第22話 最悪の状況
「うぅ……気持ち悪い……」
「慣れれば平気だって! それに乾いてきたでしょ?」
ヒナと泥沼へダイブして歩き始めた私たち。
服は狙い通り泥まみれになり、すごく森の中に馴染んでいた。
パルちゃんはよっぽど泥だらけの魔法少女が嫌なのか、そっぽ向いて定期的に衣装や泥を取り払おうかと尋ねてくる。
そうして歩くこと十分。私たちはようやく目的地である王都グリムの外壁へと、たどり着いたのだった。
ここまで他の魔法少女との戦闘は起こっていない。
時々頭上を【
やっぱり泥の効果だよね!
ヒナもパルちゃんも嫌がっていたけど、成果は十分だと思う。
「それにしても、おっきい街だね」
「このゲームで一番だからねぇ。すごい激戦区だし覚悟しといたほうがいいよ」
外壁からでも、街の中にある大きなお城が見える。
王都というだけあって王様がいる場所だと思うけど、立派なお城だ。
そして私たちは、【
「あんまり戦闘の音は聞こえないね」
耳を澄ましても、音は聞こえてこない。
目を凝らしても、魔法の光は見えてこない。
激戦区とヒナが言っていたわりには、ずいぶんと静かな街だった。
でも、それがなんだか不気味に思えてくる。
「みんな隠れてるのかな? とりあえず、これであとはチーターを見つけるだけだよね」「いや、それはもう大丈夫かな。」
そしてヒナが指をさした先に目を向ける。
「あれって教会? あ、誰かいる!」
教会の屋根に悠々と立っているプレイヤー。
商業都市マイノルでサンディーさんを倒し、私を追い掛け回してくれた、ゴシック調のドレスに身を包んだチーターの姿がそこにあった。
「でも、どうしてあんなところ立ってるの? 私たちとか周りの人を倒しに行けばいいのに」
「変に動いて囲まれると大変だしね。それにグリモの中は建物が多いから近距離戦闘になりやすいんだ。せっかく絶対に当てられる攻撃があるのに、近づいたらその有利を捨てちゃうことになるでしょ」
「じゃあ誰かが狙ってくるのを待ってるってこと?
「うん。屋内での戦闘を避けて屋外で勝負を決める気だよ」
私たちはチーターの容姿を確認しているから、警戒して無暗に攻撃したりしないけど、知らない人からすれば棒立ちの初心者プレイヤーにしか見えない。
手を出して返り討ちにあった人もかなりいそうだよね。
「それで、どうするヒナ? この辺りに隠れてるほかのプレイヤーがあれを狙うように誘導できそう?」
「うん。みんなが隙を伺っている状況なら大丈夫だと思う」
「オッケー! じゃあやっちゃおっか」
私たちはチーターから射線が通らないように細心の注意を払いながら、外壁から降り街の中心部分へと進んでいく。
街の中では泥だらけの姿は、逆に目立ってしまうということで、ウキウキのパルちゃんによって見た目の清潔感を取り戻しつつ、少しずつチーターのほうへと距離を詰めていくのだった。
◆◆◆◆◆
「よし、ここまでくれば大丈夫かな」
ほかの魔法少女と鉢合わせにならないよう、警戒しながら進んだことでかなり時間はかかったけど、ようやく私たちはチーター魔法少女チトセがギリギリ射程圏内に収まる場所までやってきていた。
ヒナには移動中に作戦を説明しているし、準備はばっちり!
「じゃあ、さっそく始めるよ。作戦通りにお願いね」
「オッケー! 任せて!」
そしてステッキを振り、屋根の上にいるチーター目掛けて【
「いっけー!!」
魔法弾は一発も当たることなく、チーターが立つ屋根へと直撃し土煙を上げた。
よし、これでいい! どうせ本人を狙っても私たちのことが見えているなら避けられるだけだ。でも、この方法なら!
「ヒナ、お願い!」
「【
手を繋ぐことで二人同時に転移する。
距離にして50メートル。二人分のマナを消費したヒナは戦闘態勢に入らず、すぐにマナの回復に専念していた。
「今度はこっちから!」
チーターを中心に、周囲を囲むよう転移と攻撃を繰り返していく。
敵の攻撃はヒナのテレポートで回避しつつ、攻撃は相手を狙うのではなく、近くの建物や地面を狙い土煙を上げさせ派手に見せる。
これなら複数のパーティが入り乱れた乱戦に見えるはず!
あとはどこまで時間を稼げるかだけど……。
「シズネ! 回復の宝石はあと二つ! 潮時だよ!」
「うん、わかった」
ヒナの言葉で土煙の中にいるチーターを見据える。
風が吹き土煙が払われたその瞬間、私たちは飛び出した。
これだけの乱戦で、どこか一つのパーティが突っ込むのを見れば、ほかのパーティは漁夫の利を狙って攻撃してくるはず。そしてそのパーティを狙ってほかのパーティも参戦し戦いの規模は加速していく。
ヒナがチーターを倒すために必要だと言っていた乱戦の形を作り出せるはず!
「【
「よっしゃ、任せとけ!」
ヒナの手をとり地面を蹴って、チーターへ向かって突進していく。
私たちの接近に気が付きチーターが反撃を開始するその瞬間。
「ここだ! 【
転移可能の最大距離まで、いっきに転移。
あとは、戦いが激化する戦場で隙を見てチーターを倒すだけ!
そう思って、転移前に居た場所を振り返るも、戦いの音は止み魔法弾の光も魔法少女が戦う掛け声も、あるはずのものがそこにはなかった。
転移先の高台からは、残った土煙とその中に立つ魔法少女という、なんとも静かな光景が広がっていた。
「あ、あれ?」
「これは……作戦失敗! 逃げるよ!」
言うのと同時に、チーターから魔法弾が発射される。
ヒナが私の手を引っ張って高台から飛び降りると、頭の上を魔法弾がかすめていった。
おかしい! さっきので絶対ほかのパーティが戦闘に加わってくれると思ったのに!
「シズネ! 【
「わかった!」
【
「ど、どこに逃げる?」
「この距離なら障害物が少ない街の外はダメ! できるだけ大きな建物の中に逃げ込んで!」
近場にある一番大きな建物。貴族の館のような建物へ全速力で向かっていった。そのまま窓を突き破って中にはいると、急いで移動を開始する。
「シズネ、急いで回復しておいて!」
「わ、わかった。ねえ、それよりどうして誰も戦いに来なかったのかな?」
「それは、ごめん私のミス。想像してたよりも状況が悪かった」
苦い顔で話すヒナ。
状況が悪いってどういうこと?
マナ回復の宝石をパリンと割り、そのままヒナの話に耳を傾ける。
「たぶん、この辺りのパーティは全滅してる。みんなチーターに倒されてるよ」
「た、倒されてるって、こんなに大きな街のパーティが!?」
「うん。はっきりいってかなり厳しい状況だと思う」
チーターを倒すためには乱戦を作り出す必要がある。
それはヒナが教えてくれたことだ。
でも、その乱戦を作り出すための魔法少女がいないというのは、確かにまずい
「じゃあ作戦を考えないとだね」
「いや、その時間はないかな。あいつ私たちのこと、追いかけてくると思うよ」
「追いかけてくるって……チーターは狭い屋内での戦いは避けるんじゃないの?」
「うん、それはそうなんだけど、今の作戦で私とシズネがマナをかなり消費してるのはわかってるだろうし、少し前に戦ったおかげで、めんどうな相手だと思われてたら、倒しやすい今攻め込んでくると思う」
確かにヒナのマナは残り少なくなってきてるし、私もかなり消耗してる。
このチャンスを見逃してはくれないってわけだ。
「来たよ!」
そして私たちが突き破った窓から、一人の魔法少女が侵入してきた。
風に揺られる黒いドレスが、どこか不気味に見えてくる。
今までは逃げながら、かろうじて確認していただけだったその姿が、今目の前にゆっくりと現れた。
「あなたたち、ずいぶんと手こずらせてくれたわね」
そしてゆっくりと、チーターは私たちへステッキを向けた。
「あなたが、チトセさん?」
「そうよ。二人とも逃げ足だけは一人前だけど、それもここまでかしら?」
チート能力を使って、すごい量のプレイヤーを倒した人。
そして、サンディーさんを倒した人だ。
「あなたは……あなたはどうしてチートなんて使うんですか?」
本当は話をしている余裕なんてない。
いますぐヒナと逃げだして、この人を倒す方法を考えないといけない。
それはわかってる……でも、聞かずにはいられないんだ。
ヒナは勝ちたいって言っていた……そしてチートを使ったことを後悔してるって。
この人はどうなんだろう? どうしてチートを使うのか、その想いだけは聞いておきたい。
「あら、変なことを聞くのね。そんなの楽しいからに決まってるでしょ」
「後悔はしてないんですか? アカウントが凍結するかもしれないんですよ」
「後悔? するわけないじゃない。アカウントが止められたら、別のアカウントを作るだけ。それもダメなら別のゲームで遊ぶのよ」
私が聞いた後悔という言葉には、本当に心当たりがないように答えるチトセ。
それなら私はもう迷わない!
この人だけは、倒したい!
「むしろあなたたちこそ、逃げてばっかりで楽しいの? チートの販売業者、紹介してあげましょうか?」
「ふざけないで!」
ステッキを取り出し相手に向ける。
でもそれよりも早くチトセはステッキを振るっていた。
「逃げるよシズネ!」
手を引っ張って走り出すヒナ。
私たちがいた場所へと魔法弾が着弾し、建物の一部が壊れた音が聞こえてくる。
「まあいいわ! ゆっくりと楽しませてもらいましょうか!」
後ろから、そんなチーターの声が聞こえた。
「やっぱり私、あの人を倒したい!」
「気持ちはわかるけど、今は体制を立て直さないと」
確かに冷静になって考えてみると、私もヒナもほとんどマナが残っていないんだった。
「えっと、外に逃げる?」
「それはダメ。狙い撃ちにされそうだし、何よりマナの量的に逃げ切れない。一瞬でも隙を作れれば、屋内だしなんとかなりそうなんだけど……」
「一瞬ってどれくらい?」
「一秒とか、もっと少ないぐらい。良い方法ある?」
「うん、隠れうのは得意だからね」
「わかった。任せるよ!」
そしてそのままヒナと走り続ける。
到着したのは廊下の先にある大扉の部屋だった。
中へ入ると、大きなテーブルや本棚、凝った装飾が施された家具が並ぶ立派な部屋が広がっている。
「広さも物の数も十分だし、これならいけるかな……」
部屋を見渡しながらその様子を吟味していく。
始めに目に着くのは正面の執務用机。
次はその後ろにある大きな鳥の飾り物。
そこからは本棚や来賓用のソファーなど、家具へと視線が移っていく。
「ねえ、ヒナがこの部屋で隠れるとしたらどこに隠れる?」
「隠れるとしたら……えっと、机の裏かソファーの裏じゃない? というかそれぐらいしか隠れられそうなところがないしね」
「そうだよね……よし、決めた!「
ヒナに向き直り、ビシッと親指を突き立てた。
「今回はヒナが隠れる番だよ!」
「わ、私が!?」
そして私たちは、急いで準備に取り掛かった。
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