第一章 羅針にならない道標。

その朝、バルオキーの村の人々はあわてふためいた。村の子どもという子どもがみな同じことを言い出したのだ。

「ねえねえ、あれはなんの唄だったの?」

唄……?

ところが、だ。

村のコドモはみな聞いたというその唄が、聴こえたオトナがただの1人もいなかった。

なんだ?なにが起こった?

さあ、大騒ぎだ。

それでも、ひとりやふたりのコドモならば「おやおや、夢をみたんだね、」で片付けれる。けれどみんながみんなそう全員なんだよとなればもう、片付けようがない。

「これは困ったな。」

オトナたちはもそもそ潜めた眉毛を付き合わせてはみたが、知恵など思い付くはずもない。浮かんだことは一つだけ。

「誰がちょっとアルドを呼んできて。」

ところが、だ。

「アルドいないんだよ。」

物事が運ばないときは、どうやっても運べない。

「だったら…ダルニス!」

代わりに呼ばれたのはダルニスだ。


ダルニス、ダルニス。

どうした理由だか謎だけど、今日は村のコドモたちがそれも皆がみんな、ダルニスにくっついてくる。

ダルニス、ダルニス。

ダルニスも聞こえなかったの?聞こえなかったの?

「聞こえなかった。…どんな唄だったんだい?」

わかんない。わかんない。

「わかんない?それも困るなあ。」

でも唄だったよ。

森の方から聴こえたよ。

U…mmて聴こえたよ。

「そうかぁ?」

ダルニスは視線をくるりと遠方に送る。

「じゃあ森、かぁ。」

草原は空も草も空気も明るい。

「いい天気だ、」

子どもたちは上機嫌で相変わらずついてくる。

「ああ、遠足だな。」

子どもたちはみんな上機嫌。ダルニス、ダルニス、ダルニス。

「よし、みんなで森の入口まで!だぞ。」

はーい。はーい。はーい。


クレヴィットは自分の脳みそを掻き毟りたい。

何もかもうまくいかない。何で潰れてしまうんだろう?何がダメなんだろう。何でなんだ。なんで、……

ハダカの醜いデバネズミは泣きそうだった。

みんな来た。…なんで来る?

みんな潰れる…なんで潰れる?。

みんな…壊れる…なんで?

カタチが保てない……?

そのときだ。

軽やかに近付いてくるカン高い声、声、ヒトの子どもの声。

隠れろ!隠れろ!隠れろ!

二足歩行のスキンレスの木っ端、草生きれのなか、綻びた土を纏い、身を潜めて息をとめた。

軽やかな一行にはクレヴィットなんかは全く見えず、ホントに鼻先すぐを渡っていった。

「ああ、もうすぐ森の入口だな。」

ダルニスは子供ちを見る。

「さあ、みんなはここまで。ここで村へ戻るんだ。」

はーい。はーい。

「みんな一緒に、かたまって帰るんだよ。」

はーい、ダルニス、あとでおはなししてね。

お唄のことをおしえてね。

楽しげな一行は戻る。幸せな子供たち。幸せのまま幸せの元に戻る。

「コドモだけに聴こえる唄…なぁ。」

一人になったダルニスは改めて口に出して言ってみたが、何かが変わるわけでもない。

入口から覗く昼間の森は、何の音もなく、ただ密やかなだけの場所以外には見えない。しかもかなり穏やかだ。

「特に変わった様子はなさげだなあ。」

森が余りに穏やかだから、ダルニスには急に別の不安がよぎってきた。

「…子どもたちだけで帰して大丈夫だったか?」

今なら充分追い付ける。

子供たちを村まで送って、その足で、湿地の方に先に向かおうか?考えだしたら、そっちの方が正しいような気がしてならない。

そのときキラリ 光るものがひとつ目に入る。ダルニスが投げた視点の底の方。森の入り口その辺り。

あれはなんだ?

ダルニスの足が止まる。

道のはた、草の根のあたりが何やらキラキラしているような。なんだろう?もう少しよく見てみようと、ダルニスが屈んだそのときだ。

「うわっっ!」

背中に何かが降ってきた。

間一髪、交わしてみたら、まるで空の穴からすとんと転げ落ちたような、ひとがひとりと猫が一匹。

「……アルド?」

「イタッた、たー。!だ、ダルニス?」

「何やってんだ?お前。」

「え…と、じゃあここはバルオキーだ?……今日、何日?」

「あー?」

「あ、いや。なんでもない。…で、何してるんだ?」

「ああ、実は昨夜な、」

ダルニスはかいつまんで事情を話す。

「へえ、コドモにしか聴こえない唄…?」

「とりあえず見回ろうと思ったんだが、ちょうどいい手伝え。手分けしよう。俺はこれから子どもたちを追いかけて、そのまま湿地に向かうから、お前森のなかを見てきてくれ。」

「わかった。」

「あとで落ち合おう。じゃ!」

すたすた立ち去るダルニスの背中を見ながらアルドは思う。そうダルニスは振り向かない奴だったよな。

「あー、またいきなりの移動だったな。まあ、いいけど、も少しお手柔らかにで願いたい。なあ、ヴァルヲ。」

ヴァルヲは知らんぷりで、何も気にしないふりをしてるようにも見える。

「んー、つれないなあ、お前。…ん?」

アルドは、ヴァルヲが草本のキラキラの匂いをしきりに確かめているのに気がついた。

「それなんだ?」

わからない。

「あ、そこの石にも。まだある…。」

キラリキラリと日を弾く、何かの残り滓のよう。

「とにかく、森を見てみよう。」ひとりと一匹は森の中へ入っていく。

「あいつ、魔獣の間から消えたやつだ。」

計らずもアルドの後ろ姿を見送るクレヴィット。

「消えて、また戻ってきた…?なんだろう、あいつ。」

人影が去って安心したのかクレヴィット、うっかり全身を日に晒している。

「何者なのかな?いきなり消えたり、出てきたり。」

次にクレヴィットは、もう一人のやつの別の言葉を思い出した。

「湿地ていってた。湿ってるところ、てことだろかな…。あ?…」

クレヴィットの瞳に灯りが小さくともる。希望が少し湧いたんだ。

「水が足らないのか?ここはあわいと違いすぎる。そうだよ、あわいはもっと、濡れている。ここよりもっと濡れてる。…もしかしたら!」

クレヴィットは走り出していた。

湿地、湿地、湿地。

湿ったところ、湿ったところ、もっともっと湿ったところ、濡れてる処に近い場所。あわいのように濡れている処。

そこで吟ってみよう…。


空は明るくまろやかで、やさしげな風は淡く心地よく隅々まで撫で摩る、バルオキーは平和そのもの。




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