第二章 麿い瞳の可愛い金魚たち。

「ここにも、キラリ。そこにもだ。」

アルドとヴァルヲはずっと下を向いたままだ。それほどそこら中に、撒き散らした後、なすり付けたような痕、痕。

「何だろなあ?」

伸ばした指で掬うとほろほろと消える。

虫の粉のようにひりつきはせず、仄かに光り壊れて消える。

「なんだと思う?ヴァルヲ。」

指をくんくん嗅ぎながら、ヴァルヲにも嗅がせてみる。でも匂いというほどの匂いではない。微かにどこかで嗅いだことがあるような気もするがわからない。ヴァルヲは、一応嗅いではみるが、興味のかけらも無さそうだ。

「うーん、全く見当がつかないなあ。」

アルドは考えあぐねる。

「サンプルよろしく、少し持って帰ってみようか。けどここには研究者なんていないよなあ。」

そのときだ。背後から、かさこそかさこそぱたぱたと物音や小さい足音、なにやら可愛らしげな気配。

アルドはヴァルヲを手招きし、1人と一匹は身を潜めた。


「…アニュスデイの唄だった。」

「間違いない、ここらから来てた。」

「みて!なりそこないたちの痕ガラ。」

「うわ。いっぱいきてたんだ…。」

「やっぱりここらなんだ。」

「でもなんでなんだろ?」

「なんでなんだろ?」

それはひらひらと可愛らしいちいさなコたち。

ひとではなさげだが、カラクリモノや魔獸にも見えない。薄墨色のコが3人、薄朱色のコが1人、薄碧色のコが1人。

アルドは思わず身を乗り出してしまった。

「!」

「なりそこないだ!」

しまったと思う間もなく、ばらばらばらっと取り囲まれる。

「おさまれ!」

「おさまれ!」

「おさまれ!」

薄墨の3人が指先からするりと鋭い棒を伸ばしアルドの喉元に突きつけてきた。

このこたちは三位一体技を使うらしい。ギリギリ捻れながら回転し、正確に攻撃するトライアングル。

「後方演舞!」

薄朱色のコが両手をかざして印を奏でて、薄墨のコたちの能力、今回はおそらくそのスピードを上げていってる。ぐぃぐぃぐぃぐぃ、上げていっている。

「後方演算!」

薄碧のコは、まるで数式や化学式を描くような手つきから、宙から紡ぎだし造られた網でアルドとヴァルヲを見事に絡めとった。

「おさまれ!」

「待て、待って、待って、きみたち。」

「おさまれ!なりそこない!」

「おまえのあるべきばしょにおさまれ!」

「だから待ってって。」

絡めとられて動けないアルドとヴァルヲ。必死で頼むも、薄墨のコたちが待ってくれるはずがない。ぺしぺしぺしぺし、ぺしぺし、ぺしっ!

「痛い痛い痛い!待ってって、痛い!」

「…こいつなりそこないじゃないぞ?」

最初に気がついたのは薄碧のコ。

「そういえば違うな。カタチ」

「そいえばしゃべってる。」

「それにハダカじゃない。」

「なんだ。ただ外界の異形のヤツか」

薄墨のコたちは、なーんだ、とでも言いたげな様子で攻撃を止めた。同時に網も消え、アルドとヴァルヲの自由が戻る。

「おまえ、なんだ?」

聞いてきたのは薄朱色のコ。

「アルドだよ。こっちはヴァルヲ。きみたちは?」

すると、みんな順序よく、

「キリエの、銀鼠(ギンネズ)!」

「同じく 素鼠(スネズ)!」

「同じく 源氏鼠(ゲンジネズ)!」

「グローリアの、鴇(トキ)!」

「サンクトゥスの、白群(ビャクグン)!」

本人たちは至って大真面目なのだが、まるでお遊戯会の園児のようだ。アルドは笑みを堪える苦労が要る。

「…なにがおかしい?」

「あ、笑ってない。」

「笑った。」「わらった。」「わらってた、」

「ごめんごめん、で、ここはバルオキーという村の近くの森なんだけど、きみたちはどうしてここにいたの?」

「それがな、」

みながみな口々に話し出す。

「アニュスデイの唄が聴こえたんだ。」

「おかしいんだ。アニュスデイはジャブダルの中なのに」

ジャブダル?はあ。

「あわいの方から聴こえてきた。そんなはずないのに。」

「おかしい!だから、追いかけたんだ。」

「研究室を抜け出して、唄が聴こえる方へみんなで走った」

「あわいに入ってそのまま走った、」

「そしたら、ぐるぐるって引きずられて、」

「…ここにでてた。」

つまり………。

「きみたち、迷子みたいなものなんだな。」

彼女らが少ししょんぼりする。

「バルオキーの村の子どもたちが聴いた のが、アニュスデイの唄 ということなのかなあ…?うーん、」

考えてもわからない。聞いてみよう。

「ねえ、アニュスデイの唄ていったよね。その唄のこと教えてくれるかい?」

「なあに?」「いいよ?」

麿い瞳がキラキラと集まってくる。

「それは、…どんな唄なの?」

「アニュスデイがずっと唄ってる唄だよ。」

「アニュスデイのお腹のなかにいるときに、みんなずっと聴いてた」

「…お腹のなか?」

こくこくうなづくちいさなジャブダルの子達。

「ジャブダルはみんなアニュスデイから生まれるよ。」

「生まれたらもう聴こえない、だから忘れてしまいそう。」

「大きなジャブダルたちは、覚えていないかも。」

「自分達ははっきり覚えてる。」

「大きいジャブダルたちも聴いたら思い出すよ、きっと。」

「…そうか。お腹のなかで聞く唄か。どんなのかな?」

すると、薄朱色の鴇が唄い始めた。

U……mm …f…o oo o…

音階を移動する音、確かにそれは唄なのだろう。緩やかだが深く隅々まで広がる、そんなメロディー。

「なるほどね。」

「唄はグローリアの技のひとつ。」「だから鴇は唄えるんだ。」「どんな唄も唄えるよ。」

「うん、確かにすごくきれいな声だった。」

「一番豊かできれいで上手いのはグローリアのグローリア。」

鴇が誇らしげに胸を張れば

「キリエのキリエが一番強い!」「そう!キリエが一番大きいし、」「キリエが一番かっこいい!」と、薄墨の3人が目を耀かす。

「…サンクトゥスのサンクトゥスが一番賢い。彼女が最高司令官だ。」薄碧の白群も負けてはいない。

どうやらこのこらの故郷では、種族ごとにそれぞれの隊があって、隊長がその隊の名を名乗ってて、そしてこのこたちはそれぞれの所属の隊とその隊長がものすごく好きらしい、てことはよくわかった。 が、

アルドはなんともくすぐったくて、ずっとにやにやしてしまう。

「そうだ。なりそこないってなんなの?敵なのかい?」

すると麿い瞳のこたちはキョトンとした。

「てき、てなんだ?」

「あ。そか、そういう概念はないんだね。えーと、」

「てきはしらないけど、なりそこないは知ってる。」

そしてまた口々に話してくれる、が、そうまた同時に、だ。

「なりそこないは なりそこない。」

「ジャブダルになれなかったなりそこないタマゴ」

「ジャブダルは色が着いてる。玄、朱、碧」

「なりそこないは色がない、」

「形も少しちがう。」

「なりそこないは脳がないからしゃぺれない。」

「考えるもできない。」

「なりそこないはあわいにすてる。」

「ジャブダルのオキテ」

なるほど。

アルドは草むらのキラキラを掬って聞いてみる。

「これ、なりそこないのものなの?」

「なりそこないの痕ガラ。」

「なりそこないのいたところ、そんなのが残ってる」

そのとき奇妙な匂いのようなものが、先に届いてきた。

「…なんだ?」訝るアルドを嘲笑うように、するどく空間が切り裂かれ、ぶくぶくと濁ったアブクが膨れ出してきた。

「なりそこないだ!」


ぶくぶく膨れる濁ったアブクはやがて形を造り出す。

1体2体3体4体……

「……うわぁ、いっぱいきた。」

「おさまれ!!」

「おさまれ!!」

ジャブダルのこたちは、自分達の何倍もの大きさに膨れ上がるなりそこないたちに、果敢に挑み立ちはだかる。

「みんな!後ろへ!」

アルドももちろん剣を抜いた。

なりそこないたちはとがりよじれた爪をもつ醜い腕を伸ばし、引き裂かれたような口から飛び出す歪んだ歯をぎらつかせて、てんでに咆哮しあう。その様子から確かに知性は無いようだ。

「おさまれ!!」

なりそこないたちの掴みかからんばかりのその爪が、まさにジャブダルのこに届き、アルドが剣を振るおうとしたその時、

ぐしゃぐしゃとなりそこないたちは、自ら潰れ出した。あれよあれよというその間大きく膨らんだ分より酷く、自ら潰れて消えて行く。断末魔の咆哮がバルオキーに轟く。長く長くながく。

後にのこるはただ痕ガラばかり。キラキラとキラキラと

「…潰れちゃった。」

ジャブダルのこたちはなりそこないの痕ガラを見つめている。

「あれがなりそこない…?」

ジャブダルのこたちが頷く。

「でもなんかへんだ。」

「なりそこないはみんな見た目キモチ悪い。」

「でもあんなにぶよぶよ膨らんだりはしてない。」

「自分から潰れたりもしない。」

「なんかへんだ。」

「確かにね。」アルドとヴァルヲは顔を見合わせる。

魔物たちと闘った覚えからすれば、なりそこないたちの動きかたはとても奇妙だった。

「ねえ、きみたち。なりそこないってそもそも危ないものなのかい?」

するとジャブダルのこたちは少し困ったようだが、考えながら答えた。

「なりそこないがジャブダルのこを襲った、はあんまり聞かない。」

「でもなりそこない同士は引き裂きあったりする。」

「共食いしてたりするっていう。」

「なりそこないはあわいからでたがる。」

「ジャブダルの住んでる処に来たがる。」

「だからキリエたちがいくんだ。」

「おさまれ!!てあわいに戻す。」

ぽつぽつと、そしてやがて滔々と、ジャブダルのこたちは語りだす。

「そうか。なりそこないはジャブダルには住めない。でも…」一緒に居たい のかな?アルドはなんとも言えないキモチになった。

「じゃあ、そのきみたちのキリエたちは、なりそこないたちを殺すんじゃないんだ?」

ジャブダルのこたちはこくこくうなづく。

「ジャブダルは誰も殺さない。」「誰も傷つけない。」

薄碧の白群が付け足した。

「グローリアとサンクトゥスが揃えば、どんな傷も病も治せるよ。」

「…けど、なりそこないはナオセない。」

グローリアの鴇が寂しげに呟く。

「なおせないから、卵のまんま、あわいに捨てる。」

そうだね、少し哀しいね。アルドもそう思ったけれども、口には出さなかった。

「なりそこない、粉になったらちょっとだけいい匂いになる。」

ジャブダルのこたちが屈んで痕ガラを見つめてる。

「彼らはなんでここに現れたんだろ?」

アルドの呟きに、ジャブダルのこたちははっと顔を見合わせた。

「アニュスデイの唄だ!」

「鴇が唄ったから。」

「やつらアニュスデイの唄がわかるんだ」

「脳がないのに、ちゃんとわかる!」

「唄が聴こえたからやって来た……?」

「アニュスデイの唄、追いかけて来た…。」

まだ生まれる前の、自分がなりそこないだと知る前の、あわいに捨てられる前の、安全と安心と安寧と幸福に繋がる唯一の記憶。

それが、アニュスデイの唄だとしたら。

アルドは奇妙な感慨に襲われて目眩がしそうだったのだが、ジャブダルのこたちは別の思いにたどり着いてゆくようだ。

「やっぱり誰かが唄ってる。」

「アニュスデイじゃない誰かが唄ってる。」

「なりそこないを呼んでいるのかな」

「唄うヤツを見つけないと。」

「そうだ、唄ってるのは誰だ。」

その時、薄朱色の鴇がくらりと揺れた。

「鴇!」

薄墨三つ子に支えられる鴇。

「ごめん、…なんかちょっとキモチ悪い。でも大丈夫。」けれど顔色は良くはない。

「正直にいうと、」薄墨の3人がもじもじと伝える。

「自分等もなんか調子悪い」「おなかいたいよなきがする。」「うん、なんかヤなかんじ。」

「実は私も。」薄碧の白群も認める。

「少し疲れたのかな。たぶん遠くから来たんだろ?」

アルドが提案をひとつ。

「バルオキーの村においでよ。村長に話して休ませてもらおう。なにか食べれるものもあるかもしれない」

こうしてアルドは可愛い金魚のようなこのコたちを、バルオキーの村に連れて帰ることにした。

村ってなあに?と目を耀かす一行に、とてもいいところだよと答え、ひらひらと繰り出す道中の、アルドとヴァルヲがとてもとても楽しげに見えたのは、本当。











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