第19話 戦う決意

「よし、ここなら不意打ちの心配はしなくても大丈夫かな」


 ヒナと逃げ続けた結果、ようやくチーターはあきらめたのか、追いかけてくるのをやめてくれた。

 それでも、またいつ攻撃されるかわからないと、安心して隠れられる場所を探してたどり着いたのがこの洞窟だ。


 岩肌がくりぬかれるような形でできている洞窟なので、狙撃の心配はないし、正面の入り口から攻め込んできたとして、まだ3つほど外につながる道があるという、まさにチーターから身を隠すのには最適な場所だった。


 私はようやく地面に座り込み息をつく。

 ほんとに今日は逃げてばっかりだ。

 ヒナを復活させるためにプレイヤーから逃げ回ったり、そうかと思えばチーターから逃げ回ったり……。


「そうだ! なんでヒナは連絡してくれなかったのよ?」


 チーターから逃げいている間、ヒナからの連絡がないことが気がかりだった。

 倒されていたとしても、声は届くはずなのに、どうして声をかけてくれなかったんだろう。


「あれ? もしかして心配してくれた?」

「そ、そんなんじゃない!」

「またまた~、マスターすっごく心細そうでしたよ~。魔法少女としてはパートナーを心配するのは大歓迎です。清く正しい姿だと思います」

「心細くなんかないってば!」

「も~、シズネったらそれならそうと言ってくれれば、私だって優しくするのに~」

「ぬわ~! そういうのじゃないの!


 ワイワイガヤガヤとにぎやかな雰囲気が返ってきた。

 うん、やっぱりこういうのは楽しい。


「それでさ、なんで連絡なかったの? 声は届いたはずでしょ?」

「そうだけど、まだ合流しないほうがいいと思ったんだよね」

「合流しないほうがいい? バラバラで動いたほうがいいってこと?」

「うん。チーターってさ、すっごく強い力を手に入れた状態なんだよね。シズネならそんな時どうする?」

「そんなこと言われてもわかんないよ」

「じゃあ、置き換えて考えてみて。そうだなぁ、例えばテストで絶対満点が取れる必殺技を身につけたらどうする?」


 テストで満点が取れる必殺技か、それなら……。


「たくさんテストを受けようとするかな? ほかの学校のテストとか受験の問題とかで、本当にどんなところでも通用するのか試してみる」

「うん、じゃあそれを、ゲームのチート能力に戻してみればわかるんじゃない?」

「あ! もしかして、いっぱい人がいるところに行ったの?」

「そういうこと」


 私がテストをたくさんやっつけに行くみたいに、チーターは敵をたくさん倒しに行ったんだ。


「私一人を追いかけるより、近くの町にいるたくさんのプレイヤーを狙うはず! そう思ってあえて一人のままにしたんだ。餌が少なく見えるようにね」

「餌って……」


 言いたいことはわかる。

 でも、それならまた一つ疑問が浮かんでくる。


「じゃあどうして連絡してくれなかったの? 今の話を教えてくれればよかったのに」

「だってシズネ、連絡したら絶対合流しようとしたでしょ? 一人は心細いとかって」

「うっ……」


 うん、確かに言う気がする。


「でもまさか、シズネが狙われるとは思わなかったけどね。慌てて助けに行ったんだよ」


 つまりチーターは、ヒナは倒しきれないからあきらめて、私とサンディーさんの二人を倒しに来たってことだったんだ。

 って、普通に話しているけど、チーターが倒せないと思ってあきらめるってすごいことだよね!?


「このゲームって逃げるだけなら難しくないからね。ヒナでも乱戦の中生き残れてたし、慣れれば余裕だって」


 攻撃魔法にも移動魔法にもマナが必要になる以上、追いかける側は移動と攻撃にマナを消費しなければならない。

 でも、逃げる側は逃げることだけにマナを使うことができる。

 そういう意味で、逃げるのはたしかに有利だ。


 だからきっと、私がチーターの不意打ちに気が付いていれば、サンディーさんも一緒に逃げきれていたんだと思う……。


 そうだ、サンディーさんのこと、ヒナに教えてあげないと。


「ヒナ……実はさ、サンディーさんが」

「知ってるよ。キルログも流れてたし、ヒナが一人でチーターから逃げているところを見れば想像できるしね」

「そっか……」


 サンディーさんは、ゲームを楽しもうとお店を開いていた。

 私やヒナはゲームを楽しむために生き残ろうとしている。

 そんな私たちの想いを踏みにじってまで、どうしてチートを使うんだろう?


「チートで勝って楽しいのかな?」


 ぽつりとつぶやいた言葉に、ヒナは丁寧に答えてくれた。


「楽しいよ。少なくとも私が使っちゃったときは楽しかった。努力せず手に入れた力で人が何百時間も費やして手に入れた力に勝てるんだから、楽しくないわけがないよ。ほんと、いやになるぐらい楽しい」


 楽しいよ。そんな言葉なのに、ヒナの言葉はどこか辛そうだった。


「でも、チートは許しちゃダメなんだ。本当に楽しいゲームっていうのは、自分と周りの人、対戦相手までみんなが楽しめるゲームのことだからね」

「ヒナ……」


 小さなころ、私は今ほど気弱でもなくて、どっちかというとおせっかいなほうだった。

 そしてある時、友達の女の子を泣かせた男子を叱りつけた。

 女の子のためを思って、よかれと思ってやったことなのに、その女の子とはその事件がきっかけで絶交されてしまった。

 実は女の子は男の子のことが好きだったらしく、私が叱りつけたせいで話しかけてもらえなくなったらしい。


 それから私は人と接しない、気の弱い、少しだけ、ほんの少しだけネクラな性格になった。

 だから、普段の私ならチーターがどれだけ周りの人たちの楽しみを奪おうと、どれだけ卑怯なことをしていようと、気にしなかったと思う。


 私のおせっかいで誰かが知らずに悲しむのを避けるために、気弱な自分でいたと思う。


 でも、私はヒナと一緒に、このゲームを楽しむって決めたんだ。

 サンディーさんとお喋りして、魔法弾をしっちゃかめっちゃか撃ちまくる人を見て、【砲撃ルーインズ】の魔法を撃ちまくる人を見て、そして私は引きこもりの生存戦略で生き残ってみたいと思ったんだ。


 これだけたくさんの楽しさを見て、感じて……。

 こんな人たちの楽しさを奪われたくないって思えたんだ。


 長い間蓋をしていた、おせっかいな私。

 今だけは少しだけ、出てきてもいいのかな?


 ゆっくりと立ち上がる。

 もう休憩は十分だ。


「ヒナ、私……チーターを倒したい! みんなの楽しいが詰まったこのゲームを壊させたくない!」


 ヒナはにっこりと笑うと、同じように立ち上がる。


「楽しそうじゃん! やってやろうよ、チーター退治!」


 ステッキをコツンとぶつけ合って、私たちは洞窟から出て行った。

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