第六章 果ての終ての涯のその先

「ここは…?」

サンクトゥスたちに連れられて、アルドたちが着いたのは村にある水の枯れた井戸。

「…ここから行く?」

アルドにはほぼ始まりの場所に近い。

「そう。ジャブダルは流れる水が繋がる処なら何処へでもいける。」

アルドの事情をジャブダルたちが知るはずはない。

「この井戸の底にはまだ流れる水があるの。そしてこの水は繋がってる。」

「空を割っていくより確かな道なんだ。」

あ、そうだ、とサンクトゥスが一人綾取りの仕草で、珠をひとつ練り上げて、大きい2つと小さな1つに分けた。

「これでアルドたちもジャブダルのちからが使える。さ、呑み込んで。」

分けられた珠は、意外にどこにも詰まらずに、するりと腑に落ちた。ヴァルヲは少し手こずってたが。

「キリエと合流するぞ。」

サンクトゥスを先頭に子供たちが次々続く。宙に浮かぶ見えない水溜まりに、ちゃぽんちゃぽんと飛び込んでいくような。

「さ、大丈夫やってみて、できるから。」後ろからグローリアが促す。

しかし、なかなかハードルが高い。全く何もない空間にしか見えないのだから。

ちゃぽん。最初に難なくこなしたのはヴァルヲ。

えいやっと踏ん切るアルド。せっつかれて、ようようダルニス。

「鴇、今いくわね。」

グローリアが最後に飛び込んだ。

鴇からの返事はまだこない。


「ほんと、可愛いなあ。この子。」

汚泥の縄は緩やかだけど確実に鴇の身体を這い伝い、廻り伸ばして、とうとう口まで塞いでしまったから、鴇はもう声も出せない。

「…鴇を放せよっ!」

「何べんも言うけどね、私がしてるんじゃないんだよ。」

「じゃあ、じゃあ、俺を縛れよっ!」

クレヴィットに構わず、謀る者は顔を大きく逸らし、変わる気配を嗅いだ。

「凄いな。もう嗅ぎ付けてきたよ。大したモンだ、」

「…何の話してる?」

「まるで犬だね。ドーベルマンだな。バリケードが要るね。しっかりたくさん張らなくちゃ。…君とはゆっくり話したいから。」

さ、改めて先を急ごうと、謀る者の眼がまた鈍く光る。

「急がないとね、お迎えが来てるんだよ。君のね可愛いその子を取り戻そう、てね。」

どきり。クレヴィットは狼狽えた。鴇を迎えに…?。さっきの弓矢のやつかな。

「そう。追ってきたお迎えに返したらさ、この子は安全だよね。」

そうだ。そのとおりだ。

「取り戻してこの可愛いオツムから君のことを丸ごと消すんだよね。二度と君なんか思い出さないように。それぐらい出来るだろうし、その方がこの子はずっと幸せなんだし。」

…そうだ。そのとおりだ。

「そうさ。汚ないなりそこないなんて、覚えていいことなぞ何もない。現に関わったから、ほらこんなイヤな目に逢ってる。君にさえ会わなかったら、この子はしあわせだったよね。」

………。

そうだ、何もかもそのとおりだ……。何もかも…。

その時鴇が呻き声を漏らした。鴇の腹部がみるみる赤黒く腫れ上がっていく、激しく殴られた時のように。

「おまえっ!鴇に何をしたっ!」

「あ、私じゃないよ。…君がしたんだよ、ぼうや。」

なんだって……?

「いま、君、悲しかっただろ?」

なんだって……?

「この子はね、君のね、悲しみや苦しみに共感してしまうのさ。そして痛みとして自分に取り込んでしまうんだ。これ、ジャブダルの朱の子の特性なんだけどね、」

なに?なにをいってる…?

「君が、悲しめば、苦しめば、ね、それがさ 全部この子を襲うんだ。痛みとして ね。」

なにをいってる?こいつはなにをいってる……?

「だからね、この子を傷つけて苦しめるのは、君なんだよ。ぼうや。」

ガクりと膝から崩れたクレヴィット、しかし、その喉がすぐに大きく開く。

「鴇っ!鴇っ!俺、ぜんっぜん悲しくなんかないからっ!苦しくもないからっ!聞くな!聴くな!きくなっ!」

振り絞られるその声は彼の血潮そのものだったんだろう。

「ウソツキだね、ぼうやは。」

え…?

その結果はすぐ目前に表れた。

身体の中から殴られてるかのように、ぼこぼこと内から不揃いに脹れ上がり、赤黒くみるみるあちこち歪み腫れ上がる鴇の姿。

眼を見開くしかできないクレヴィット。

「ウソはよくないよ。すぐばれるからね。」

クレヴィットは崩れ折れていた。けれどその眼は鴇の姿から離せない。

「……おれに、何ができる、って…。」

眼を見開いたまま、クレヴィットは呟く。

「あ、おとなになる気になったかい」

クレヴィットは動かない。

「まず、吟ってくれないか。君の同胞たちに集まってもらいたいんだ。たくさん、ね。」

操られるからくりのようにクレヴィットの唇が動く。

Mmm …uu…o o o …

ごふり。

塞ぐ汚泥の縄を越えて、鴇の口元から、赤黒い塊持つ紫色の液体が吐き出された。こぽ。

U……mm…f……O oo o…

虚ろな世界にアニュスディの唄が、漂い送られ流れていく。


「どこまで続くんだ~」

かなりのスピードで廻り続ける横たわるトルネードのなか、早々にアルドが音を上げる。暗くはないが、やたらと白いだけでなにも見えない。遠くから応えてくれたのは、どうやらヴァルヲのようだけど、ヴァルヲの姿はわからない。

ぴちゃん。

雫の音がひとつ。

着いた、らしい。

「ここは…、」

アルドはここを知っている、たぶんヴァルヲも知っている。

「ここは、部屋か…?」

「また違う世界なのね。」

ジャブダルたちが知らなくて当たり前。グローリア、ここはヒトたちが作って使ったモノのひとつ、ホテルというんだ。この世界は殺されたはずなのだけど、今またここにある。

「キリエを捜そう。」

ドアを開けて部屋を出る。

ぴちゃん。蛇口の音がまた一度だけ響いた。

コンクリートと金属片と。

人の気配はもうどこにもない。

からくりの音ももうしない。

「なんとも奇妙な処だな、」

不審げなダルニス。

そうかダルニスにも初めての場所だった。どう言えばいい?

この街がなぜまた現れているのか。エイミも現れているのだろうか…?

次々沸きだすもやもやを、アルドは整理すらできなくて、結局黙ったままだった。

ただひとつ感じ取れたことは、鴇たちは誰かにここに連れてこられた、ということ。誰か。それは誰だ?

「サンクトゥス…、この先。」グローリアの不安。

「うん。」向き合い呑み込むサンクトゥス。

何も感じないか?

「え?」

そう聞かれたのは、アルドとダルニス。

「そうか、ヒトは気が付かないか。それも問題の根元だったのかもな。」

「…ジャブダルにはすごく良くない。」

「うん、これは解毒剤がいる。」早速サンクトゥスの手が動いてる。

「…何か、良くないの?」

不思議がるアルドたちに、

少し強ばった顔のサンクトゥスが答える。

「バルオキーの村でも薄く感じたが、ここのは更に悪い。悪い方向に練られ研ぎ澄まされてしまったらしい。」

「…これだわ。」

グローリアが立ち止まった、その先に聳えてるそれはゼノ・プリズマ。

自然な命と作り物のイノチが消え果てた街に唯一残されたもの。

「…なんかアタマイタイ…」子供たちが萎れていく。

「グローリア。これを。」

パシパシっと抽出したカプセルを投げるサンクトゥス。ひとつずつに息吹きを与えながら子供たちに投与するグローリア。

子供たちが息を吹き返す。

「…そんなに良くないものなのか、」

「うん。これは理(ことわり)を壊すことで存在する。だからこれが存在してる間中、理が壊され続けるままだから、周囲は歪み毒が産まれ垂れ流れ続ける。このままなら、やがて生き物という生き物をみな滅ぼすだろうな。」

そうなのか?…それがプリズマ?

「急ごう。キリエだってそうそうタダゴトではいられないはずだ。」

「ましてや鴇たちには…。」

だれもいない路上を走る、走る、走る。

開いたままのトビラ、動かないエレベーター、

「どこだ?キリエ!」

「鴇!鴇!」

U…mm…f……o oo o …

聴こえてきたのは、アニュスデイの唄。

「吟ってる!」

上だ!急げ!近くにいるはず。捜すんだ!

そのとき宙から金物の塊たちが滝のように降りそそいだ。そして、がしゃりがしゃりと鉄屑が近づく。

「なんだ?こいつら!」

つんざく雄叫びは金属のすり合う音そのもの。

けれどどう見ても、こいつらは壊れている。闘い破れれて割れて折れた残骸だ。それでも、それでもまだ、襲ってこようとし続ける。

「かかってくるか?」

アルドとダルニスが、前に飛び出し身構える。

金属の雄叫び。ぎしぎし唸る狂った歯車と切り裂くためだけの破片の牙が、渇望した餌食を見定める。

壊れた金属片の塊たちはジャブダルたちには目もくれず、アルドとダルニスに一斉に襲いかかった。

激しい衝撃音と弾ける金属音。唸り響く空気。

壊れた金物の総攻撃を弾いたのは、アルドの剣とダルニスの矢と、そしてもうひとつ。

それはもはや一陣の閃光。

撓り、うねり、長さも自在に変化させる棒術。

その技は、ほぼ一瞬で狂った金物たちを元の動けない産廃棄物に戻した。

そしてその使い手。

「キリエ!キリエ、キリエ、キリエ!」

薄墨のネズたちがまるで悲鳴のように歓喜の叫びを上げる。

「やっと合流できたな。」

深く黒く耀くしなやかで聳えるような高さの駆体。ジャブダルのキリエ。

「キリエ!」

サンクトゥスが解毒の珠をグローリアにパスし、グローリアが息吹きと供にキリエにトスする。

「お、有り難い。」

「鴇たちは?」

「この奥なんだがな。」

棒をクルリと回しながらキリエが告げる。

「…邪魔があるんだ。」

「そうね。気配でわかるわ。」

「それも、あれだな。…何かを意図する、全くの邪魔者。」

サンクトゥスがぼやく。

「そう、そいつがかなり事態を面倒くさくしてくれた。」

キリエも肯定する。

「…とにかく早く行きましょう?鴇が心配だわ。」

グローリアの予感は正しい。キリエがアルドとダルニスを見留めた。

「巻き込んで全く申し訳ない。が、助太刀は本当に助かる。礼を言わせて貰う。」

「お礼は俺らの働きっぷりを確認してくれてからでいいよ。キリエ。」

「そう、俺達はかなり使えるんだ。」

アルドはともかくダルニスは、決して小さい方じゃない。それでもキリエと話すときは少し見上げる格好になる。確かに「キリエが一番大きい」。

U…mm…f…

また、唄が聞こえてくる。

「鴇から交信!」グローリアの声が飛ぶ。

U…ケテ、…o o o …ィットヲ…mm…タス……テ

「走るぞ!」

しかし、がしゃりがしゃりと案の定、行く手を塞ぐ産業廃棄物が続々と。加えて

ブクブク濁る泡と重なるなりそこないたち。

「やれやれ。サンクトゥス!」

キリエは左の手のひらをサンクトゥスに向けて言う。

「私の力をネズたちに。」

「いい考えだ。大賛成。」

最速で見事な珠をしつらえたサンクトゥス、さらに素早く3つに分ける。

「さあっ、スッゴいのがいくぞ。用意はいいかな?」

薄墨の3人はワクワクをはるかに通り越してしまったらしく、もう思いきり眼と口を開けて待機してる。

「F~~llllliiiicccccck!!!」

「Wellwellwell--- -- !!!」

「Beeeeeoooowww➰!」

「ああ、絶好調らしいな。」うんうんと満足げなサンクトゥス。

キリエが告げる。

「さあ、先に行ってくれ、サンクトゥス、グローリア。鴇ともうひとりを頼む。」

「もちろん。白群、いくよっ!」

「了解ですっ!」

「ネズたち、サンクトゥスの指示に従い皆を守り鴇を救え。出来るな?」

「いぇっっさーあぁー!」

サンクトゥスたちはぐるぐる高速回転する3重の弾丸に守られて、金属片となりそこないの団塊を、踏みつけ飛び越えて先行していった。

「気を付けて!」

振り向きざまにグローリアが言い残していった。


「で、俺達だな。」

「そう。悪いな、付き合ってくれ。」

「そのために来たんだよ。」

金属片となりそこないはどんどん増えていき、空間いっぱいぎちぎちと、積み重なり溢れだして来てる。

「凄い混んでるな。」

「そうだなあ。まず矢は確実に足らない、かな。」

「行こうぜ。」

キリエがクルクルと棒を回しながら言う。

「これはあれだろ?君らの世界の、無双ってやつだ。なっ。」

「ああ!武者が奮う、だ。」

「おーい、ヴァルヲ。悪いが矢を拾って回ってくれ。」

キリエが構えた。

「さあ、お前たち。お前たちの在るべき処に収まれ。」

金物の軋みと獣の咆哮が交ざりあい、空を奮わせ轟く。雷鳴のようでもあり、神々の宴のようでもあった。








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