第五章 ぼうや。おとなにならないか。 

「何が起きた…。」

「鴇は何処へいったの。」

一同は言葉も無く、湿り気帯びる風に晒されるまま。

「まさかヴァルヲ、空を開いた?」アルドの小声に物凄い勢いで尻尾ならぬ首を振るヴァルヲ。

「だよなあ。」

「…すまん、アルド。なあ、少し説明してくれないか?」

ダルニスが申し訳無さげに繰り返す。

「鴇はどうしたの。」「どうなったの」ジャブダルのこたちが泣きそうだ。まだまだ幼げなこたちなんだ。

「いっぺん村に帰ろう。」アルドが提案する。

「ダルニス、この子達は例の唄声を追ってやって来たジャブダルの子たちなんだ。村長にも話してある。」

「そうか。村長が承知か。…ならば、やはり一度引き揚げよう。」

ダルニスは改めて弓矢を納めながら、誰に言うでもなく呟いた。

「…かすり傷ひとつ、付けてはいないぞ。消えたあの子達のどちらにも。」

もちろんそれもわかってる。

「…ああ、死屍累々だなあ。」

村に向けて戻り始めたダルニスの瞳は、魔物の肉片となりそこないの痕ガラとで埋め尽くされた湿地を映す。

「かなり激しい戦闘だったみたいだな。」

アルドも頷く。

「あの子達、見た目には、ひどい傷は負って無さげだったけどな…。」

鴇たちが消えた彼方を見やり、口ごもるダルニス。二人の安否が気になって仕方がない。ダルニスの背後から澄んだ声が降り注いだ。

「はてさて。闘ったのか、隠れてたのか。」

「どちらにせよ、思ってた以上に頑張ったようね。」

振り向いたアルドとダルニスは仰天した。

天高く輝く届かぬ碧き星の如き完璧な光の使徒と、地上天上の豊かさの全てを包みこんだ艶やかな濃い朱の女神。このふたりが並びたって、しかも自分等に微笑んで見せてる。

アルドとダルニスと、そしてヴァルヲも、声すらでない。これは只事ではない。

「サンクトゥス!」

「グローリア!」

叫び駆け寄るのはジャブダルのこたち。

「ほいっ、見ぃつけたっ。捜したよ。」

「どう?みんな怪我してない?大丈夫?」

「…ごめんなさい、サンクトゥス」「ごめんなさい、グローリア」「黙って出てきてごめんなさい、」

家出娘たちが一斉にしょんぼりする。

「…キリエは?」「キリエは?」「…」

不安げな薄墨たち。

「キリエは鴇たちを追いかけてった。」答えたのはサンクトゥス。

「…キリエ怒ってる?」

「怒ってない。だれも怒ってないよ。」微笑むのはグローリア。

「こどもたちが世話になった。心より感謝する。私はジャブダルのサンクトゥス。」

「言葉では言い尽くせません。私はジャブダルのグローリア。」

言葉も出ない、はむしろアルドとダルニスの方だけどなんとか挨拶は交わせた。

「世話になってばかりで厚かましいのは重々承知だけど、どこか居場所を貸してもらえないか。」

「こどもたちを連れて戻ればいいとだけ思って来たけれど、事態はかなり違っているよう。」

「少し態勢を立て直したいんだ。」

サンクトゥスとグローリアのその判断も申し出も最もだ。

そして、アルドとダルニスの取った行動はひとつ。

みんなで村に帰る、これだった。


生き物の匂いがまるでしない、堅く暗く冷たい通路。

投げ棄てられるように宙から落とされた二人。

「…、鴇、大丈夫?」

投げ堕とされる直前、素早く鴇を庇って下になったクレヴィットがぴょこんと立ち上がる。

「クレヴィット、足…」

「平気。捻ってもいないよ。」ぴょんぴょんしてみせるクレヴィットに構わす、鴇は手当を始める。

「…ごめんね。」 

済まなさそうなクレヴィット。

「こっちこそ、ごめんね、だよ。」「ありがと。」

そのとき

「やあ。君たちは仲良しだね。」

「…誰だ!お前は。」

煙りか闇か、不確かに蠢く暗い影。そこから現れる謀る者、ひとり。

「…本物のジャブダルのなりそこないだ。実は見るのは初めてでね。」

「誰なんだ?」

知らずクレヴィットは一歩前に出る。後の鴇をしっかり隠すように。

影から出たものは答えない。自分で勝手に話してる。

「ああ、やはりジャブダルの女の子は綺麗だね。もっともこの子は随分小さくて風変わりな感じはあるけど。…色が薄い、のかな?」

折角クレヴィットが、背に隠したはずの鴇の身体がふわりと浮いた。

汚泥の粉塵のような煙が、ねとりねとりと鴇の手足にまとわりついて、宙に持ち上げていく。

「…やめて!」

「何する!鴇を放せ!」

「ああ申し訳無いが、私は何もしていないんだ。」

「なんだって…?」

「私はただの思念でしかなくってね。残留思念てやつさ。実際何も出来ないし、していない。力は何一つ無くてね、」

「…やめて!離して!」

汚泥に捕らわれる鴇が宙でもがいてる。

「私にナニカサレテルように勝手に思ってしまう。それだけなんだよ。私の能力はそれだけだ。私にサレテルヨウニ思ってしまって有りもしない実態を自分で造ってしまう、のさ。幻影なんだよね。」

「…なにいってるんだ?お前。」

「ああ、やはりわからないかな。それより私はね、君に頼みがあるんだよ。」

影の謀り者はクレヴィットを見下ろした。

「ねえ、君はこの子を虐めたいかい?違うよね。ダイジなんだろ?そう見えるよ。」

「…鴇を放せ。」

「君は何がしたくてここに来た?私はそれ手伝えるよ。」

「…鴇を放せ。」

「私は欲しいものがあってね、君はそれが造れる。君にしか造れない。それを私にくれたらそれでいい。後は全て君の思い通り。」

「鴇を放せ…!」

「あー、わからないコだなあ。私が捕まえてるのではない、といったろ?…最も

私がこの場から消えるか本人の命が尽きるかしないと、幻影は消えない、けどね。」

謀る者はふたつの眼の照準をクレヴィットにぴたりと合わせる。

「私の欲しいものを私にくれたら、君はその子を助けて、おまけに望むもの全て手に入るよ。」

そしてそいつはこう結んだ。

「ぼうや。おとなにならないか。」


バルオキー村は大騒ぎになった。せっかくだから、見知らぬ国から来たこどもたちにちょっとご馳走をくらいの感覚が、サンクトゥスとグローリアを目の当たりにして、これはとんでもないことになった、になったらしい。そう、宴会の準備に大騒ぎになった。あれよあれよと肉やら魚やら野菜も果物も料理が積み上がっていく。

それでもさすがに共にテーブルを囲む勇気は出ないらしく、グローリアとサンクトゥスとの卓を供にするのは、ジャブダルの子供たちとアルドとダルニス、村長たけ。村中の視線がじりじり集まり、ひりひりする。味がさっぱりわからないアルド。ダルニスもきっと同じことだろう。

「おや、お口に合わないか?」

料理の減りが遅いことを村長が気遣う。

おかまいなく、とサンクトゥスたちはにこやかだ。

「私たちは食事の摂りかたが人と少し違うようです。」「口から直接摂取する量より、外気から吸収する方が多いだけです。」そういってグローリアが自らの両の耳をとんとんしてみせたが、「ただ…」と、笑ってジャブダルのこたちを見やる。子供たちは脇目もふらず、山積みの焼きたてパンを一心不乱に食べている。

「…バルオキーの食べ物は物凄く気に入ったらしいです。」サンクトゥスが笑った。そして、お腹が落ち着いた頃、話は始まる。

さて、これからどうする?

「グローリア、鴇の気配を追えるか?」

しばらく目を閉じたグローリア。

「居る、…けど、なんだろう?凄くイヤな感じがする。」

「…うん、なにかイヤな感じはとても強い。」サンクトゥスの手元が虚に式を描き続けている。考えろ、考えろ、考えろ。

アルドとダルニスには目新しいことばかりだ。

「おかしいかい?」ふたりの視線に気付いたサンクトゥスが振り向いた。

「小さな子供の捜索に、大将たちが自ら出てくるなんて、」ダルニスが感心している。

「おかしいかい?」サンクトゥスがもう一度繰り返す

「感心してるんだ。人はなかなかその発想が出来ない。」

「それがジャブダルなの。」「合理なだけだよ。」キョトンとするダルニスに構わず、サンクトゥスは子供たちに声をかけた。

「さておまえたち、」

子供らが一斉に見やる。

「お前たちからも情報の収集だ、何があったか教えておくれ。全部だよ。」焼きたてパンを離した口たちが

例によっていっぺんに話し出すが、サンクトゥスはちゃんと全て聞き取れるようだ。

「さすが、総司令官だなあ。」

お腹がが膨らんだアルドとヴァルヲは、鼻を脹らませる。

「最高司令官だよっ。」

白群が誇らしげに囁いた。

「知能が芽生えたなりそこない…。」考え込むサンクトゥス。

「…なら、アニュスデイの唄も吟えよう。」

その事実の意味するところを、サンクトゥスとグローリアは知っているらしい。

「直に接触したのは鴇だけなのね。」

「…正直もう少し情報がほしいな。せめて鴇と話せれば。」

「交信続けるわ。鴇が応えれるようになるかもしれないし。」

いやーすごいなあと、アルドとダルニスは感心するばかり。

「ジャブダルはテレパスなんだな。」

「ジャブダルたちはみんなキモチ飛ばせるよ?」薄墨の3人がきょとんとしてる。ヒトはできないの?

うん、出来ないんだよ。

うそ、出来てるよ。出来てるよ。え?そうなの?

うん、トンでるもん。トンでる、そこら中。

「そ、そうなの??」

アルドとダルニスそしてヴァルヲは顔を見合わせた。

お腹がが満たされ、瞼が重くなったか子供たちがうつらうつらしはじめる。

ああ、寝床の用意を、と村長が村人に告げ、よし、運んでやろうとダルニスがたちあがる。宴会がお開きになる。

「ふたりも休んだら。」

アルドの申し出に ありがとうと礼は述べたが、

「キリエから連絡が来たらすぐ行ってやりたくてね。」

「鴇が応えれるよう、しつこく送るの。」

ふたりは待機を選ぶ。

交信を試み続けるグローリアの傍、時に考え込み、時に閃くように計算を繰り返すサンクトゥス。

くうくうと眠る子達のすぐ傍らに、おとなのジャブダルはひたすら待機する。


「交信!キリエからだわ。」

グローリアが声を上げる。

「鴇たちの位置を特定したらしい。」

「行こう…!」

立ち上がるふたり。

「俺達も行くよ。」

続くアルドとダルニスとヴァルヲ。

こどもたちはどうする?

連れていく。とサンクトゥス。アルドとダルニスが子供を起こす。

「グローリア、コピーをさせてくれ。」

「もちろん。」

グローリアが両の手のひらをサンクトゥスにむける。

数式を書きなぞるような仕草で、グローリア手のひらから気を集め珠をつくるサンクトゥス。

「みんな起きたよ。」

アルドたちが連れてきた子供たちの顔は、寝起きでもちゃんと引き締まっている。

「さ、グローリアの能力だ。」

サンクトゥスは集めた珠を4つに割って、子供たちにあんぐりひとりにひとつ、呑み込ませていく。

「これでこの子達は暫くの間、自分で自分や仲間の傷を治癒できる。」

「準備ができたわ。」

「うん。こちらもだ。」

アルドは剣をダルニスは弓を構え、ヴァルヲは尻尾を立てる。

さあ、行こう。






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