第3話 始まりは空の上
「やっほー。待ってたよ。」
日奈の声に目を開けてみると、そこはこじんまりとした部屋の中だった。
大きなモニタが壁に掛けられていて、その正面にL字型のソファー。テーブルの上にはお菓子やケーキにお花まで。なんだか家のリビングみたいな落ち着いたスペースだ。
そんなソファーに座っているのは、見たことのない女の子だった。
明るい茶色の髪からはフサフサした動物の耳が生えていて、整った綺麗な顔はどこかいたずらっ子のような、明るい表情をしていた。おしりから生えたしっぽも合わさり、ネコっぽい、というか明らかにネコをイメージしている。
うん、この屈託ない笑顔は見たことがある。
というか、私を待っていたということは間違いない。
「日奈?」
「正解! ここはゲーム用のロビーだよ」
「正解! じゃないわよ! いきなりゲームの世界に入ってびっくりしたんだから! もっとちゃんと説明してよ!」
目を開けたら草原にいて、いきなりゲームの世界とか、驚いたなんてものじゃない。
なんなのよこのゲーム!
「あはは、だってこんなの口で説明したってわかりづらいでしょ! それにやればなんとかなるもんだって」
はぁ……。そして力が抜けたようにソファーに座る。
ふわふわのクッションは、まるで本物のソファーに腰かけているみたいだった。
これがゲームの中……正直びっくりだ。
普段ゲームをしない私からするとすごいことだけど、日奈みたいにゲームに慣れた人からすればあたりまえのことなのかな?
「それで、VRゲームってなんなの?」
「バーチャル・リアリティって言って、10年前ぐらいに発売されたゲームだよ。意識だけをゲームの世界に持っていく、みたいな感じかな。さっきまでいたゲーム喫茶では寝転がってる私たちがいるってわけ」
「へぇ~、そんなゲームがあるんだ」
指で物を触った感触は本物とほとんど同じ。
目の前のお菓子を口に放り込んでみると、現実と同じように甘い味が広がった
「これがゲーム……。おそろしいな科学の進歩」
「ってわけで、説明はこれくらいにしてさっそくMKD始めよっか! ちょうど人数も集まったみたいだしね」
そして部屋の扉を開く日奈。
「この先にいくとゲームが始まるんだよね?」
ゲーム屋さんでみた動画みたいに、うまく戦えるのかな……。
それに、楽しめなかったら日奈に悪いよね?
っていうか、本当に初心者の私が遊んでもいいの?
そんな不安が少しずつ大きくなっていく。
「ゲームのキャラみたいに戦ってみたいんでしょ? 一歩踏み出してみないと何もわからないよ! っていうか、新しくゲームを始めるこの一歩が一番楽しいんだから!」
そして日奈は私の背中をトンと押した。
「わわっ」
自然と一歩を踏み出して扉を抜ける。
白い光が目に入った後、突然視界が、ぶわっと開けた。
目の前に地平線まで広がる広大な大地が飛び込んできた。
名前を登録した時にみたような、デフォルメされた世界。
ただ、あの時の草原だけじゃない。
荒野に街、溶岩が流れる火山地帯から雪山まで様々な地形、気候の場所が点在している。
そして大陸の中央には立派なお城とそれを囲むように栄えた街。
目を凝らすと、ほかにも小さな街が大陸のあちこちにあったけど、中央にあるものが一番栄えているみたいだった。
確かに、現実だとありえない光景だよね。
でも、そんな非現実感がドキドキと胸を高鳴らせてくれる。
これから始まる新しい世界。
怖さと楽しさが入り混じったような、心地いい感覚がドキドキと脈打っていた
「ドキドキっていうか、なんかフワフワしてるような?」
足元を見てみると、空の上だった。
数百メートル下に見える大地。
「って怖!! お、落ちる落ちる~!!!!」
「あははは、大丈夫だって! ほら背中見てみなよ。っていうか最悪落ちても死にはしないから」
いわれた通り背中の方に目を向けると、きらきら輝く魔法の羽がついていた。
そして冷静になってみると、落ちているというよりはゆっくり滑空しているような感覚だ。
周りには私たちと同じようにゆっくりと滑空する人たちの姿が見える。
この人たちみんなが、一緒にゲームをプレイする人なのかな?
あとで日奈に聞いてみないと。
「体の向きとか姿勢で降りるスピードと方向がコントロールできるよ」
いわれた通り体の向きを変えると、その方向にゆっくりと進行方向が変わっていく。
「ほんとだ! コレ結構楽しいかも」
「ゲーム開始時は毎回こうやって好きな場所へ移動するんだ。今回は色々シズネに説明する時間がほしいし、安全そうな場所までいこっか。ホラ、手だして」
日奈が私の手をとってゆっくりと進路を切り替えた。
「どこまでいくの?」
「そうだなぁ~……あそこにしよっか」
指差したのは草原の中にいくつか、壊れた家が並ぶエリアだった。
「アイテムは少なめだし、普段なら下りない場所だけど、ゆっくりとゲームのルール説明をする時間は稼げそうだしね」
そしてそのまま、私たちはふわふわと目的地に向かって落ちていくのだった。
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