「辻沢ノーツ 39」(Nさんのお通夜で)
Aさん宅の家電にKさんから知らせがあった。
Nさんが亡くなったって。
一昨晩脳梗塞が再発して、そのまま昨日のお昼頃息を引き取ったそう。
お通夜には、もしもの時にと持って来てたリクスに黒ストッキングで行くことにする。
その前にミヤミユにもメッセージ。すぐに返事が返ってきて、通夜はパスだけど明日のお葬式には行くからと言ってくれた。
雨が降る山道をバスがゆっくりと登って行く。
道をよぎる即席の川がヘッドライトに何度も照らされていた。
バスは30分も遅延している。通夜の時間はとうに過ぎていた。
〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめおにこらや、地獄の門前、四ツ辻へようこそ〉
アナウンス、あいかわらずのふてくされよう。
(ゴリゴリーン)
お通夜の会場は公民館だった。
玄関を入ると、いつもはゴム靴やあかるい色のサンダルが脱いであった所に、今日は黒いのばかりが並んでいる。
中は湿気のせいかヒヤッとしていた。
線香の匂いで去年のおばあちゃんのお葬式の時のことを思い出す。
おばあちゃんはあたしがバイトで外出しているときに倒れて、帰ったらもう冷たくなってた。
台所でシンクの前に横向きに倒れていて、肩を揺すってみたけどぴくりとも動かなかった。
この世でたった一人の身内のおばあちゃんが死んだ。
あたしはパニックになって、途方に暮れてしまって、どうするかも思いつかなくなって。
電気もつけないまま、おばあちゃんがいつか動き出すんじゃないかって、隣の部屋に蹲ってじっと見守った。
明け方に一度、おばあちゃんが動いたような気がして台所に見に行ったら、それは気のせいで、やっぱり帰って来たときと変わらなかった。
そうして眠らずにおばあちゃんの動かない背中を見つめて過ごした。
そのまま昼になって、そうしたらフジミユから授業どうしたって連絡が来て、訳を話したら急いで来てくれて、それから警察のこととか葬儀屋のこととかいろいろ仕切ってもらって、なんとかお葬式を出すことができた。
そのときの動揺が未だに消えていないのに、こうして新しく知り合った人と別れなければならないのがつらい。
いつもインタビューに使っていた部屋が青白の幔幕で覆われ奥に祭壇が設えられてある。
そこに桶型の棺が据えられていて、献花の類はなく実がたくさん付いた山椒の切り枝で盛大に飾られてあった。
窓際に黒白の紐と舟形の装飾がされた台車が立掛けてあるのは棺桶を運ぶ用だろう。
こんなときでも調査目線で録画するように状況を眺めてしまう自分が、すこし嫌になった。
Nさんとはまだインタビュイーとインタビュアーの関係以上のものではなかったので一般の弔問客として参列しお線香をあげさせてもらう。
すでにNさんのご遺体は棺桶の中にあって蓋が麻ひもで十字にしっかりと結わえられていた。
参列者にお顔を拝ませないのは四ツ辻の風習なのだそう。
お坊さんのお勤めが終わり振舞いご飯は頂かずに帰ろうとしたらKさんに呼び止められ、
「棺守りの役、お願いできませんか?」
夜通し線香を継ぐ役のことだ。Nさんの若い知り合いはあなただけだからと言われた。
「ひだる様に攫われないように」
とも。
弔問客が一人一人いなくなってゆく。
最後まで残っていたKさんが帰る際、眠たくなったら隣の休憩室に夜具を用意してあるからそこで休んでねと言ってくださった。
休憩室を見に行くと3畳ほどの和室で布団一式に白いパーカーとジャージが畳んで置いてあった。
パーカーは着替えに用意してくれたらしい。あたしはスーツを脱いでそれに着替えると、ミヤミユにメッセージした。
[ クロ(こっち泊まる)
ミヤ(なんで?)
クロ(線香継ぐ役、仰せつかった)
ミヤ(おめでとー ラボールの印だ)
クロ(ガンバル)
ミヤ(ガンバレ)]
ラボールとは調査協力者との信頼関係のことだけど、そういう言葉では言い表せない繋がりが、Nさんとの間にはあったのだと今になって思う。
あたしだけの夢と思っていた夕霧の話をNさんと共有できたのだから。
夜通し見守るのが通夜だろうけど、とはいえご遺体と同じ部屋にずっといるのは気味が悪い。
だから線香を継ぐときだけにしてそれ以外はこっちの休憩室で横になっていることにする。
時計を見るともう1時を回っていて、外は雨も止み虫の声が微かに聞こえるだけで異様に静かだった。
少しうとうととしたらしい。
線香を継ぎに休憩室を出て斎場に入る。
棺桶のもとに行くと線香が消えてしまっていた。
線香の束をほどき準備をしながらNさんとの約束を思い出していた。
夕霧の話を語り終えたあとNさんは娘さんの死について詳しく語ってくれた。
娘さんはインタビューでは事故死と言っていたが真相は何者かに殺されたということだった。
「クロエもきっとあの子ように仲間になれと誘われることがあるだろうが絶対について行ってはいけない。それはクロエを地獄へ誘うことになるから」
その時はピンとこなかったけれど今思えばユウのことを言っているようだった。
ユウがあたしを地獄へと誘う。
つまりあたしを殺そうと企んでいる。
会って間もないのにそんなことあるだろうか?
線香に火をつける。辻沢の線香は山椒の粉が配分されているとかで、普通のものよりも少し刺激的な香りがする。
あたしは気持ちが安らぐし好きな香りだ。
外で音がした。背筋に冷たいものが走る。
おトイレのある廊下の奥の方。ここは見に行くべきだろうか?
映画とかだと死亡フラグ、レベル5くらいだ。行かんだろ、フツーは。
足音? 誰か来る。
ドアの鍵、閉めた方がいいかな。
でも棺桶と一緒に閉じ込められるのは嫌だな。
どうしよう。窓開ける?
まって、ドアのノブが回った。入ってくる気?
少し開いたドアの隙間から角刈りの頭がぬっと入って来た。
そしてこちらをねめつけたのは、
寸劇さん?
巨体をこじ入れるように部屋の中に侵入してくる。
その姿はあたしの知ってる強いけど優しい寸劇さんではなかった。
白いタンクトップは引きちぎれ赤黒く汚れた分厚い胸板にぶっとい棒が突き刺さっている。
さらにその棒の先端はへし折られ、その片側らしき棒が右手に硬く握られていた。
顔は青白く黒い血管を浮き上がらせ金色の瞳は虚ろ、口から血泡を吹き銀色の牙が唇を突き破って鈍い光を放っていた。
ゾンビになっちゃったんだ。
こんばんはって言っても通じなさそう。
あたし逃げ場なし。
Nさん助けて。棺桶の陰に隠れるしかなかった。
寸劇・Zはゆっくりと棺桶の所まで来ると両手でそれを抱えあげて窓際にどけた。
次はあたしの番。
と思ったら、そこにあった台車を組み立てて棺桶を乗せると台車の紐を曳いてドアに向かった。
棺桶泥棒?
寸劇・Zがドアの前でいったん止まると自然にドアが開く。
ドアから見えたのは髭のサダムさん。
もちろんゾンビ。
さらにその向こうにはサーリフくん・Zが控えているに違いない。
全滅ってこういうことだったの?
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