第4話 自分のこと 2
「ごくり」
「ゆっくりよく噛んでお食べなはれ」
「は、はい」
ご飯です〜〜〜〜!
お盆に載った大きめの陶器の器。
蓋がついていて、それをジェーンさんが開くとほかぁ……と湯気が立ち上る。
かわいらしい色の小海老と茶色いキノコ、それから白身のお魚?
真っ白な穀物をドロドロになるまで煮込んだ『雑炊』というものらしい。
お、美味しそう〜!
とてもいい香り〜!
「お待ちなされ、先にこちらで体の様子を見なはれ」
「えっ」
と、差し出された茶碗の中には白い液体。
こ、これは?
「これが重湯どす。お粥の煮汁に少々味つけしたものですが、まずはこちらで胃が食べ物を受けつけるかどうか確認してからおす」
「え、えぇ……」
目の前にはこんなに美味しそうなご飯があるのに!
まさかのお預け!?
でも、文句など言える立場ではない。
逆らって食事を取り上げられたら、ものすごくがっかりする未来しか見えない。
「い、いただきます」
木のスプーンで持ち上げたドロっとした重湯。
……口に入れた感想は……。
「…………」
味が、あまり、しない。
ほんの少し塩味がある、か、なぁ?
「病人の方にはこれが一番どす。粥がまだ早いと思う人には、まずこちらで食べ物を受けつけるかどうか確認するどすよ」
「そ、そうなんで——」
すね、と言おうとした途端、腹の底から迫り上がってくるものを感じて思わず口を押さえた。
げほげほ、と胃の中のものを体が吐き出そうとする。
ジェーンさんが背中をさすってくれなければ、絶対に吐いていた。
「げほげほっ、げほっ」
「よいのですよ、ゆっくりで。雑炊は逃げも隠れもいたしません。土鍋で作りましたからしばらくはあたたかいままでしょう。まずはゆっくり、少しずつ」
「…………は、はい」
自分が、こんなに弱っているなんて気づかなかった。
背中をさする小さく優しく肉球の手。
息を整えて、再び重湯に挑む。
喉が驚いている。
胃に入ると、また詰まるように苦しくなった。
「……っ」
「ゆっくり、ゆっくり」
「…………」
こんな風に、誰かに支えられながら食事をしたこと、今まであっただろうか。
使用人に、本来私に与えられるはずの食事を忘れられたことならたくさんあった。
存在感が薄くて、忘れていた、と。
咳き込んでも誰かに背を撫でてもらったことはない。
聖霊神の祝福を受け、加護を与えられてからはみんな親切にしてくれたけれど……あの頃は体も元気で普通に食事できた。
多分、加護を得たことで体が高揚していたのだろう。
その上で、食事を忘れられることがなかったから、食事をちゃんと食べられるようになり体調がよくなったのだ。
なんだ、そんな簡単なことに……私は、今まで気づかなかったのか。
すべてはこの【魅了の魔眼】のおかげで、【魅了の魔眼】のせい。
「…………」
これも、【魅了の魔眼】のおかげなのだろうか?
いや、そもそもミゲル様が私を助ける必要はなかったはずだ。
つまりミゲル様が私を一緒に拾ってきたのも、【魅了の魔眼】があったから、なのかもしれない。
このままでは故郷と同じ目に遭う。
そんなの嫌。
どうしらいいの……!
「あ、あの」
「はい」
「わ、私の左目……聖霊神のご加護で……【魅了の魔眼】になっているんです……だから……」
正直に言おう。
そうすれば、少なくとも誰も私に近づかなくなる。
被害に遭う人が出なくなるはず。
ジェーンさんは「そうなんですか」とさらりと流し、緑の液体の入ったコップを差し出し「お茶はいかがどすか」と聞いてくる。
「え?」
「お水の方が良かったですか」
「い、いえ、そ、そうではなくて……わ、私には【魅了の魔眼】があって……」
「ああ、そんなものはこの国ではありふれとりますわ。人間の国では珍しいんどすか?」
「…………」
あ、ありふれ、ている?
危うく木のスプーンを落っことしそうになってしまった。
ジェーンさんの表情……いや、なに、どういう気持ちの顔、それ。
「わ、私……【魅了の魔眼】でみんなを誑かしたから、危ないから、国から出て死ねと言われたんです……。だから、本当はどこかで、野垂れ死ななければいけなかったのに……」
自分のことを話して、あれ、と思う。
そうだ、私は、生きていてはいけないのだ。
どこかで誰の迷惑にもならないように死ななければいけないのに、どうして私はこんなあたたかな布団の中で食事をもらおうとしているのだろうか。
図々しいにもほどがあるのでは?
「まあ、なにを意味のわからないことをおっしゃっておられますのやら。誑かされるような弱い
「……ぇ」
えええっ!?
あ、相手の、種族のせいにしちゃうの!?
「聖霊神はその者を見極めて、その者に必要な加護を与えるんどす。わっちの加護は【味変】」
「あ、味変……?」
とは?
「わっちもわっちの親も子どもたちも、偏食で食事が美味しくなかったんどす。でもこの加護のおかげで、こうすると、ほら」
「!」
「重湯の味を変えました。食べてごらんなはれ」
「え、あ……」
言われるがままに流されて、あの薄味の重湯を食べてみる。
驚いたことに味がまるで違う。
甘くて、ほんのり酸味がある……これは、ショートケーキ?
「加護スキルゆうもんですよ。コニッシュはんはきっと加護スキルが常時発動しとるんでしょう。でも、それほど強いものではおまへんねぇ。加護と向き合い理解すると、加護の一部をスキルとして使えるようになるんどす。普通の魔法よりも魔力はいりまへんけど、制御する安定した強い精神力が必要どすなぁ」
「か、加護、スキル……そんなものが……」
「その加護は、コニッシュはんの命を守るために与えられたもんどす。蔑ろにしたらあきまへん」
「…………」
俯いてしまった。
その通りだと思うから。
実際とても助けてもらったのだもの、私は、この【魅了の魔眼】に。
この加護を与えられてから、私は薄い存在感でも認識してもらえるようになった。
認識されるようになれば、毎食ご飯を運んでもらえるようになり、ご飯を毎食ちゃんと食べたら、どんどんベッドから出歩けるようになる。
私は外に出れば色々な人に話しかけてもらえるようになり、それは健康にも繋がった。
このスキルは、私の命を繋いでくれたものだ。
使いこなせれば、他人の迷惑にかからない人間に、なれるのでは?
「見たところコニッシュはんは闇聖霊神様と相性がよい様子」
「は、はい。聖殿でもそのように言われました……」
「人間の国は光聖霊神様の土地ですから、体にも影響があったんと違いますか?」
「は、はい。生まれつき体が弱くて……影も薄くて……その、伯爵霊嬢と、亡霊みたいな令嬢と言われてきました。実際すごく、空気みたいに思われてたみたいで……」
「光が強すぎて影になってたんでっしゃろうなぁ。ご苦労されたんでしょう。この国ではそんなこともありませんよ」
「!」
やっぱり土地柄、だったのか。
私の存在感が認識されづらかったり、体が弱かったのは……。
「私……これからどうしたら……」
「どうしたいんどすか?」
「わ、わかりません。……でも家にはもう、帰れませんし……」
「ほなら、この国で働いてみたらいかがどすか。幸いお屋敷の方は寿退職が続いておりましてなぁ、今お手伝いさんを募集しとりますのよ」
「!」
「もちろんミゲル様にご相談は必要です。あの方がコニッシュはんのこの国での後ろ盾……身元保証人のような方。今のお話をミゲル様にもなさって、それから相談して決めるとよいかと思いますわ」
この国で働く。
この国で……。
考えもしなかった。
この国で、性奴隷のように扱われると思っていたのに。
でもジェーンさん、ものすごく良識的だし……私の認識がおかしかったのかも。
「あ、あの」
「はい」
「…………この国で人間は、性奴隷みたいにされる、とかじゃ、ない、んです、か」
どんどん声が小さくなる。
でも、やはり確認はしなくては。
働くってそっちの意味かもしれないしー!
「はあ? いつの時代の話ですか。確かに国交断絶して五百年くらい経ちますから、人間の国の認識はわっちらの側も色々昔のままかもしれまへんけども……そんなことありえまへんよ」
「……っ」
「自分の目で確かめてみると、よろしおす。けど」
「?」
けど?
顔を上げるとやはりなにを考えているかわからない顔。
そしてジェーンさんの顔って、ずっと見てるとなぜかどんどんかわいらしく見えてくる。
潰れてくしゃっとなった顔、かわいい。
「まずはご飯どす」
「は、はい! い、いただきますっ」
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