ジャブダル~出来損ないとなりそこないと偽物の涙~

中川さとえ

序 木っ端の見た夢

 聞いて 私の子供たち

 ひとつがひとつ

 ひとつはふたつ

 ひとつはみっつ

 みっつはよっつ

 いつつはむっつ

 ……




そこは暑くもなく寒くもない。白くてボンヤリ明るい。けれど白いだけ。濃い濁りと薄い濁りが不規則に、畝って何処までも広がって、何もかもを隠してる。

何も見えない。ずっと先も何も見えない。見えるは目の前ほんの少し。

だから、膝を抱えて小さくなって動かない。

時々唸りや呻きやそんな音が聴こえてくる。何かが叫ぶ音や何かが千切れる音も聴こえてきたりする。

音が聴こえるとき何か動くものが見えることもある。

見えるのは、大概何かと何かが引き裂き合ってるところ。見たくないもの。

怖かった。凄く怖かった。

そして、悲しかった。

なんでここに居るんだろう。なんでここなんだろう。凄く凄く悲しかった。


頭の中音が流れてた。ずっと流れてた。それは知ってる流れる音。その音だけ聴いた。

流れる音の真似してみた。

頭ン中の音に合わせて真似してみた。そしたら、同じような音が出せた。頭の中の音と一緒に吟(うた)った。

いきなり目の前に大きいのがきてた。引き裂かれると思った。

でも違った。大きいのがひとり、またひとり、来た。

みんな柔らかい顔になってた。


頭の中の唄が聴いたことない音を出した。

…あなたの名前は、クレヴィット…

?なに?

応えはこなかった。そのかわり、どこかに穴があいたみたいに白いもやごと吸い込まれ、ぐるぐると回されながらどこかに押し出された。

…クレヴィット、俺の名前クレヴィット…

流されながらそれだけ考えた。


一見、胎児を送る羊水流れる産道のようなその道は、もちろん産道等では全く無くて、命が出口をくぐった途端、容赦なく地べたに叩きつけた。

横殴りの激しい雨。降り注ぐ雷鳴。

木片よりもみすぼらしい木っ端のようなその命は、まるで息ができなかった。

叩きつけられたその時より、いま激しく注ぐ豪雨が痛い。地べたに這いつくばい、荒ぶる風に飛ばされぬよう、短い草を握り締めるのに必死だった。

ようやく息が継げるようになる頃、辺りが少し見えてくる。

なんだあれは。

激しい雨風を事も無げに立つ巨大な恐ろしい姿。

そしてそっくりな二体の異様な生き物。この木っ端が獣人ヴァレスとキマイラたちを知るはずがない。ただただ眼を開ききり、息を止めるばかり。この巨大な生き物たちが自分に全く気がついてないとわかって、木っ端はようやく息ができた。でかいのがどこかに消える。すると残る異形の二体の獣の間に、挟まれてるひとりが居ることに気が付いた。ぐぅふ、ぐぅふと獣たちがにじり寄る。

木っ端は目を瞑ろうとした。誰かが殺されるところも喰われるところも見たくなかったから。

その時だ。挟まれたそのひとりが消えた。忽然と消えた。何が起こったのか全くわからない。それはキマイラたちも同様らしく、明らかに戸惑っていた。やがて諦めたのか、やつらもまたどこかに消えていった。

あんなに吹き荒んでた雨も風も雷も、止まってしまい木っ端はひとり取り残される。

あれはなんだったんだろう。

ここはどこなんだろう…。

吟ってたらここにきた。

吟ったら戻るのかしら…。

戻る…戻らない…戻れない…。

ああなんだか苦しい。


「…これは意外。在るべきじゃないものが在る。ジャブダルのなりそこないじゃないか。」

そう言うそれも、そこに在るべきではない影。

「アニュスデイの涙が手に入る、ということか。」

それはその影が遥か以前に切望し、遥か以前に諦めたモノ。そう泣きながら諦めたモノ。

夜の中、影の中、鈍く光る目が木っ端をじっとり観ている。

けれど木っ端は全く気が付かなかった。

疲れてたのだ。

ちょっとだけ休んだら、吟ってみよう。

そんなこと考えてた。

俺の名前はクレヴィット。

クレヴィット…




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