「辻沢ノーツ 42」(夜の青墓は死亡フラグ)

 どうして思いつかなかったんだろう。自分のスマホに電話を掛けてみること。


「はい」


 出た。この声は……。勝手にいろいろ話しだして、


「青墓で待ってる」


 と電話は切れた。もう一度掛けたけど繋がらなかった。


 あたしは急いで支度をして青墓へ行く最終バスに乗った。


「青墓北境まで」


(ゴリゴリーン)


 仕事帰りの人だろう、バスの中は混み合っていた。


みなさんバスに揺られながら何を思うんだろう。


今日会った人のことかな?


それとも家で待ってる家族やネコのこと?


やっぱり明日出会う人のこと?


悩むよね。


みんないい出会いがしたいけど嫌な人も結構いるし、むしろそっちの方がデフォだったりするもんね。


 青墓に近付くにつれ段々乗客が少なくなって青墓の前のバス停で乗客はあたし一人になった。


辺りは暗く、バスの車窓からの明りが沿道を照らすけれど、その向こうはまったくの暗闇で何も見えない。


〈次は青墓北堺です。ちょっと待て、危ないにも程がある。お降りの方は命の落とし物をしないようお戻りください〉


(ゴリゴリーン)


 ステップを下りかけたら、マイクのスイッチが入る音がした。


「お嬢さん、こんな時間に一人で青墓はお勧めしないな」


 運転手さんの掠れた声が誰もいない車内に響いた。


「何か悩みがあるんならオジサンが聞いてあげるけど。この運行が終わったらオジサンあがりだから今晩一緒にどう?」


「いいえ、彼と待ち合わせなの」


「チッ」


 舌打ちが聞こえた。エロオヤジ、きも。


発車するまでバスを睨んでやった。


スキを見せたら襲って来そうで怖かった。

 

 頭にヘッドランプを装着して青墓の杜に踏み込んだ。


よく一人でこんなことしてると今さら後悔の念に苛まれた。


せめてフジミユにだけは連絡しとけばよかった。


そもそも、明日の朝明るくなってからでよかったんじゃ。


 この間スーパーヤオマンで買った水平リーベ棒はとりあえず持って来たけど、ユウと一緒の時は無我夢中で戦ったから使い方なんて覚えてないし。


もし蛭人間が出てきたら。死ぬの? あたしってば。


 広場だ。街灯が一つある。


「スレイヤー・R」の時、街のエライ人とか参加者がいっぱい集まっていた場所。


待ち合わせはここでいいはずなんだけど誰もいない。


「おーいサキ。クロエだよー」(小声)


 返事ない。


やられたカナ。呼び出しておいてこれか。


意地くそ悪いって言うか。あたしがバカって言うのか。


嫌われてるのは知ってたけど、こんな仕打ちってヒドクない?


 音した。草むらの方で。あっちからも。


逃げる用意。後ろからも音が。


顔出した。蛭人間だ。


左にも右にも。こっちに近づいて来る。


水平リーベ棒、落としちゃった。


やばい、手が震えてうまく拾えないよ。


まずい。これはプレミアム死亡フラグだよ。


助けて、だれか来て。


あれ? あいつ、垣根のところでつっかえてる。


やっと出て来たけど転んじゃった。


他のやつの歩き方、てちてちてちって。


やめて押し寄せて来ないで。


待って待ってって。なんなのこの子たち、ぼよんぼよんしてる。


「おい、おすなよ」(小声)


「しかたねーだろ、前見えねーんだから」(小声)


「転ぶ転ぶ」(小声)


 中の人の声聞こえてる。着ぐるみじゃない、これ。


「やめー。やめー」


 まぶしい。広場に車のヘッドライトが照らされた。


明かりの向こうに黒いワゴン車が2台停まってる。


その一台から恰幅のいい背広の人が一人降りてこっちに歩いて来た。


 その恰幅のいい人が言った。


「この人ユウギリじゃないでしょ」


 後ろにもう一人、


「いえ、本人がユウギリそっくりって言ってましたから」


 サキ?


「そっくりって、それコスプレーヤーでしょ。そういうのイラナイから」


「そうでなくて、この間の荒しはこいつの仕業で」


「そうなの? あの日だけでリソース60パー削られたんだけど。こんなトロイのにやられたっての?」


「いいえ、そうじゃなくて、こいつはユウギリでなく、ノタなんだっけ、あんたのユーザー名」


「イザエモン」


「そう、イザエモンで。ノタ、この間話してたことをこの人にお話を」


「あ、君さ。もういいから。ちょっとだけ期待したけどさ」


 背広はワゴン車に戻りかけてる。


「待ってください。こいつの話を聞いてください。顔も、ほらユウギリそっくじゃないですか?」


「あたしらユウギリの顔知らないから苦労してるんだけどね」


 と言うと一つため息をついて、


「君みたいのいるんだよね。ゲーム熱が昂じて運営に興味持つ人。でもそういう人、大概使えないの。あたしはね、そういう人にはもっと社会勉強しろって言うの、ゲームなんかしてないで」


「ゲームなんかって、『スレイヤー』シリーズ作ったのあなたでしょ」


「そうだっけ? あはは。みんなー、撤収! 今回もツリだったー。ご苦労さんねー」


 蛭人間たちが一斉に被り物とった。みなさんあせびっしょり。


「なんだよ。終わり?」


「今日こそユウギリ確保できると思ったに」


「ホントのユウギリなら、俺ら今頃ゾンビだよ」


「それな」


「まあ、ツリでよかったということで」


「しかし、なんでこうツリばっかなのかね」


「引っかかる伊礼COOも悪い」


 イレイって……、壇上で挨拶したヤオマンHDの副社長だ。


「ごめんね。リソースの保持はこのゲームの生命線でね。しかも青墓マターで出現するから厄介」


「やっぱ、大変なんだー、蛭人間の確保」


「あー、蛭人間とかって言っちゃだめだよー、リソースね、リソースのメンテ」


「すんませーん」


「COO、クビとかになったらいやっすよ」


「あのカス会長に何ができるよ」


「オレたち、どこまでも伊礼COOに付いていくっす」


「ありがとう。時間外出動手当は明日、遊佐くんにもらってな」


「「「「「はーい」」」」」


「えーと君、名前なんて言ったけか。まいっか。じゃあ、インターンの話は無かったってことで」


 張りぼての皆さん一斉にワゴン車に向かっていく。


そこに一度に乗り込むの無理じゃないかな。蛭人間さんたちドアの所で詰まっちゃってる。


あーあ、転んで起きれない奴いる。


やっと全員入れたみたい。


……。


ワゴン車、行っちゃった。サキは置き去りか。


「うるさいな」


 何も言ってないし。


 サキはすたすた森の中を歩いてゆく。


あたしは一人でこんなところに居残るのは嫌だからサキの後に付いて行くことにした。


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