第40話 初課金! 初心者応援キャンペーン

 小さな廃れた街を探索し、アイテムを集めた私たちは森の中をゆっくりと移動していた。手持ちのカードはまだまだ少ないものの、なんとか中盤ぐらいまでは戦える。それぐらいの装備だ。


「ところで、ずっと気になってたんだけど確認してもいいかしら?」


 黙々と次の街を目指して歩いていると、ユキミちゃんが話し始めた。


「ヒナはどうして、昔とスキンを変えちゃったの?」

「それは……気分転換だよ。ほらこれもかわいいでしょ!」


 スキンっていうのは、確か服装のことだったと思う。

 課金をして購入する普通のとは違う見た目になる衣装だ。

 私はゲームに課金をしたことがないから初期の服装のままだけど、ヒナやユキミちゃんは自分の好きな衣装を購入していた。


「私と合った時から、ヒナはそのネコミミの衣装だよね? 昔は違ったの?」

「部活動時代はもっと王道の魔法少女衣装だったのよ。ラスボス戦っぽい豪華なやつ」


 おぉ、てっきりヒナは魔法少女は好きじゃないのかと思ってたけど、そんなことなかったんだ。


「わぁ見てみたい! 衣装変更ってすぐできるの?」

「いやいや、私は別にいいでしょ。それよりさ、ヒナはそろそろ初期スキンを卒業する頃じゃない?」


 わ、私!?


「初期スキンってダメなのかな?」


 普通にかわいいと思うんだけど。

 すると、呼んでもいないのにパルちゃんが飛び出してきた。


「ノオオオオオオオオオオオオ!! ダメに決まってますマスター!!」

「パ、パルちゃん!?」

「いいですか、魔法少女っていうのは唯一無二でなきゃいけないんです! ゲームを始めたばかりの頃は、まだ周りと同じでもしかたありませんが、慣れてきて金銭的な余裕があるのなら、かわいい衣装を購入すべきです! そして自分だけの魔法少女道を究めてください!!」

「魔法少女道!?」

「そうです! それにゲーム中に同じ服装の人がいるというのは、あまり嬉しいことじゃないでしょ?」


 街を歩いていて、同じ服装の人と目が合った時の、何とも言えない気まずい空気。

 たしかに、そんな感覚をゲーム内でも感じたことがある。

 それに、せっかくのゲームなんだし、もっといろんな服を着てみたいっていう思いは私にだってある。


「まあ、確かに服装は変えてみたいけど……その、お金が……」


 VRゲーム機を買ったことで、わたしのお金はほとんど残ってない……。

 ここから衣装の購入は、正直言ってお金が足らなかった。

 こればっかりはどうしようもないし、あきらめるしかない。そう思っていると、パルちゃんの自信に満ちた声が返ってきた。


「お任せください! ゲームを始めたばかりの方はなんと! 課金額が三倍になるキャンペーン中ですマスター!」

「さ、三倍!? ってことは千円課金したら三千円になるの?」

「その通りです! 合計一万円課金するまでこのキャンペーンは続きますので、小額からでも気軽に課金できますですよ!」


 なんていうお得なキャンペーン!!

 しかも、それなら私の残ったお金でも衣装を買うことができる。


「みんなこの手の初心者応援キャンペーンで、課金にハマっちゃうんだよねぇ~。私も最初はこれだったなぁ。」

「ええ、今思うと恐ろしいキャンペーンよね、本当に」


 なんだか隣では、ヒナとユキミちゃんがしみじみと話をしているけど、今はそれどころじゃない! こんなにお得なんだったら、むしろ課金しないほうがもったいないよね?


「そんなキャンペーンがあるんだったら、買っちゃおうかな。衣装」

「それでこそマスターですよ! それではさっそく、今販売中の衣装を見てもらいましょう!」


 パルちゃんがそういうと、目の前に商品のパンフレットが表示された。

 ヒナとユキミちゃんも覗き込んでくる。


「ここに並んでいるのが、全部衣装なの?」

「そうそう。ほら、これが今私の着てるやつ」


 ヒナが指差した先には、確かに今のヒナと同じ衣装が表示されていた。

 頭についたネコミミや腰のしっぽも衣装の一部らしい。

 中には背後に浮かぶ星や、文字までセットの衣装なんてものもある。


「なんだか、私の想像してた服よりずっとすごいね」


 大きな着ぐるみみたいな衣装から、王道の魔法少女、それに敵キャラまで数百種類の衣装が並んでいる。

 中には季節限定の衣装というカテゴリまで存在していた。


「あれ? こっちのは?」


 衣装を眺めていると、抽選と書かれたページを見つけた。

 中に載っている衣装は、今まで見ていた衣装よりも一段と派手な目立つものばっかりだ。

 そしてその隣には、小さく小さ~く表示された1.5%という文字が。


「それはガチャだね。運が良ければその中の衣装が抽選でもらえますよってこと。そこの1.5%が大当たり確立だよ」

「抽選!? えっと、ハズレたらどうなるの?」

「家具とか雑貨とか、まあぶっちゃけ微妙なアイテムが出てくる感じだね」

「シズネさん!」


 ヒナを遮るように、ユキミちゃんがずいと前に進み出た。しかもすごく真剣な表情だ。

「その先へ行ってはいけないわ。戻れなくなるわよ」

「戻れなくなるの!?」

「当たるまで回せば確率は100%。アイテムが手に入るから実質無料。こっちがゲームの本編。ほかにもそっちの世界へ行った人たちの戯言はたくさんあるわ」

「い、意味が分からない……」

「いいのよ。シズネさんはこんな言葉、わからないほうがいい」


 すると、いわゆる先へと行ってしまった人代表のヒナが割り込んできた。


「ダメだってユキミ! 何もわかってない! ほしいと思ったものは手に入れる! ガチャは基本的に期間限定なんだよ! 引かない後悔より引く後悔! ほらシズネも我慢せずに!」

「ダメよ! 課金は節度を守って無理の無い範囲でするものなんだから!」

「いーや、我慢するより買っちゃったほうがいい!」


 ぐぬぬぬぬ……とにらみ合う二人。

 私のために争わないで! そんな言葉が浮かんできたけど、争う理由が課金の方針ってさすがに、かっこいいセリフが台無しだ。


「とりあえず、ガチャはやらない! 普通に売ってる服でも可愛いのがいっぱいあるんだから!」

「そうね、賢明な判断よ」

「えぇ~、ガチャしないの~!」


 そして改めてパンフレットに目を通していく。

 さっき言った通り、正直ガシャ以外の衣装だって全部すごくかわいいし、今はこれでいい。


 とはいえ、問題はこの数ある衣装の中からどれにするかということだ。

 巫女さんをベースにした和風な衣装もかわいいし、民族衣装をアレンジしたものも新鮮な感じだ。

 う~ん、悩む。というか決められない……。


「パルちゃんは、どれが私に似合うと思う?」

「マスターがかわいいと思ったものはすべてです!」

「うぅ……それじゃあ決められないような……」

「魔法少女の衣装は、その人の個性そのものです。似合う似合わないじゃない、どれを可愛いと思うのかで決めるのが一番いいんですよ、マスター」


 どれを可愛いと思うのか、か。

 よし、じゃあこれにする!


 ポチッとボタンを押して、購入手続きへ。

 すぐに装着するのか問いかけるメッセージに、はいを選択すると、体が光りに包まれた。


「わわ、なにこれ!?」

「おぉ、マスターの生着替えですね!」

「変なこと言わないで!」


 言っている間に、光はゆっくりと消えていった。

 そして、気が付くと私の服装は購入したばかりの衣装へと変更されていた。


 今までのピンクを基調としたものから、全体の色が白へと変わる。

 フリルがあしらわれた、ふわふわの衣装という基本部分はそのままに、全体的な装飾が増え、ゆるふわ度がアップしている。

 手足の各所にはお花のアクセサリーが施されており、腰の部分には大きなリボンが飾り付けられていた。


「わぁ! やっぱりかわいい!」


 くるくると回ってみると、ひらりとスカートが舞い新しい衣装が風に揺れる。

 王道魔法少女のテイストを残しながら、花をイメージに組み込んでいる白い魔法少女。 なかなか私の好みのデザインだった。


「うん、いいじゃん! シズネのイメージにピッタリだよ!」


 ヒナが親指を立てて、褒めてくれる。隣にいるユキミちゃんも、うんうんとうなずいているし、バッチリだ。


「あぁ、マスター……そんなに可愛くなって……。初めての変身として、写真は永久保存しておきましょう」


 自分の衣装を見ていると、なんだかにへらっと顔が緩んできそうだった。


 ふふふ、これが課金した衣装か。

 普通に買った衣装でこれなら、ガチャで出てくるアイテムってもっと可愛いのかな?

 ……っていけない、いけない! 私はヒナみたいな課金者にはならないんだから!

 課金の魔力、恐るべし!


「じゃあ新しい衣装も買ったことだし、アイテム集めを再開しましょうか。丁度目的の街に到着したことだしね」


 目の前に広がっていたのは、廃れた小さな街だった。

 汚染エリアから抜け出しているから、近代的なものではなくファンタジーなものだ。

 街というより、町って感じ。

 まあ今はアイテム探索だって、誰かと戦うことだってなんだっていい!

 この衣装で動き回れるだけで楽しいんだから♪


「よーし、いくよ! 強いカードをいっぱいみつけちゃおう!」

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