第2話 ゲーム開始
「あなたも魔法使いになって敵を倒そう!
マジカルナイトドリーミング! MKDで覚えてね♪」
モニターに表示されたゲーム映像。
そこでは魔法少女が敵に向かってステッキを振り、空を縦横無尽に駆け回り、激しくもどこか可愛い戦いが繰り広げられていた。
『こ、これだ! 私の求めていたゲーム!!』
初めてこのゲームの存在を知ったときの私のテンションはすごかった。
こういうものがあればいいなぁと思っていたものが、突然目の前に現れたんだから。
魔法少女! 世の中のすべての人が憧れる存在!
私は昔から魔法少女と名の付くアニメは全部見てきたし、録画も全部残してある!
そんな自分が魔法少女になれるなんて言われたら、やらないわけがない!
さあ、店員さんに声をかけて、このゲームを売ってもらうのよ私!!
「む、むりぃ……」
何度目になるのか覚えていない挫折を覚えながら、肩の力を抜く。
何を隠そう、私がこうしてゲームの映像を眺めているのは、ゲーム画面がみたいからじゃない。
店員さんに、声をかけられずにいるだけだった……。
っていうか、このシーンもう十二回見てるんだよね。
「はぁ……今日も無理か」
二十五戦二十五敗。このゲームの存在を知ってから毎日のように、ゲームを購入しようと足を運んでは、店員さんに声をかけられずに帰るというのを繰り返していた。
認めたくはないけど私、
超弱気なんです!
ってやかましいわ!
本当になんで声がかけられないのよ!
女の子が一人でゲームを買いに来るって変に思われないかな? とかぼっちだって思われそうとか、今忙しそうだとか売り切れてるかもとか、めちゃくちゃ言い訳を並べて声をかけられない自分がいる。
「ねえねえ、もしかしてこのゲームに興味あるの?」
一歩が踏み出せない。
今に始まったことじゃないけど本当に困った性格だよね。
このゲームのキャラクターみたいに戦えれば、私だって何か変われるのかな?
「おーい、聞いてる~? ちょっと~!」
ずい! という感じで私の目の前に一人の女の子が割り込んできた。
黒髪のショートヘヤーで、なんだか人懐っこそうな表情の女の子。
「って静音!?」
その女の子の瞳が驚いたように大きくなり
次の瞬間、ガバッと全力で抱き着いてきた。
「へ?」
「うわ~、本当に静音だ~! 久しぶりだね~! こんなに大きくなって後ろ姿じゃわからなかったよ!」
なんかメチャクチャフレンドリーなんですけど!
初対面で抱き着いてくるって何なのこの子!?
外国の人? 挨拶のハグとか? でも見た感じ日本人だよね……。
「最後にあったのが小学校二年のころだっけ? ほんとビックリだよ!」
「え、えっと……どちら様ですか?」
「ありゃ? もしかして覚えてない?」
すると、抱き着いていた体を離してくれた。
小学校の時にあったことがあるんだよね?
でも正直覚えてない……。
「えっと、ほらお父さん同士が仲良くってさ、一緒によく遊んでたでしょ」
「お父さん同士って……あ、もしかして日奈?」
「そう! よかった、覚えててくれた!」
「うわ~、久しぶり。こんなところで会うなんてビックリしちゃった」
私がまだ小学生のころ、近所に住んでいてお父さん同士が仲良しだったことから、一緒によく遊んでいた女の子。
「確かお父さんの転勤で引っ越しちゃったんだよね? 戻ってきたの?」
「うん! ほんと少し前にね。でもまさか、こんなにすぐ日奈に会えるなんてびっくりだよ!」
「私のほうこそビックリした!」
連絡先の交換もしてないし、こんなゲーム屋さんで出会えるなんてすごい偶然だ。
「それでさ、何してたの? もしかしてこのゲームに興味あるとか?」
「あ、あはは……興味はあるんだけど、その、なんていうか……店員さんに声かけられなくて」
「あー、日奈って昔から引っ込み思案だったよねー。トイレ行きたいのに言い出せなくて公園で――」
「わーわー!! もう、そんな昔のことはいいでしょ!」
「あはは、ごめんごめん。えっと店員さんを呼べばいいんだよね? おーい! 店員さーん!」
「へ?」
店内に響くような大声で店員さんを呼ぶ日奈。
あぁ、そうだ忘れてた! 日奈は私とは真逆の女の子なんだった!
「はい、どうされましたか?」
しばらくすると、店員さんが現れた。
「この子が店員さん探してたんです」
「え!? わ、私!?」
店員さんの目が向けられる。
いや、ムリムリムリ!!
これで話ができたら苦労しないって!
でも、私が話しかけるのを待ってもらってるこの時間が辛い! 辛すぎる!!
「その……このゲーム、買いたいんです……」
絞り出すような小さな声だったけど、それだけを伝えることはできた。
うん、よくやった私!
ただ、自画自賛する私をよそに――。
「「へ?」」
そんなどこか気の抜けた店員さんと日奈の声が聞こえてきた。
◆◆◆◆◆
「あはははは」
むすぅ! っと誰が見ても不機嫌そうな表情で歩く私と楽しそうに笑っている日奈。 はたから見たら何があったのか疑問に思いそうなこの状況だけど理由は簡単だった。
「しょうがないでしょ! ゲームが無料なんて知らなかったんだから!」
「そ、そうだけど……ぷぷぅ、ご、ごめんね。おもしろくって!」
ゲームはゲーム屋さんで買う。
そんな私の常識はずいぶんと古い物だったらしい。ゲームはネットで販売されており、一部の古いゲームやグッズを購入するのがゲーム屋さんの存在価値という話だ。
しかも最悪なことに、私が購入しようとしていたゲーム【マジカル・ナイト・ドリーミング】は基本プレイが無料で購入の必要もないという。
「はぁ~、おかしかった。ごめんごめん、もう笑わないからさ。お詫びにゲームのこととかなんでも教えるよ。私かなりのゲーマーだからね」
ちょっとむかつくドヤ顔で胸を張る日奈。
「あ、ゲーマーっていうのはゲームをよくプレイする……」
「知ってる! たくさんゲームで遊ぶ人のことでしょ!」
私のゲーム知識は昔見ていたアニメでゲーム好きのキャラが言っていた言葉がすべてだ。だからちょっと知識は古いかもしれないけど、昔からある言葉ぐらいは知っている。
「そうそう。じゃあこのままVRゲーム喫茶で遊んでいこうよ! 笑ったお詫びになんでも教えるからさ」
「VRゲーム喫茶? なにそれ?」
喫茶店なのはわかる。お茶を飲んだりお喋りしたり、家族や親戚といったことがある。ただ、問題はVRゲームだ!
なんなのさそれ!
「静音はさ、VRゲームって知ってる?」
ぶんぶんと首を横に振る私。
なんだか日奈の目がお年寄りを見るような目になった気がする。
いやいや、さすがにそんなはずは……。
「えっと、ゲーム……遊技機……なんていえば伝わるかな……」
「私はおばあちゃんか! わかるよ! ゲームはわかる!! わからないのは【VR】」「あはは、ごめんごめん冗談だって。まあそれなら実際にVRゲームを触ったほうが早いだろうし行ってみようよ! きっと楽しいしさ!」
まあ、そもそもゲームを購入するために来たんだし、遊べるのなら断る理由はない。運がいいのか悪いのか一緒に遊ぶ相手もいることだし。
そして私は日奈に勧められるままVRゲーム喫茶なる未知の世界へと足を踏み出したのだった。
◆◆◆◆◆
受付を済ませてやってきた場所は小さな個室だった。
昔友達と行った漫画喫茶の個室がこんな感じだったと思う。
ただ、大きな違いは部屋に寝っ転がるためのスペースと、なぞの機械が置かれているところだった。
「ここがVRゲーム喫茶?」
「うん、細かいことは向こうで説明するから、とりあえずそこの機械付けてみて」
「わかった」
向こうって? そんな疑問が浮かんだけど、とりあえず言われた機械に手を伸ばす。
目を覆うような形の機械をかぶってみると、電源が入っていないのか向こう側が透けて見えていた。
そして日奈に言われて寝転がる。
「私が行く前にキャラの名前とかの設定だけやっておいてね。じゃあまたね~」
――パチン――。
電源を入れる音と同時に視界が真っ暗になっていく。
そしてしばらくすると、視界が明るなり、目の前には見たことのない世界が広がっていった。
「うわぁ……すごい!」
青い澄んだ空には綺麗な雲がのんびりと浮かんでいて、その下にはどこまでも続く草原が広がっていた。
ただ、その景色が全体的にコミカルになっている。
デフォルメされた世界って言えばいいのかな?
ファンシーなかわいい形をした木には見たことのない果物がぶら下がってるし、私よりも大きなキノコや光の粒が浮かんでいたりと、とても現実とは思えない景色だ。
そして足元に視線を落としたときに、とんでもない違和感が襲ってきた。
そこには自分の体があった。
「い、いやいや。何かの勘違いだよね? 今ってゲームしてるんだし」
ゲームはコントローラーを使ってテレビで遊ぶもの。
うん、そのはず!
そして試しに腕をブンブン動かしてみると、思っていた通りに体が動いた。
頬っぺたをつねってみると、鈍い痛みが走る。
「もしかして、ゲームの中に入っちゃった?」
考えられるのはこれくらいだよね……。
近くにある湖まで走っていき、水面に映る自分の姿を確認する。
すると、ふりふりとしたドレス姿の魔法少女がそこにいた。
淡いピンク色のその姿は、まるで日曜日の朝にやっているアニメの主人公のような、これぞ魔法少女と私が思う衣装だった。
「わぁぁ!」
服装だけじゃない、自分の顔や体もリアルの物をベースにすべてが良くなっている。私がかわいくなったらこんな感じかな? というのを再現しているみたいだ。
そして、目の前に名前の入力画面と性別の選択画面が出てきたことで、私の予想は確信にかわる。これは絶対ゲームの世界だ!
名前はシズネ。性別は女。ピロンという決定音で初期登録完了の文字が表示されると視界の端にメールマークが現れた。
『ヒナから招待が届いています。承認しますか?』
ヒナって日奈のことだよね。
承認ボタンをポチっと押すとまた目の前がゆっくりと真っ暗になっていった。
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