第2話 魔族の国


 私が連れていかれたのは、町の中心にある大きな城——ではなく、その横にあった大きなお屋敷。

 私が暮らしてきたレイヴォル王国とはなにもかもが違った。

 まず、鉄ではなく木の門がある。

 なんと鉄格子の扉ではなく、城門のようながっちりとした木の扉。

 その脇に小さな扉があり、そちらで出入りするらしい。

 小さな方の木の扉も十分人が出入りできる大きさなのだけど、じゃあ、あの大きい方の扉はなんのためにあるのだろう?

 わからない。

 招き人を肩に担いだままのその人は、私のことも門の内側に入れてくれた。

 石を輪切りにしたような不思議な石畳があり、見たこともない植物が雑破に植っている庭を通る。

 庭も不思議だ。

 だって小さいけど川が流れている。

 庭に川が流れているなんて、不思議としか言いようがない。

 それに、あんなに色々な種類の植物が雑に植っているのにそれを美しいと感じる。

 左右対称が美しいと言われる我が国とはまるで違う庭なのに。

 なんだか懐かしい。

 変ね、初めて来た場所なのに。


「靴を脱いで入るんだよ」

「!」


 ミゲルさん、という魔人は玄関でそう言ってブーツを脱ぐ。

 靴は、私も見たことがあるタイプのものだ。

 けれど、建物の様式はまるで違う。

 木と、一部が石で作られている。

 実家のお屋敷や城はベースが石や鉄。

 でもこの建物は、ベースが木材のようだ。

 木目の床や壁が剥き出しで、壁紙などもない。

 でも不思議と温かみがある。

 私も言われた通り靴を脱ぎ、屋敷に上がると床でヒヤリとした。

 スリッパもないらしくて、そのまま前を歩くミゲルさんについていく。


「…………」


 不思議な場所だ、本当に。

 今気づいたけれど、体がつらくない。

 ひんやり涼しくて、それに体が土地魔力に影響を受けないようだ。

 私の守護聖霊神は闇属性……そうか、この土地の守護聖霊神が闇属性なんだわ。

 だから私の体と相性がいいんだ。

 なんてこと……!

 こんな簡単なことに、今まで気づかなかったなんて!

 で、でも、それが分かったところでどうだというのかしら。

 私は魔人の国できっと孕み袋として扱われて、多くの魔人の母になるんだわ。

 これから服を剥かれて、すごい格好とかされて、父の書斎にあった本のようなとんでもない目に……!


「おかえりなさいませ、ミゲル様」

「ただいま。兄に土産があるから時間を作れと伝えておいてくれ。それと、あの娘にジェーンをつけてやって。人間の女の子みたいなんだけど、どうしてあそこにいたのか事情を聞いてやってほしい」

「かしこまりました。では、ええと……」

「あ、コ、コニッシュ・ス……コニッシュと申します」


 いけない、私はもうスウ家を出されたのだ。

 スウの家名を名乗ることはできない……。

 ミゲルさんに話しかけた女性は、鱗に覆われた肌と薄い唇から二股に分かれた細長い舌をちろちろとさせていた。

 多分、蛇の魔人……。


「んっ……」

「おや、招き人が起きたかな?」

「? ……? こ、こは……わっ!」

「目が覚めたのなら……ふむ……一緒に事情を聞いた方がいいか。プリン、部屋を用意してくれ」

「かしこまりました。ジェーンはいかがしますか」

「同席させて構わない」

「かしこまりました」


 そう言って、蛇の魔人さんは頭を下げて廊下の奥へと消えていく。

 蛇の魔人が着ていた服も不思議。

 ドレスのように長いけれど、体がまるで寸胴に見える。

 袖がとても長く、ふりふりしていた。

 でも、背中に見えた太めの腰紐らしいものは素晴らしい柄だ。

 とても細かく刺繍されていたのだろうか?

 あんな柄は初めて見た。

 私も刺繍は嗜むけれど、あんなに細かく繊細で彩りの鮮やかな作品は見たことがない。

 あんなにすごい腰紐を巻いている人が、ミゲルさんに頭を下げているのだから……やはり王弟というのは本当なのだろう。

 ミゲルさんは目を覚ました招き人を「立てる?」と確認してから床に下ろす。

 招き人はよろりとしながらも床に立つ。

 黒い髪に黒い瞳。

 肌もどこか黄色みがかっている。

 黒い服と黒いズボン。

 あどけなさの残る顔立ち。


「…………」


 これが、異世界からの招き人。

 聖霊神と妖霊神の同意と合意でこの世界に招かれる異世界人。

 私の国とも、魔人の国の人とも違う。


「まずは自己紹介しよう。僕はミゲル。そしてこちらは……」

「コ、コニッシュといいます」

「君を助けてくれた人だよ」

「え」

「っ」


 私のことをそんな風に招き人へ紹介するミゲルさん。

 驚いて見上げた。

 だって、そんなことを言ったら私はこの招き人の“恩人”になってしまうのでは?

 私は川から流れてきたこの人を、岸に寄せただけ。

 しかも川から上げてやることもできなかった非力な小娘だ。


「そ、そんなこと……よ、妖魔に襲われたところを助けてくださったのは、み、ミゲルさ、ま、ですから……」


 危うく「ミゲルさん」なんて気安く呼んでしまうところだった。

 いけない、この人は王弟らしい。

 馴れ馴れしくしたら、不敬罪で即刻処刑になるかもしれない。

 あれ? その方が楽に死ねていいの、かな?


「……ようま……? ……、……あ、あの……こ、ここは一体……?」


 招き人を見ると、とても顔色がよくない。

 今にも倒れてしまいそう。

 それを察してか、ミゲル様が彼の背に手を回して「まずは君、休んだ方がいいね」と廊下の奥を指さす。

 そのまま招き人の背中を支えながら、一室に案内すると通りすがった猫の魔人に布団を敷くように指示を出して同じ部屋の紙の扉を開くと服を取り出してきた。


「濡れているし、先に風呂に入った方がいいのかな? けれど顔色も悪いし、寝た方がよさそうだ。あとでお湯とタオルを持って来させるから、まずは着替えて休むといい。コニッシュは別室までおいで。男の子の着替えなど、女の子が見るものじゃないしね」

「はっ! はい!」


 そ、それもそうですね!

 慌てて頭を下げて廊下に出る。

 なにしれっと部屋までついていっているの、私!

 紙の扉が閉まり、中からミゲル様の声がした。

 招き人に、なにか説明しているような口調だ。

 聞いていると部屋の使い方みたい。


「お待たせしたちまちた、ミゲル様。ジェーン、参りました」

「!」


 廊下の奥から二足歩行の犬の魔人が現れた。

 とても小さな、私の膝丈くらいの魔人だ。

 その子は紙の扉の奥にいるミゲル様に話しかける。

 その名前は、確か……。


「ジェーン、ちょうど良かった。廊下に白い髪の女の子がいただろう?」

「はい」


 ちらりと見上げられる。

 お鼻の潰れたような顔の犬の魔人……なんだか、少し怖い。


「彼女の世話を頼むよ。二人とも疲労の色が濃い。まずは休ませて、それから事情を整理した方がいいだろう。文句を言う者がいたら僕の名前を出して構わない」

「よろしいのですか」

「ああ」

「かしこまりました」


 そう言って、頭を下げる犬の魔人。

 私の方を振り返ると、私に対しても頭を下げた。


「ジェーンと申します。ただいまより、ミゲル様の命によりお世話をさせて頂きます」

「あ、え、あっ、あ、あの、あの……わ、私、その……」

「彼女は招き人の恩人だ、丁重に扱うようにね」

「かしこまりました」

「え、あっいや、そ、そんな、わ、私、あの……!」

「では、こちらへどうぞ」

「…………っ、……はい……」

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