂々と「戦争は美しいものではない」と言い切った。

 その飾らない言葉が、とても強い説得力を生んでいる。

 戦いは美しくない。

 目の当たりにした今なら、その言葉がわかる。

 私にはただただ恐ろしいものだったから。


「妖魔は妖霊神の呪いに囚われた者たち。赤黒い鎖……『妖呪の鎖』というもので身を覆われ、妖霊神と呪いで繋がっている。倒すにはその鎖を砕くしかない」

「た、倒せるんですね」

「ただ、簡単ではない。聖霊神の加護が強い者……たとえば複数の聖霊神に祝福を受けた者や、元素聖霊神と契約している者、光、または闇の聖霊神に直接加護を与えられた者でなければ——……」

「えっ?」


 ぱちり、とミゲル様と視線がかち合う。

 ふんわりと、しかし妖艶に微笑まれて顔から血の気が引くようだった。


「やはりそうか、コニッシュ。君のその左眼は、闇の聖霊神より祝福を受けて得た魔眼だね?」

「……っ」

「とはいえ……【魅了の魔眼】だったか。戦闘に役立つ感じではないんだよなぁ」

「…………」


 すぅー、と背中に薄寒いものが降りてきて、そして次の言葉でホォーっと胸を撫で下ろす。

 そう、私の左眼……【魅了の魔眼】は闇の聖霊神に直接祝福を与えていただいたもの。


「! まさか、それを見抜いて私のことも助けてくださったんですか……?」

「もちろん。この国では闇の聖霊神こそ守護神だ。そんな闇の聖霊神に愛された者を、あのまま捨て置くことなどできないだろう?」

「っ……」


 すごい人だ。

 一目見てわかるものだとは思えないけど……ミゲル様にはわかるんだ?

 それとも魔族だから?

 レイヴォル王国では闇の聖霊神の加護とわかっただけで、国から出て行けと言われたのに。


「まあ、それプラス、君のその魔眼が闇の聖霊神より直接祝福を与えられて得た加護だという点だ。戦闘向きではないとはいえ、光と闇の聖霊神は聖霊神の中でも聖霊神王に近い力だと言われている。元素聖霊より上の人格を持つ神だ。我が国では招き人と同等の地位……神子に当たる」

「みこ?」

「聖霊神の愛し子、という意味だよ。神子と招き人は王に次ぐ地位とされている」

「「え!」」


 私と、そして招き人のシンさんが声を上げた。

 だって、だって!

 王に次ぐ地位!? 嘘でしょ!?


「まっ、待ってください! 招き人って、お、俺っていったい、そんな……! ええっ!?」


 大混乱してらっしゃる!

 いえ、気持ちはとてもよくわかります!

 だって、ここ、魔族の国なのに!


「招き人は異世界から聖霊神が招いた者、あるいは妖霊神が招いた者、と言われている。異界の知識や聖霊神の恩恵が齎されるため、丁重に扱われ王の次に尊い方として敬われるのだよ」

「っ……そ、そんな」

「この国ではね!」


 にこー、と笑って言うミゲル様。

 レ、レイヴォル王国ではどうなんだろう?

 あれ? そういえばレイヴォル王国でも招き人が現れたっていう噂を、聞いたような……。

 いつだったかしら?


「ただ、妖霊神と妖魔たちにとっては招き人は『呪い』増幅器。その血肉は奪い合われ、異界の知識が詰まった頭部は妖霊神に献上されるとか……」

「っっっ」

「本当かどうかはわからなけどねー!」


 安心させるためなのか、最後だけ明るく言ってるけれどシンさん顔色真っ青!


「とはいえ、我々は魔族。シンは人間だ。同族の方がいい、というのなら、彼女とともに人間の国に行ってくれ。……と、言おうと思っていた」

「ミゲルさん……」

「だが、コニッシュの事情を聞くとそれは少し難しそうだ」

「あ……じゃ、じゃあ……私を連れてきたのは……」

「そうだよ。君が闇の聖霊神に直接祝福を与えられた者だったから。そして、招き人が人間の国へ行くことを望んだ時の橋渡し役を期待した。我が国でも人間を未だ嫌う者はいる。それが招き人や神子でも。嫌な思いをさせてしまうかもしれない。それは、我々の本意ではないが……すべての民の心まで偽らせることはできない。悪意とは隠しても漏れるものだからね」

「「…………」」


 私とシンさんは、無意識に視線を合わせていた。

 でも、私はすぐに俯いてしまう。

 私の目は、片目が【魅了の魔眼】だから。

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