第3話 自分のこと 1


 犬の魔人も、不思議な服装。

 そして、ちょま、ちょまっと歩く姿がなんだか、可愛く見える。

 案内されたのは中庭を挟んだ反対側の部屋。

 草のような香りがして、なんだか落ち着く。


「改めまして」

「は、はい」

「わっちはジェーンと申します。お名前をお伺いしてもよろしおすか?」

「ぉ……、……あ、コ、コニッシュと、申します」

「コニッシュはんですね。まずはお着替えください。ミゲル様の言う通り、ちょっと休まれた方がよろしおす。お顔の色が、よろしくありまへん」

「…………」


 独特な訛り。

 口調だなぁ……。

 それと、顔色、悪いのかな?

 自分ではよくわからず、頰に触れてみる。

 思っていた以上にひんやり冷たくてびっくりして手を離す。


「本当は温泉でも入ってからゆっくりなすった方が、よろしんでしょうが……今にも倒れそうなお顔されとりますからね。まずは横になって。お医者様をお呼びしますんで、体調を整えてくださいまし。人間はか弱いから、土地の守護聖霊神様が合わないと寝込みがちになります」

「あ……」


 それは、思い切り心当たりがあった。

 私はこれまで、ずっとそうだったから。

 でも、左目に聖霊神の加護を与えられてからはそうでもなくなった。

 だからみんな、私も最初の頃は……この左目の加護を体調を整えてくれる加護だと思っていたのだ。

 しかし、そうではなかった。

 この左目は他者の心を少しずつ、違和感を与えることなく奪う魔眼。

 加護を得て以降、寝たきりからは少しずつ回復したので、真顔には体調を整えてくれる効果もあったのかもしれないけど……。


「わ、わかりました……」

「お食事は食べられそうですか?」

「え、食事……」


 食事、と聞いて……私はここ数日のことを思い出す。

 王子のパーティーが五日前。

 逃げ帰るというか、追い返されるように家に帰ったけれど、そのまま荷物をまとめさせられて日が昇ってすぐ追い出されたのが四日前の朝。

 それから道もわからずただただ彷徨い、記憶が薄い。

 食事を最後にしたのは、いつだったかしら。


 ぐうううううううううううぅ。


「!」

「ぁ……」


 そうだ。

 私はお腹が減っている。

 四日、食べていない。

 川で水を飲んでたり、木になっていた果実——すごくすっぱかったり苦くて全部食べられなかった——は食べたけど。


「ふぁ……」

「え! ちょ、ちょっとぉ!?」


 食欲がなくて食べないことはよくあった。

 けれど、四日もまともに食べないのはさすがに初めて。

 一日一食以下。

 そんな生活、したことない。

 暑さで生き倒れなかったのも奇跡だと思う。

 思い出したら急に体中から力が抜ける。

 目の前が歪み、意識がぶつりと途切れた。



 ***



 ……あれ?


「……うっ……頭が痛い……。ここは……?」


 木目の天井と、優しい草の香りに満ちた部屋。

 それに、太陽の匂いがするベッド……ベッド……? いや、これはベッドじゃない。

 床に敷かれたマットレス?

 枕は床と同じ素材、かしら?

 手触りが布の枕と全然違う……でも、すごくいい匂いで気持ちがいい。

 思わず撫で撫でとそのさらさら感触を楽しむが、そもそもこれはいったいなに?

 ここはいったい、どこ?


「起きはりましたか?」

「はゃあ!」


 変な声が出てしまった。

 隣でジェーンさんが桶から濡れタオルを絞っていたのだ。


「体拭きますよ。起き上がれますか」

「は、はい」


 そういえば四日も食べてない上、四日もお風呂に入っていない。

 野宿なんて慣れていないから、あまり眠れていなかったし。


「わ、私気絶してたんですか? どのくらい寝ていたんでしょうか?」

「半日程度でっしゃろか。今は夜です」

「は、はわわ……」

「この国は今から『朝』どすから、屋敷の中が賑やかになります。びっくりするかもしれまへんけど、あんまり驚かんと。お食事できそうなんでしたら、重湯を持ってきますよ」

「お、おもゆ?」


 聞いたことのない食べ物。

 でも、四日食べてないのを思い出してひもじさで涙が出てきた。

 食べられるものなら、なんでもいい。


「い、いただけるのなら……なんでも」

「そうですか。そんでは持ってきますんで、体は自分で拭きますか? わっちが拭きますか?」

「じ、自分で拭きますっ」

「かしこまりました」


 頭を下げて、部屋から出ていくジェーンさん。

 それにしても、確かにバタバタと足音が増えた気がする。

 この国は、今から『朝』……?

 昼夜が逆転しているということなのだろうか。


「あ、そうだ……体……」


 桶にかけてあるタオルを手に取る。

 あたたかい。

 ぬるま湯が入っているのだ。

 服を脱いで、体を拭く。

 それだけのことがすごく気持ちいい〜!


「それにしても、不思議な服……」


 レイヴォル王国ではボタンで留める服ばかりだけど、この国の服は左右を前で合わせてリボンのような紐で固定するようだ。

 文化がこんなに違うなんて、思いもよらなかったな。

 魔族の国は文明レベルが著しく低く、野蛮で暴力的で、人間が立ち入ったらひと月と持たず殺されたり死んだりする。

 そんな風に、ずっと言われてきた。

 私もそれを信じていたけど……。

 ゆらゆらと揺れる蝋燭は、紙で巻かれてそれが反射板のような役割を果たしているらしい。

 シャンデリアのようにあまり明るいわけではないけれど、なぜか目が逸らせないほど落ち着く。

 これが「趣き」というものなのかしら?


「お待たせしました。開けてよろしおすか」

「はあっ! あ、は、はい、あ、や、やっぱり待ってください……あれ、ど、どうやって着たらいいの……」


 ジェーンさんの声に慌てて服を着直そうとしたけれど、そもそもどうやってきてたのかわからない!

 多分これを、こうして、紐でとめ、あれ?


「お手伝いしますか」

「…………。……お、お願いします」


 一巡したが、諦めた。

 ジェーンさんに「着物はこう着るどすぇ」と、服の着方を教わりながら着直す。

 これは着物。

 この国は角のある種もいるので、レイヴォル王国のような服装は向いていない。

 だからどんな体格にもある程度応用の利く「着物」が主流なのだそうだ。

 私が今着ているのは「寝間着」。

 普段着は「着物」や「浴衣」など。

 とりあえず今日は寝間着の着方だけ覚えなさい、と着方を簡単に教えてもらった。

 そしていよいよ——。

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