第18話 初心者VSチーター

「痛ッ!」


 街の中を低空飛行で飛び回る。家の間を縫うように飛びながら、できるだけ魔法弾を回避しようと試してはいるけど、全部は避けられなかった。

 その結果、相手の使う【複射マルチシュート】が、じわじわと私の体力を減らしていく。


「移動してたら当たらないんじゃなかったの!?」

「距離が近すぎるんですよマスター!」


 移動しているからかろうじて、数発の命中で収まっているというのが今の状況だ。【飛行フライ】の速度を緩めたり、障害物のない開けた場所へ出てしまうと、たちまち攻撃を受けてしまう。


「逃げ足だけは速いのね! それじゃあ、これでどう!」


 声に振り替えると、チーターは私の後ろをついてくるのをやめて、空へと上がっていく。そしてそこから【複射マルチシュート】を発射した。


「上空からの攻撃です! 避けてください!」


 壁に出来るものがない真上からの攻撃。それを建物の中に入って回避した。

 ただ、【飛行フライ】でついた勢いのまま、壁や家具に激突したことで、体力がごっそり削られる。


「マスター、このままだと体力が……」

「うん、でももう少し!」


 視界がうっすらと赤くなっている。体力が少なくなっているのを知らせるアラートまで出ているし、本格的にまずい状況だ。

 とりあえず宝石を砕いて体力を回復しながら、次の作戦を考える。


 今は街の外壁までやってきていた。

 この壁を乗り越えて、森へ入れば逃げ切れると思う。


 ただ、壁を乗り越えるための時間をどうやって稼ぐかが問題だ。

 ヒナが戦闘中にやっていたように、魔法で土煙を上げて逃げる?

 ううん、チーターにはそれでも私が見えるはず。


 周囲の別パーティを呼び込む?

 それもダメ、たぶんこの辺りにはもう生き残りはいない。


 うぅ、どうしよう……これって詰んでない!?


 そして何かないかと部屋の中を見渡していると、テーブルの上に置かれている一枚のカードが目に止まった。


「これって……」

「【転移テレポート】のカードですね! いっきに長距離の移動ができますが、移動先に魔法陣が出現するので、狙い撃ちには要注意です」


 ヒナと一緒に戦っていた時に、敵がこのカードで逃げるのを一度みたことがある。

 というか今更だけど、こうして自力で落ちているカードを拾ったのは初めてだった。


 私もヒナも、今までまともに探索してないもんね。


「本当はこうやって、自力で見つけたカードを使って戦うゲームなのにな」

「そうですね。手持ちのカードでどう戦うのか考えるのも、ゲームの醍醐味です!」


 手持ちのカードでどう戦うか……あ、そうだ! このカードならもしかして!


「うん、いけるかも! よーし、【転移テレポート】セット!」


 ステッキに【転移テレポート】をセットする。

 【飛行フライ】の魔法が使えなくなるけど、一か八かやってみよう!


 決心すると、私は走って建物から飛び出していった。

 それも、外壁とは反対へ!


「あははは! やっと出てきたと思ったら、どこに行こうっていうの!」


 上空から声が聞こえて、そのまま【複射マルチシュート】が降ってくる。


 まだ外壁から近すぎる……この攻撃はなんとかして避けないと!


「いっけええええ!」


 そして私は足元へ【複射マルチシュート】を発射した。


 魔法弾が地面に激突して弾けると、その衝撃で私は吹き飛ばされる。でもそのおかげで、相手の【複射マルチシュート】の直撃は免れた。


「よし、まだ生きてる!」


 立ち上がりすぐに走り始める。

 少しでも遠くへ! 外壁から離れればそれだけ、成功率はあがるはず!


 体力ゲージは真っ赤に染まっていた。

 次同じことをしたら、体力がなくなってゲームオーバーだ。

 チャンスは一回! うまくやらなきゃ! 


「よく頑張ったけど、これでサヨナラね」


 そして上空からもう一度【複射マルチシュート】が飛んでくる。

 その瞬間――。


「【転移テレポート】!」


 外壁の上へと転移した。


 背後にはさっきの攻撃であがった土煙と、チーターの高笑いが聞こえてくる。

 チーターの能力を使えば、障害物の裏にいるプレイヤーを視認することができる。

 ヒナが教えてくれたウォールハックだ。


 本来なら土煙に紛れて逃げたとして、逃げる私の姿をとらえられて、撃ち落とされる。 じゃあ――止めの一撃を放った時に相手がいなくなればどうなるか。


 チーターはきっと、倒されてお墓に変わったんだと思うはずだ。

 相手が注意深く辺りを確認したり、土煙が晴れてお墓がなければ、すぐにばれてしまうけど、それだけの時間があれば、攻撃を避けるための距離を稼げる!


「よし、うまくいったみたいだね」

「おぉ、ナイスですよマスター! 知恵と勇気でピンチを切り抜ける! 魔法少女が板についてきましたね!」

「そ、そうかな? 魔法少女ぽかった?」

「はい! それはもう完璧です! さあ、あとは決めポーズですよ! エモート番号八番です」

「いやいや、やらないよ! もうエモートはしないから!」


 そして、私は【飛行フライ】の魔法をセットして、急いで森へと向かっていった。

◆◆◆◆◆


 森の中を飛び続けること十分。

 街でうまく相手から距離は稼げたけど、さすがに逃げ切れるほどじゃなくて、ずいぶんと追い掛け回された結果、ようやく攻撃が止まったところだった。


「逃げ切れたのかな?」

「相手のマナが尽きたのか、ほかのプレイヤーを倒しに行ったんだと思います」


 もし相手がマナを回復しているのなら、今の間に距離を稼いでおきたい

 ただ、少し余裕ができたことで、逃げながら心の中にわだかまっていた思いが、ゆっくりと顔を出してきた。


「ねえパルちゃん。もし私がサンディーさんのところに行かなかったら、サンディーさんは倒されなかったのかな?」


 街の中を逃げているときからずっと考えていた。

 私がサンディーさんのところへ行かなければ、サンディーさんはお店を続けていられたのかもしれない。

 復活場所を教えてくれたり、私とヒナにアイテムを分けてくれたりと、お世話になったのに、私のせいで倒されてしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 あの時、ヒナとの待ち合わせ場所をサンディーさんのところにしなければ、サンディーさんは自分なりのゲームの楽しみ方を、今もできてたんじゃないかって。


「どうでしょうね。ただ、遅かれ早かれ狙われていた可能性は、かなり高いと思います。私たちが襲われた場所から、商業都市マイノルは近い場所でしたから」

「そっか」


 どうすればよかったのか、その答えがわからない。

 でも、サンディーさんがお墓へと変わる時の光景が頭から離れなかった。


 私は初プレイなのに、卑怯なことする人がいて、逃げたり悩んだりしなくちゃいけない。

 チーターに追い掛け回されたし、ヒナとはぐれたり、目の前でサンディーさんが倒されたり……。私ばっかりヒドイ目にあいすぎじゃない!?


「はぁ……ゲームやめちゃおっかな」


 ヒナもいないし、一人っきりだし、これからどうすればいいのかもわからないし……。


「ログアウトですか? ゲームは敗北扱いになりますよ」

「そうだよね」


 ヒナと一緒に楽しくゲームをしようと約束したのに、今の状況が楽しいかって言われれば、楽しくない。

 というか、この状況を楽しめる人なんていないに決まってる!


 魔法少女になりたかっただけなのに、いきなりハードすぎるよ。

 私が見てきた魔法少女のストーリーには、チーターみたいなでたらめに強い人はいなかった。

 魔法少女が頑張れば倒せる敵ばっかりで、みんなの力を合わせれば結末は決まってハッピーエンドだ。


 そんな世界にあこがれたし、そんな世界の登場人物の一人になりたかった。

 私の求めていたのは、こんな世界じゃない。

 私はもっと優しい世界に居たかったのに。


「マスター! 攻撃が来ます!」


 遠くから光の矢が一直線に向かってくる。

 慌てて回避した結果――。


「う、うわぁ!」


 ――ゴチン! と頭から木にぶつかってしまった。

 そして【飛行フライ】の魔法が効果を失い地面に落下する。

 そこへすかさず次の攻撃が――。


 よけられない!


 そう思った瞬間、私の前に誰かが飛び出してきた。

 ステッキを振るい、【防御ガード】のカードで魔法の矢を弾いたのはほかでもない――ヒナだった。


「ヒナ!」

「遅くなってごめんね。でもぎりぎりセーフでしょ」


 目の前にやってきたヒナの目にはあきらめたり、絶望の色は宿っていない。

 なんだか楽しそうで、ワクワクしているような――。


 まるでこの状況を、楽しんでるみたいだった。


「ねえ、ヒナはさ、どうして相手がチーターなのにそこまで頑張れるの? 負けちゃって次の試合に行っちゃえばいいって思わないの?」

「そんなの決まってるでしょ。楽しいから!」


 そしてニカッと笑うヒナ。


「確かにチートはダメだし、あの人たちを認めるつもりはないよ。でもさ、なんか燃えてこない? 卑怯な悪役をやっつける魔法少女! かっこいいじゃん」


 そう言われると、確かにかっこいい……。


「それに初プレイのシズネがチーターにやられるのは、あんまりいい気持ちしないしね。私が楽しむためにもシズネには、このゲーム楽しんでほしいんだ」


 そして手をとって起こしてくれる。


 楽しんでほしい……

 そうか、私がゲームを楽しめないと、ヒナだってこのゲームを楽しめないんだ。

 私はヒナと約束したんだ。

 一緒にこのゲームを楽しもうって!


 そのためにも、私だって楽しむ努力をしなくちゃだよね!

 ゲームを楽しむのための努力。なんだかおかしな言葉だけど嫌いじゃない。


「そうだよね。よし、じゃあ逃げよう!」

「あはは、なんかシズネらしいね」

「いいの、負けたって倒されなければチャンスはあるんだもん。楽しむためにもこのゲームあきらめたくないの!」


 そして二人で、また移動を開始した。

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