第15話 ヒナの過去
「じゃあチーターについて、もう少し詳しい話をしとこっか。えっと、どこまで話したっけ?」
「攻撃が全部自動で当たるとか、マップで人のいる場所がわかるとかかな。あ、あと偏差撃ちはできない!」
「うん、そうだね。じゃあ後はチーターがよく持ってるウォールハックかな」
「うぉーるはっく?」
マップで人のいる場所がわかる能力を、マップハックって呼んでいたけど、それの壁版ってことは……。
「壁越しに相手の居場所がわかる機能だよ」
「やっぱりズルイ!」
壁の後ろに隠れた敵がどこから出てくるのかとか、壁の後ろに敵がいないかとか、戦闘中に悩んだり苦労することはたくさんあった。
私が逃げまわるだけでもそんなシーンがたくさんあったんだから、ヒナはもっとあるはずだ!
なのに、その苦労がないなんて!
「まあズルイね。特に近距離で障害物を挟んだ戦闘ではめちゃくちゃ強いよ。壁越しに相手の体が赤く表示されるから、小さな動きもバレちゃうし」
「じゃあ補助魔法をセットしても、見えてるってこと?」
「うん。カードの種類はわからないけど、動きは見えるかな」
そしてヒナはほかにもさまざまな能力を説明してくれた。
移動速度が速くなる能力。
魔法弾が相手を追尾するようになる能力。
戦闘エリアが自分のほうに向かってくる能力。
挙句の果てには、無敵になる能力と、もうめちゃくちゃだ!
「うぅ……開発者の人もがんばってるですよ。マスター」
そういってうなだれるパルちゃんだった。
「でも、そんなのどうやっても倒せないんじゃないの?」
ヒナはこの後の作戦を立てるときに、チーターがほかのパーティに倒されている可能性について話していた。
今私に説明した無敵になる能力なんてものを持っている相手がいたら、絶対に倒されないのに。
「それは、全部のチーターがそこまでの能力を持ってるわけじゃないからだよ」
「能力を持ってない? どういうこと?」
「えっとね、チート機能には値段が高いものと安いものがあるんだよ」
「え?」
ね、値段? チート機能って売ってるの!?
コンビニで棚に並べられているチートと書かれた箱。
それを手に持って、レジに持っていく姿が浮かんできた……。
いや、さすがにこれは違うと思うけどね。
「チートの販売業者っていうのがいてね、そこがプレイヤーに売ってるんだけど、値段によって使える機能に差があるんだよ。何万円もする高いものなら偏差撃ちもできるし無敵にもなれる。でも数千円ぐらいの安いものは機能に制限があるってわけ」
「じゃあ敵のチーターは、安いものを使ってるってこと?」
「うん、偏差撃ちできてなかったしね。だから倒される可能性もあると思うよ」
たしかにそれなら可能性はある。
いや、それよりもなんだか世知辛いなチート業界!
ゲームの中でも、やっぱりお金を使った人のほうが強いっていうのは、現実的すぎて嫌になってくる。
でも……お金でチート能力を買ってまで、勝つのって楽しいのかな?
普段あまりゲームをしない私からしたら本当によくわからない。
戦って勝つことが目的のゲームって、上手くなっていったり、頑張って相手を倒すから楽しいんじゃないの?
「チートを買う人って、なんのためにそんなことするんだろうね?」
「そ、それは……」
ビクッとヒナの肩が震えたような気がした。
「大丈夫? もしかして調子悪いとか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
ヒナは少しうつむくと、私のほうをじっと見つめた。
何かを迷っているような、普段のヒナからは想像できない弱い瞳だ。
何を迷ってるんだろう?
そしてここまでの会話の流れを思い出していると、小さな、些細すぎるぐらいの違和感が胸の中に湧き上がってくる。
話をしているときは何も思わなかったけど、今振り返ってみればわかる小さな違和感。 その理由はなんだろう。小さく揺らぐヒナの瞳を見つめ返すと、その理由がうっすらとわかってきた。
ヒナはチートに対して詳しすぎる。
今までの会話には、チーターの基本的な部分だけじゃないところまで入っていた。
チートの値段なんて、普通の人は知らないことだと思う。
まるで――。
まるで、ヒナがチートを使ったことがあるみたいに
そして、私を見つめるヒナの瞳が何かを決意したように形を変える。
自然と私も体に力が入っていた。
この先の言葉は聞かない方がいい。そんな気がしていた。
でもヒナはゆっくりと言葉を紡いでいった。
「やっぱり、シズネにはちゃんと言っとくよ。私も昔、チートを使っちゃったことがあるんだよね」
ヒナの言葉はどこか、悲痛な叫びのように聞こえた。
「本当は黙ってるつもりだったんだけど、やっぱり隠し事してるみたいで嫌だったから言っちゃった」
ヒナの告白にびっくりして、なんて答えてあげればいいのかわからない。
「ごめんね。シズネはやっぱり嫌だよね? チート使ったことがある人と一緒にゲームするなんて」
俯きながらつぶやくヒナ。
違う! それだけはわかった。
このまま、ヒナに辛い思いをさせるのは違う。
私が夢見た魔法少女は、こういう人を笑顔にするために戦うんだ。
私が魔法少女としてゲームをするきっかけをくれたヒナに、こんな顔はさせちゃダメなんだ!
「嫌じゃない!」
「へ?」
「嫌じゃないって言ったの!」
驚いたようなヒナの顔がなんだかおもしろいかった。
短い時間だけど、一緒にゲームをしてきて仲良くなって、ヒナが理由もなくズルをする人じゃないっていうのはわかる! だって、初めての私でもゲームを楽しめるように、すごく頑張ってくれたんだから。
「誰にだって失敗はあるし、間違ったことをすることはあると思う。でも、ヒナは今こうやって普通にゲームをプレイしてるでしょ。私はヒナとゲームするのすっごく楽しいもん! だから嫌じゃない!」
勢いで説明する私にヒナは俯くと――。
「……っぷ、あはは、あははははは」
突然笑い始めてしまった。
「な、なんで笑うのよ!」
「ごめん、ごめん。まさかそんなこと言われると思ってなかったんだ。そっか……ありがとうシズネ」
「うん」
笑われたのは納得いかないけど、笑ってくれたのはよかった。暗い顔よりずっといい。
「それで、なんでそんなことやったの? 理由ぐらいは聞かせてよね」
「まあそうだよね。うんわかった。説明するよ」
そしてヒナはゆっくりと話し始めた。
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