「辻沢ノーツ 41」(お葬儀の朝)

 目が覚めると布団の中にいた。ここは公民館の休憩室だ。隣の部屋から人の声がしている。


起き出してそちらに行ってみると、みなさんお葬式の準備で忙しそうに立ち働いているところだった。


祭壇を見ると、棺桶が昨日のままそこにあった。


あれは夢だったのか。それにしてはあまりに生々しいかった。


寸劇・Zのでかい背中、手押し車の重さや棺桶のざらざらした板の感触、地面の摩擦も、白い女もけちんぼ池の水の輝きも、全てはっきりと覚えている。


確かにあたしはNさんをけちんぼ池に送ったのだという実感があった。


 玄関に出てみると、扉が全て外されて無かった。


昨晩、寸劇・Zが壊したからか、人が出入りしやすくするため外したかは分からなかった。


道を見るとちょうどバスが来たところでいつもより多めに人が降りて来た。


中にスーツ姿のミヤミユが見えたので手を振った。


ミヤミユはあたしのほうに駆け寄ってくると硬い表情であいさつした。


「お疲れ。大変だったね」


 昨晩のけちんぼ池行きのことを言われたのかと思ったが、そんなはずないので、


「ろうそく継いだだけだから」

 

 と答えておいた。

 

ミヤミユには昨夜のことは言えなかった。


自分でも夢かどうかまだ判断できてないこともあったけど、このことは他言してはいけないような気がしたから。


 スーツに着替えて、ミヤミユと受付に立った。


お坊さんのお経が外まで響いて来る。


Nさんのご遺体はあのお経を聴いているだろうか。


ひょっとしたらお棺は空で、それにお坊さんがお経をあげていると思うと変な感じがした。


人は仏に導かれて浄土を目指すが、解脱していない衆生は六道に迷い輪廻を繰り返すという。


鬼子はまた鬼子としてこの世に戻る。夕霧太夫の言葉の意味が分かった気がした。


 四ツ辻は今も土葬だ。本来は、用意してあった舟型の台車に棺桶を乗せて山の墓場に運ぶ。


けれども、今日はどうしたわけだか台車が無くなってて、しかたなく若い男衆が棺桶の前後で差し棒を担ぎ山の墓場へと向かうことになったそうだ。


Kさんにこれから大変だからあなたたちは帰っていいよと言われたのでミヤミユと相談して辻沢に戻ることにした。


その時、形見分けと言うのもなんだけどと、昨晩着ていた白パーカーを頂いた。


もともとNさんがあたしにと買っておいてくれたものだったらしい。


 バスの中でミヤミユは土葬の様子を録画させてくれと言ったら許可されたかもなと悔やんでいた。


確かになかなか出会えない習俗だと思うけれど、それよりあたしがひっかかっていたのは、男衆が棺桶を担ぎ上げた時に言った、


「この婆さん、やけに軽いな」


という言葉だった。中に遺体がなければ軽いに決まってる。


ミヤミユに一つだけ聞いてみた。


「青墓にけちんぼ池ってあるの知ってる?」


「知ってるよ。求めて探しても姿を現さないから池っていう。大方流砂に飲み込まれて無くなったんじゃないかな。それが何か?」


「ううん」


じゃあ、あたしが見たあの池は何だったんだろう。


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