「辻沢ノーツ 40」(ゾンビとけちんぼ池)

 寸劇・Zが部屋を出ると、ドアが閉まってあたしは取り残された。


棺桶がなくなった部屋の中で、明日の朝どうやって皆さんに説明すればいいか考えてた。


「ひだるさまが来た」


 と言ったら信じてもらえるだろうか。


でも、あれはひだるさまじゃないなと思った瞬間、窓が割れる音がして外から巨大な枝切バサミが刺し込まれた。


これこそ、ひだるさま。いや、蛭人間。


ここにいたらやばい。部屋から飛び出すと、廊下の奥の暗がりからじわじわと近づいて来る改・ドラキュラとカーミラ・亜種の群れ。


それならばと玄関に向かえば、そっちではすでに寸劇・Zたち砂漠のゾンビ旅団が蛭人間と激闘中だった。


蛭人間が次々にゾンビ旅団に群がって行くけれど、寸劇・Zの周りで小爆発を起こしている。


寸劇・Zの攻撃は敵に対して圧倒的で、武器は折れた棒一本だけでなのに凄まじいものだった。


棒を持たない手で蛭人間の頭を鷲掴み、それを振り回して攻め寄せる他の蛭人間をなぎ倒し、近づいたものは棒で突き刺して滅殺してゆく。


それが手慣れた流れ作業のように淡々と進められ、その凄惨さを忘れさせるほどだった。


あたしはゾンビ旅団の防護隊形の真ん中にあるNさんの棺桶にすり寄って、知らぬ間に手にした山椒の木を振るって襲い来る蛭人間を突き返す。


それはいつか、あたしが突き、サダム・Zの棒で頭を叩き落すという攻撃パターンとなって、その場を切り抜ける一助にもなった。


 蛭人間の波が引き、辺りが静かになった。


そこにいたのは降りかかる血汚泥に慄くあたしと、砂漠のゾンビ旅団の二人。


当然いるものと思っていたサーリフ・Zは見当たらなかった。


あたしは機を見てゾンビ旅団から離れようとした。


するとサダム・Zがあたしの前に立ち塞がって牙をむいた。


でもそれは危害を加える様子ではなく、ただ行くなと言いたいだけらしかった。


 そういうわけであたしもゾンビ旅団が棺桶をどこかに曳いて行くのに従う羽目になった。


同行3人いやNさんの遺体を入れたら4人が、暗闇の中を黙々と進む。


このシチュ、どこかで見たと思ったら、これって夕霧一行だ。あたしはさしずめ伊左衛門か。


 ゾンビ旅団は舗装された道に出ることなく、棺桶を台車に乗せたままひたすら山道、裏道、獣道を行く。


ぬかるんだ道では台車の車輪など役に立たず寸劇・Zとサダム・Zのバカだけで、ずりずりと前進して行く有様だ。


そのため棺桶が台車から何度も落ちそうになってあたしがそれを支えなければならなかった。


 途中、何度か蛭人間が襲って来たけど、それもゾンビ旅団の敵ではなかった。


あるときは寸劇・Zの剛腕で、あるときはサダム・Zの斬撃で改・ドラキュラやカーミラ・亜種は一蹴された。


 寸劇・Zの足が止まった。


ゾンビ旅団の行進も止まる。棺桶越しに前方の暗闇を見ると、道の先の木立の下にぼんやりと白い人の立ち姿があった。


それはただゆらりとそこに佇んでいる。


これまで道を塞ぐものは何であれ、厳然と排除して来たゾンビ旅団も、まるで金縛りにあったかのようにそこから歩を前に進めようとしない。


 しばらくそうしていたけど、寸劇・Zがおもむろに踵を返して後戻りを始めた。


棺桶の台車もぐるりと回転して元来た道を戻る。


途中どこかで道が逸れたのか、それまでずっと山の中だったのに突然舗装された道に出た。


そこを横切ろうとした所で寸劇・Zが立ち止まる。


今度は道路脇の森の中に白い人影が見えた。


しばらくの沈黙があって再び寸劇・Zが方向を変え進み出す。


その道の先には尾根の影に逆三角形に切り取られた、遠くに平らかな街の光とその手前を塞ぐ黒い影の領域が見えていた。


ゾンビ旅団はそちらにいざなわれたようだった。


 あたしたちゾンビ旅団はワインディングロードを黒い影の領域へ向かって下ってゆく。


下り道の間も棺桶が倒れることなどガン無視のゾンビ連中のせいで、あたしが棺桶を支えたなければならなかった。


台車の前の隙間に腰を下ろし背中を棺桶に付けて足でブレーキをかける。


急に勢いが付いて棺桶が台車から転がって崖下に落ちる寸前でサダム・Zにぶつかって止まった、なんて時もあった。おかげで、あたしの足はパンパン、背中は痛く腰は伸ばせなくなった。


 ようやくワインディングロードが平坦な道になったのは東の空がうっすらと明るくなる頃だった。


その道は明け空の下半分の黒い影の領域に真っ直ぐ続いていた。


その黒い領域とは青墓の杜なのだった。


 朝日が山の斜面を赤く染め始めた頃、同行4人は青墓に入った。


森の中は時間によらずじめっとして外の気温より低く生臭い匂いがした。


朽ち葉を踏んで棺桶を乗せた台車が暗い森の中を進んで行く。


今や、寸劇・Zが何かに誘われているのは明らかで、奥へ奥へと旅団を導いて行く。


 どれくらい経ったか、寸劇・Zが足を止めた。道の先に山で見たのと同じ白い人影が佇んでいた。


今度はその姿がよく見て取れた。


それは夕霧太夫一行が吊り橋を渡った先の森の道で出会ったあの女、顔立ち、姿形が夕霧太夫と同じあの白装束の女だった。


寸劇・Zが道を左に取った。


この道にあたしは見覚えがあった。


ここは伊左衛門がひだるさまの大群と対峙し、夕霧太夫のために命の緒を見極めた場所。


まさにあの場所だった。


また道の先に人影が。ひだるさま?


ちがう。あの和装の女だ。


「いざえもんがおくりましょう」


 その女がそう言ったようだった。


それと同時に黴臭い倉庫、木々の洞、朽ち果てたお堂、大樹の梢、風の通る道。森の至る所から囁き声がした。


まるで青墓の杜が言葉を発したように感じた。


いつの間にかゾンビ旅団があたしの視界から消え失せていた。


 風景が変わりあたしの足もとには勿忘草わすれなぐさ色に輝く池が広がっている。


森の木々が畔を囲み、正面の樹間には白い女が佇んでいて池を見つめている。


岸辺近くに浮かんでいたNさんの体が中心に向かってゆっくりと移動し始めていた。


Nさんはあの時の夕霧のように中心に進むにつれて変わって行く。


徐々に徐々に、ゆっくりゆっくりと変わって行くのだった。


Nさんの体が水を切るその波紋が池全体に広がってゆく。


そしてついにNさんが池の真ん中に至った時、その姿は完全に若く美しく変貌していたのだった。


やがて渦が起こりNさんは水中に引き込まれ、そして消えた。


「またすぐ会える」


 あたしは夕霧太夫の言葉を口にしてみた。


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